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4)ローズの決断

 主のいない王太子宮の執務室で資料を確認していたローズは、頭を抱えた。


 北からの産物、毛皮などの特産品の流通量には明らかに不自然な点があった。峠を越える前後で、品物が消えたようになっていた。北は山地が多い。山崩れで商隊が被害を受けることもある。カールが告げてきた商家は、山崩れの被害にあったという記録がなかった。他の商家の隊商は何度か被害にあい、ひどいものは連続して被害にあって、商家そのものが途絶えていた。一部の商家だけが山崩れの被害にあっていない。峠を越えている記録はあるから、同じ道を通っているはずなのに不自然だ。

 

 こういう場合、ロバートに相談したら、ロバートがアレキサンダーに伝え、アレキサンダーが誰か担当者や責任者に伝えてくれた。今、その二人がいない。リヴァルー伯爵は信頼できるか、不透明だ。近習達は王太子宮内の問題には対処できるが、国政に関することには無力だ。 


 視察に旅立ってしまったアレキサンダー一行に、ローズが自力で手紙を送る方法もない。こうなったら、申し訳ないが、最も信頼できる人に頼むしかなかった。


 アルフレッドはローズが持ってきた資料に眉をひそめた。

「これはあまりよくないね。山崩れを常に逃れつづける商家があるというのは不自然だ」

アルフレッドはそういうと、ローズに、資料を使いに運ばせるため簡潔に纏めるようにと命じた。

「王家の早馬を使って人が運べば、視察の一行にも追いつくだろう」

「使いの者が山崩れに遭わなければよいですが」


 だが、使者が出発してから数日後、使者が川の淵で見つかったとの連絡があった。溺死した使者の頭部は陥没骨折していて、川に落ちた際、岩にぶつけたのだろうと書かれていた。持たせた書類はなかったとの報告にローズは青ざめた。


「こちらが疑っていることを知られたかもしれません。山崩れの報告という形にしておきましたが。私達が知っていることに気付かないことを願うしかないのでしょうか」


王家の使者を襲うなど通常考えられない。王家の威信も何もかも無視した重大な犯罪だ。アレキサンダーが向かっている先が、関わっているとしか思えない。

「追いつく方法はありますか?」

「難しい。早馬ならなんとかなるはずだったが、襲われて、今回のこれだ。その間に日数も経った」


ローズの質問に答えるアルフレッドも渋面だった。

「武装して数人でいったらどうなりますか?」

「安全だろうが重量で馬が疲れる。遅くなるし、途中で馬の交換も必要になる」

もう一度早馬を送っても、同じ結果になるだろう。確実に届けるためには武装が必要だが、それでは速さが犠牲になる。アルフレッドはますます眉間の皺を深くした。


「もしそのうちの一人が私であればどうですか。私は小さいです。説明もできます」

アルフレッドは目の前のローズを見た。国境の町のときも、この少女は最初、自分が行くといったのだ。


「馬車も馬も何もないだろう。君がどうやっていくのだね」

「レオン様が私兵であればいつでも貸すとおっしゃってくださいました」

「レオン・アーライルか。方法として無くもないな。各地の騎士団に交渉して馬を変えることもできるかもしれん」

「レオン様が行かれるのでしたら、御不在の間、近衛はだれが束ねますか」

「長男のアラン・アーライルがいるだろう。あの大男なら問題ない。あの頑強な父親も健在だ」

「わかりました。では私、レオン様にお願いしてきます」

ローズは椅子から立ち上がると、きちんとお辞儀をして部屋から出ていった。


 数刻後、レオンが用意した四頭立ての馬車に意気揚々と乗り込むローズがいた。誰が手伝ってやったのか、ベールで顔を半分隠し、裕福な平民の娘のような装いのローズを、アルフレッドは必死で止めた。


「いや、待ちなさい、ローズ、君はだめだ。危ないだろう。レオン・アーライルが行くのであって、ローズ、君が行く必要はないよ」


 ローズは、不思議そうにアルフレッドを見ただけだった。

「アルフレッド様が、危ないから、レオン様が一緒に行ったら良いとおっしゃいました」

アルフレッドは、天を仰いだ。ローズは、アルフレッドの言葉を、自分に都合よく解釈してしまったのだ。


 アルフレッドは、ローズを常に身近に置こうとするロバートに、独占欲がすぎると、言ってやったときのことを思い出した。

「何をするかわかりませんので、目が離せないのです」

アルフレッドは、あの日のロバートの言葉の意味を、日々のロバートの苦労をようやく理解した。


 レオン・アーライルと騎馬兵たちは神妙な面持ちで、いたわるような視線をアルフレッドに向けていた。四頭立ての馬車に六騎の騎兵が付きそう、異様に物々しい一行だ。道中の安全は確保されるだろうが、問題は到着後だろう。ロバートの逆鱗に触れかねない。

「では、アルフレッド様、行ってまいります」

ローズは、意気揚々と出発の挨拶をし、満面の笑顔だ。


「力及ばず申し訳ありません。あのようなローズ様を説得できるのは、ロバート様だけです」

つまりは、レオンも説得できなかったのだ。


「少しまちなさい。書類を用意しよう」

アルフレッドは、急遽作成した書類をレオンに渡した。

「これをつかいなさい」


 書類を受け取るレオンの顔が若干こわばっているのは、アルフレッドの気の所為ではないだろう。危険が予測される場所に、ローズを連れて行くのだ。アーライル家の跡継ぎであれば、ロバートの一族に関して、ある程度知っている可能性もある。若いのに、ローズとロバートの間で板挟みになってしまったのだ。


アルフレッドが渡した書類は、ロバートの怒りからレオンの身を守ってくれるだろう。


 ローズは、説得を諦めたアルフレッドに見送られ、旅路についた。


「ローズ様、出来るだけ早くとおっしゃるのであれば、夜も駆けますが、どうされますか」

「それでお願いします」

レオンの言葉にローズは迷うこと無く答えた。


ローズを上座に座らせたレオンがいった。

「そうなると、途中で仮眠をとりますが、基本は野宿です。それでもローズ様は大丈夫ですか」

急いでいるのだ。ローズのせいで到着が遅くなることは避けねばならない。


「孤児院でベッド一つに子供二、三人で寝ていました。雨漏りもしました。大丈夫です。ほかの方が問題ないのであれば、それでお願いします」


 視察の日程は決まっている。下手な遅れはアレキサンダーの威信に関わる。峠を安全に越えるための方策を考えるには、時間はできるだけ多くあったほうが良い。


「わかりました」

 そう答えたレオンが、ローズには少し頼もしく見えた。


 馬車は走り続け、馬を変えるときだけが休憩時間だった。

 夜になるとレオンは、馬車の中でローズが眠ることができるように毛布などを整えてくれた。一行が、きちんと休憩をとっているのか、ローズにはわからない。

「さすがに一睡もしないのは危険なので、ちゃんと休んでいますよ」

心配したローズだが、レオンの言葉を信じることにした。


ローズの「初めてのお使い」保護者レオン付き、です。

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