5)レオンの強行軍
レオンは、厳しい行軍になるということは、部下達には告げていた。レオンも含め全員体力に自信はあったが、それでも音を上げたくなるような行程だった。日夜駆け続け、野営での仮眠が続き、食事は兵糧用のビスケットと水のみだ。
一行の中で、一番若く、女性で体力のないローズが文句ひとつ言わずにいた。ローズの頑張りに、不平不満を言うものはいなかった。
レオンの計算では、各地の騎士団と馬を何度も交換し、どんなに急いでも、おそらく王太子一行に一日二日おくれて目的地に着くのが限界だった。
移動距離が長くなる地点で、カールに馬を用意してくれと連絡しておいたが、その連絡がカールのもとについているか、確かめるすべはなかった。
カールと約束していた町にようやくたどり着き、再会できたとき、レオンは心底安堵した。ここで馬を交換できなければ、疲れ果てた馬で、また走らざるを得なかったのだ。
カールの用意した馬にレオンはうなった。
「これ、あとで家で買い取ります。相当しましたよね」
「いえ、かの御方様が虫をたたき出してくださったら、この一帯での商売もやりやすくなるので構いません。馬もお預かりしますよ。間違いなくお返しします。ご心配なく。後の儲けが期待できますから、馬の代金は惜しくはありません」
「いや、それは出来ません。値段の話はあとになりますが、払います。帳簿を紛失したという嘘はなしですよ」
互いをよく知るレオンならではの言葉にカールは苦笑した。
「ところでローズ様は?」
カールの視線の先にある馬車から、ローズが降りてくる気配がない。
「寝ておられます。声はかけたのですが。無理に起こそうにも、さすがにこの時間です。ほぼ毎日、仮眠で駆けてきていますので、お疲れのはずです」
既に深夜だ。レオンの言葉にカールも頷いた。
「残念です。ローズ様の寝顔を拝見したとなると、ロバート様の不興を買いそうで怖いですからやめておきます」
カールの言葉に、レオンは笑った。
「ようやくの御婚約ですからね。ローズ様の警護のためということで、私は言い訳できますけど」
ロバートを相手にその言い訳が通用するかはわからない。
もう一つの言い訳、国王陛下からの書状もある。
馬車に乗り込んでいたローズを見た時のアルフレッドは、公の場でレオンが仰ぎ見る国王陛下とは別人のようだった。情報をより多く正確に伝えるには、事情を知るローズが説明するのが一番だ。敏いとはいえ、孤児一人の命だ。王太子のため、犠牲になったところで、問題はない。
だがローズを心配そうに見るアルフレッドは、娘の身を案じる父親の顔をしていた。
ローズは常にロバートに守られているため、身の危険があるといわれても、実感がないのだろう。聖アリア教会は、すでにローズを新たな聖女と公表している。ライティーザ王家が庇護し養育する聖女ローズの誘拐計画は、すでに何度も摘発した。
ライティーザ王家の威信を地に落とすため、聖女を我が物とするため、聖女の名を語る不敬な孤児を成敗するため、イサカの町の一件でローズに恥をかかされた恨みをはらすため等、理由も様々だ。ロバートが、ローズに事件の書類を見せていないだけだ。不幸な生い立ちの少女に、できるだけ憂いなく育って欲しいというロバートの思いもわからないでもない。
レオンは、ローズに危険性を理解させるために教えるべきだと何度も伝えたが、ロバートは頑として譲らなかった。
「言い訳できない私は止めておきますよ。あの劇の件、お二人にばれました。興行主の名前を出していなかったのが幸いでした。座長に口止めしておりますからしばらくは大丈夫でしょうが」
カールの声にレオンは現実に引き戻された。
「その件、アレキサンダー様からききました。アレキサンダー様が、結婚した近習と新妻に招待券を渡したそうですよ。その二人が、感激して、王太子宮で話題にしたそうです。私が頂いた招待券は、兄に取られてしまいました」
アランとヒューバートは、レオンに劇について何も教えてくれなかった。教えてもらわなくても、レオンは台本の作成に関わった一人だ。疫病の町を救った恋人たちと、その主である王太子アレキサンダーに焦点を絞った劇であり、自分がほぼ登場しないことくらい知っている。
「座長にまた送るように伝えておきましょう。お預かりした馬は、騎士団に届けておきます。また王都でお会いしましょう。その際にはぜひ、お二人に御婚約のお祝いを申し上げたいですしね」
カールは、レオンの馬の中で、疲れがひどい四頭を引き取って去っていった。




