2)視察の目的
「今回の視察の目的は、お金の問題かしら」
ローズが言った。
ロバートはため息をついた。執務室で過ごし、執務も補佐するローズは、機密事項を知りすぎていると思わないでもない。何かに巻き込んでしまうのではないかと心配になる。
「視察は基本的には、いずれこのライティーザを国王として治めるアレキサンダー王太子様の御威光を地方に示すのが狙いです。関税横領はいずれ専門の者たちが担当します。今回は下調べです」
無論、十分な証拠が確保できれば、紛れ込ませている査察官達が動く。相手も隠している以上、証拠などそう簡単に確保できるものではない。
ローズの目が鋭くなった。
「相手が下調べと思うかしら。関税横領がばれたら、場合によっては斬首よね。買収できない王太子一行に暴露されることを恐れている人たちに、誰かが、何か囁くかもしれないわ」
イサカに旅立つ前、町の者達の対応を予見した時と同じ気迫がローズから放たれていた。
「護身用の道具に何があるか知らないけれど、いろいろあったほうがいいと思って言いに来たの。リヴァルー伯爵様と、王宮にある古い資料を調べたら、どうやら相当前から横領しているみたい。他にも、通過した荷と、実際に市場で出回った量に差がありそうなの。ここ数年の出来事じゃないわ。根深いかもしれないと思ったの」
「根深いとは?」
ロバートが予想したよりも、ローズは何かを調べ上げたようだった。リヴァルー伯爵の手を借りているとはいえ、ローズは成人前の子供だ。まだしばらくの間、ローズは子供のままでいさせてやりたい。先程と矛盾したことを考えた自身にロバートは呆れた。
「地元の商人が相当絡んでいるかもしれないの。カールに使いを送ってもらって調べられないか聞いているけど、返事はまだ。商人たちは荷を運ぶため、旅をするときに用心棒を雇うこともあるわ。前に、用心棒に汚い仕事をさせる雇い主もいるってカールが苦笑いしていたでしょう。孤児院でも、商人どうしの争いで親を失った子供がいたわ」
「物騒な話ですね」
影になることを選んだ孤児院の子供たちの素性は様々だった。ライティーザの抱える問題が凝集し澱となり、孤児院という淀みの底にたまっていたかのようだった。為政者であるアルフレッドとアレキサンダーは、彼らの経歴の報告を受け、沈鬱な表情を浮かべた。瞳に宿った強い意志に、ロバートは今の王家につかえてよかったと思った。
孤児院の子供たちの養育は大切だ。グレース孤児院のシスター達はよくやってくれていると思う。ローズが心優しく育つことが出来たのは彼女たちのおかげだろう。
子供達は皆、親から生まれてきたのだ。親が子供を育てられるような国にすることは、為政者しかできないことだ。この国のため、王家を支える。それが始祖のころから続く、ロバート達の役割だ。
「関税を横領している人達が、物騒な連中とつながりがあって、買収できない王太子様御一行がいらっしゃって、後ろ暗い人達に、誰か何かを囁いてとなったら、なにがおこるかしら」
今回の視察は、その懸念を考慮し、用意をしてはいたが、ローズがそれに気づいているとは思わなかった。
「あまり、楽しいことにはならないでしょうね」
武装していても、地の利のないところで、襲われては不利だ。
「一応の用意はしておりますが、用心はします。道も検討する必要がありそうですね」
「えぇ、多分。もう知っていることだったらごめんなさい」
「いいえ。婚約者に身を案じてもらえたのです。幸せですよ。ありがとう。もう遅いですから、送りましょう」
ロバートの言葉に頬を染めたローズに頬を寄せた。
「くすぐったい」
ローズが笑う。明日からしばらく、この温もりに触れることができなくなる。
ロバートは、いつもよりも長く抱きしめてから、いつもどおりローズを部屋まで送り自室に戻った。
翌朝、見送りに来たローズは普段よりも、物々しい雰囲気に微笑んだ。
「用心するにこしたことはないということになりました」
「気を付けてね」
「はい」
ロバートはそっとローズの頬に口づける。微笑ましい恋人達の別れの風景だが、片方が、今一つ、理解しているのかあやしい。
王太子夫妻も別れの挨拶をしている。抱きあって、何度も口づけを交わしている。見守っていたロバートは、羨ましくなってきた。アレキサンダーとグレースのような、熱烈な口づけなど、ローズとは一度も交わしたことはない。
「ローズ。帰ってきたらご褒美が欲しいです」
以前と同じ言葉をロバートは言ってみた。
「前と同じ手ね。知らないから」
覚えていたらしいローズがそっぽを向いた。
「あなたの婚約者の私は、多分、危ないところに行くのですが」
「知りません」
そっとローズの頬に口づけた。
「帰ってきたら、その時に、あなたに口づけてほしいですね」
ローズは赤くなって今度は反対側を向いてしまった。
「ほっぺよ!」
俯いて囁くように言ったローズの言葉にロバートは笑った。ロバートは、顔を背けたままのローズの白い首筋に、軽く唇をおとすと、王太子の馬車に向かった。




