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3)王家と王家の揺り籠の歴史

 アレキサンダー王太子とグレース王太子妃との子が生まれる前に、ロバートにはやらねばならないことが一つあった。ブレンダ・バーセアと、他の使用人たちとの関係の構築だ。

 過去、アレキサンダーが後見人となり、ローズが王太子宮で養育されることが決まった時、ロバートはそれを周知させただけだった。それで十分だと思っていた。王太子が後見人となり、養育し、いずれ側近となるというローズの立場の重要性を理解しない者がいるなど、ロバートは想像すらしなかった。

 その甘さが、存在したことを思い出すことすら忌々しいあの三人の侍女の増長を招いてしまった。何ら落ち度のないローズが、嫌がらせに耐え、心無い陰口に胸を痛めることになった。


 ロバートは、ブレンダ個人には、何ら思い入れはない。だが、アレキサンダーの子を養育する乳母であるブレンダが、蔑ろにされるような状況は避けなければならない。ブレンダ・バーセア本人は気さくな人柄だが、西の国境地帯の安定に寄与しているバーセア伯爵家の人間だ。武力でライティーザを支えるという意味では、バーセア伯爵家は、アーライル侯爵家に勝るとも劣らぬ貢献をしている。西の隣国であるリラツとの友好関係が維持されているのは、互いの王家の血縁関係だけではない。国境地帯での武力の均衡によるものが大きい。それを担っている貴族達の旗頭というべき存在が西の辺境伯、バーセア伯爵家だった。


 その日も天気がよく、庭で茶を楽しんでいたときだった。

「バーセア家もそれなりの歴史はありますけれど、古い貴族の中では新興ですわ。王国の創立期には関わっておりません。王家の揺り籠には、遠く及びません」

 ブレンダのもう一つの問題は、バーセア家の本家、ロバートへ人前で敬意を払うことだった。これでは、一族が先祖代々家名を持たずに来たことが、無駄になりかねない。それともう一つ、グレースの機嫌を損ねる可能性もあった。グレースの実家、アスティングス侯爵家は、新興貴族の中では長い歴史を持つが、バーセア家には遥かに及ばないのだ。アスティングス家は、ライティーザの東の国境が東の大河に到達する際の戦いで、王国に恭順した地方領主の一つだ。


 一方で、バーセア家を含む、古い貴族と自らを称する貴族は、王家としての地位の確立すら危うかった頃から、王家を支えた者たちの子孫であり、王家の揺り籠の分家も多い。アレキサンダーの母は、男爵家と身分は低かったが、王国の初期から存在する伝統ある一族の出身だ。妻グレースを新興貴族から迎えたのは、アスティングス侯爵家の権威を必要としたこともあるが、新旧貴族の均衡をはかるためでもあった。


 幸い、今の所グレースが、バーセア家に不快感は覚えていないようだった。ブレンダ個人の快活な人柄のおかげでもあるだろう。

「建国当初は、いろいろと物騒でした。五代目のメイナード様も即位に関しては大変な苦労をされましたから」

 歴史は順に理解したほうが覚えやすい。ロバートは、一族が関わり、バーセア伯爵家が成立した一件を話題にした。順に話していけば、そのうちアスティングス家の来歴にたどり着く。


