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8)二人の夜

 王都からここまで、野宿続きの強行軍に耐えてきたローズは、疲れが限界を超えたらしい。ロバートが部屋に戻ったとき、ローズは薄汚れた格好のまま長椅子で、うたた寝をしていた。


「ローズ、せめて湯浴みをしてから寝ましょう」

肩を揺すってやると、琥珀の瞳がのぞいた。

「眠いの」

ローズは顔を擦っていた。幼子のようだ。

長い髪の毛を、洗いやすいように、ロバートは(くしけず)ってやった。


「そうでしょうね。服は手伝いますが、下着は自分で脱げますか。侍女を呼びましょうか」

「できる」

「湯浴みしながら眠らないで下さいね。私にはどうすることもできません」

「大丈夫」

欠伸を繰り返しながら、下着姿になったローズは衝立の向こうに消えていった。ローズはまだまだ子供の体型だ。下着を脱ぐのを手伝ったところで、問題はなかったかもしれない。


 寝ぼけたまま下着を脱ごうとして転んだりしないだろうか。心配しながら耳を澄ませていると、水音が聞こえてきた。無事に脱ぎ終えたらしい。


そのうちに、聞こえていた水音がふと途絶えた。

「ローズ、起きていますか」

「大丈夫」

答えるまでに少し間があったのは、気の所為ではないだろう。どんなに眠くても、寝間着を着るところまでは、ローズに頑張ってもらうしか無かった。


 しばらくして、湯浴みを済ませ、きちんと寝間着を着て衝立の向こうから出てきたローズにロバートは安堵した。


 長椅子に並んで座らせ、濡れた髪を、乾いた布で包んでやった途端、ローズがもたれかかってきた。

「ローズ。どうしました」

「眠いの。頑張って起きてた。もう寝るの。説明は明日にしてくれたのでしょう」

ローズの目は、殆ど開いていない。

「わかりました。寝台で休みましょう。髪は私が乾かしますから、あなたは寝ていて下さい」

「はい」


 幼い頃のように、手を伸ばしてきたローズは、ロバートの首筋に抱きついてきた。ロバートは、ローズの体を抱き上げた。

 寝台に横たえてやるころには、ローズは寝息を立てていた。


 推定だがローズは十四才になっている。だが、同年代の他の子供に比べて明らかに小さい。孤児院で育った幼い頃に、十分食べることができなかった影響が、尾を引いているのだろう。

 孤児院で横行していた寄付金の着服に、長年誰も気付いていなかった。その弊害は他にもあった。ローズの身元の手がかりとなる、生まれたばかりのローズを包んでいた布は、無いのだ。物資が不足していた孤児院で、他に用立てられたという記録だけが残っていた。


 ローズの濡れた髪を、乾いた布で包み、水気を吸い取らせていく。

「あなたは、誰なのでしょうね。ローズ」

ローズの寝息が答えるだけだ。


「ローズ、早く大きくなって下さい」

ロバートは、家族がほしい。ローズが、今のように小さいままでは、成人と認められる十六歳になろうが、グレースが言う十七歳になろうが、子を孕むのは危険が大きい。

 

 ロバートは、ローズに早く成長してほしかった。十七歳になり、ロバートと婚姻関係を結べば、仮にロバートの身に何かあっても、一族はローズを守る。

 ヴィクターとアレクサンドラが、王太子宮に来たのは、ロバートの身に万が一のことがあった場合に、一族を継ぐためだ。その場合に必要となる養子縁組の書類は、アルフレッドにあずけてある。


 ローズが気に入ったという二人は、ロバートが、ローズの結婚前に死んだとしても、ローズの身を守ると約束してくれた。だが、ヴィクターとアレクサンドラが長く生きるという保証もない。


「ローズ、早く大きくなって下さい」

ロバートが気弱になるのは、この視察だからというのもあるだろう。

 

 ロバートはかつて、テラスからアレキサンダーを抱えて飛び降りた。反アレキサンダー派を束ねていたカイラー伯爵家の屋敷に滞在したときだ。

 

 疑惑がある貴族の館をあえて訪れ滞在し、歓待を受ける。その間に手勢に屋敷を探らせる。かつて命を落としかけたあの日の状況と、酷似していた。

 当時の記憶が曖昧なロバートよりも、アレキサンダーのほうが神経質になっていた。疲れているだろうが、腕の立つレオンが、アレキサンダーと同室というのは、心強い。


「私は、ローズ、あなたと家族になりたい」

ローズは気持ちよさそうに眠っていた。


 ロバートの一族は、特に本家は責務を負うがゆえに、短命だ。ローズが白髪になっても、髪を梳かしてくれるかと尋ねられた時には、是と答えた。あれはロバートの本心だ。ロバートも強く望む未来だ。だが、先ず叶えられないだろう。

 一族を率いて、老齢となるまで生きたのは、皮肉なことに一族がこの責務を負うと決めた最初の一人、始祖と呼ばれる人物だけだ。

「ローズ」


眠るローズの額に、ロバートは唇で軽く触れた。



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