「武王様の再来と言われたメイナード様のこと」

「そうです」

ローズの言葉にロバートは微笑んだ。ローズは歴史について一通りは学んだ。歴史を生きた一族の末裔であるロバートが語ることも、今のローズならば理解しやすいだろう。

「王家の揺り籠がいなければ、ライティーザ王家が骨抜きにされ、滅んでいたくらいの反乱だ」

「おっしゃるとおりです」


 アレキサンダーの言う通りだ。十年近くライティーザ王家は、傀儡政権に支配された時代があった。

「あの一件以来、王家のお子様方をお育てする際に、追われる身となっても生き延びられるように育てると、王家も我々一族も、互いに固く約束した程の事件でした」

他にも、表沙汰にされてはいないが、多くが変化した事件だった。

「それで、冬の狩猟の旅か」

「楽しんでおられたはずですが」

「懐かしい思い出だ。行けない今が辛いのだが」

当時、王子でしかなかったアレキサンダーと王太子となった今とでは立場が違う。アレキサンダーの言葉にロバートは苦笑した。

「ではアレックス、狩猟会でのあなたのご武勇は」

「冬の半分は狩人だった経験のお陰だ。愛しい人。いずれ生まれる私達の子供も、王子であれば政だけでなく、狩りの腕も磨くことになる」

「まぁ。楽しみですこと」

 グレースは笑顔だった。アスティングス家の来歴について話す時期を急ぐ必要はなさそうだと、ロバートは判断した。


「四代目オーウェン様が亡くなられたあとのことかしら」

ローズが、話題を歴史に戻した。

「そうです。四代目オーウェン様が、病弱で夭折されたため、五代目となられたメイナード様は当時五歳でした。メイナード様でなく、オーウェン様の弟君レナード様を国王にという一派に、メイナード様が襲われ、一族がお連れして逃げたのです」


 オーウェンの弟、レナードは子供のころから心の病に罹っていた。心の病さえなければ、レナードが五代目国王となっても問題はない優秀な人物だった。四代目オーウェンが死去した当時、メイナードが五代目国王となり、幼少の間レナードが支える予定だった。その計画は一夜にして灰燼となった。


 慕っていた兄を喪い、甥が殺されたと信じたレナードは心の病を悪化させ、(まつりごと)のみならず、日々の生活もままならなくなった。反乱を起こした貴族達は、卑劣なことに、レナードの心の病を利用したのだ。甥を殺した者たちに言われるがまま、傀儡の王となったレナードの壊れた心は、生涯癒えることがなかった。


「メイナード様を連れ、一族に連なるものの土地まで、追われる身で逃げるというのは、困難を極めたと伝えられています。その後は、有力者達を少しずつ味方にし、メイナード様が十六歳になられた折に、王宮に攻め入り、即位を宣言、反乱を起こした貴族達を捕らえて反乱を鎮圧されました」

「その間、王位についておられたのはレナード様だったかしら」

「そうです。兄を喪った直後に、甥も死んだと伝えられ、心を病まれました。レナード様は、謁見の間に攻め入ってこられたメイナード様を、兄オーウェン様だと思われたようだと伝えられています。『兄上、ご無事のご帰還、おめでとうございます。お待ち申し上げておりました。この王冠と王笏をお返しいたします』そうおっしゃったのです」


 心を病んだレナードが、どれほど兄を慕っていたかを今に伝える伝承だ。

「大規模な流血が避けられたのは、レナード様のお言葉のお陰だ。国王自らの譲位だ。レナード様は、メイナード様が即位されて、一年も経たない内に亡くなられたが、最期までメイナード様を『兄上』と呼んでおられたそうだ。メイナード様も、レナード様を『レナード』と呼び、『叔父上』とおっしゃることはなかった」

「レナード様がお可哀そうです。仲の良いご兄弟だったのですね。メイナード様もお辛かったことでしょう」


 ローズの目に涙が浮かんでいた。これでは、歴史の話をする度に、ローズを泣かせてしまいかねない。王国の歴史は、決して穏やかなものではないのだ。

「あぁ。メイナード様は、オーウェン様の墓の隣にレナード様を葬られた。レナード様を、貴族の反乱に乗じて王位を簒奪した逆賊という見方をすることもできる。歴史家たちがそうしないのは、心を病まれても、最期まで兄オーウェン様を慕われたレナード様のお人柄だろう」

アレキサンダーの言葉に、ローズだけでなく、グレースまでもが目元を拭い始めた。


 吟遊詩人達が歴史を題材に歌う歌のなかでも、五代目メイナードの王位奪還までの流浪の旅と、叔父との再会は人気の悲劇だ。

 先祖が渦中にいたロバートにとっては、食うや食わずの逃避行に懲りた先祖が、影を強化したきっかけの事件だ。

「メイナード様にとって、反乱を起こした貴族達は、自分の命を奪おうとし、叔父の心を病ませた連中だ。当時の貴族の三分の一が、断絶となった。逆にメイナード様を助けた者たちが、爵位を授かった。一つが、バーセア家だ」


「はい」

アレキサンダーの言葉に、ブレンダは微笑んだ。

「ですから、私が今ここにありますのは、王家の揺り籠あってこそなのです。一族は皆、王家に忠誠を誓い、王家の揺り籠に感謝をいたしております」

 アレキサンダーとロバートにそれぞれ深く頭を下げたブレンダに、ロバートも頭を下げた。ブレンダにしてやられたと、ロバートは思わざるを得なかった。


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