1)北への視察
王女ソフィアが生まれ、 王太子宮は日々のソフィアの成長を喜ぶ声に溢れた。首も座り、手足を動かすソフィアの寝返りを皆で楽しみにしていた。
おぼつかない足取りながら歩けるようになったミランダも、色々な人の後をついて歩いて大人たちを喜ばせた。
出来るだけソフィアと同じ時を過ごしたいというグレースの意向をアレキサンダーは尊重した。
王太子妃代理としてのローズの慰問先は、王都から周辺の町へと広がっていった。
ソフィアが無事に生まれ、半年が近くなり、ひとまずは安堵できた。今後、元気に育つかという心配もあるが、心配ばかりしていても益はない。国を治めるものとして、この国をよりよくしてやりたいという思いがアレキサンダーの中でさらに強くなった。
最近、問題が発覚した地方への視察に、アレキサンダーは本腰を入れることにした。
王都からの行程は困難な地域、冬になれば雪に閉ざされる北だ。雪がなくとも山地は、整備された道も幅が狭く、気軽に視察できるような土地ではない。
北の地で、雪が解け春となり、アレキサンダーは北へと視察に向かうことになった。
「ずいぶん荷物が少ないのね」
ロバートの部屋にやってきたローズは首を傾げた。ローズも推定だが十四歳になる。背丈も伸びた。
未婚の女性が未婚の男性の部屋を一人で訪れるのは、本来は避けるべきだ。ローズも東館の男性の居住区にはほとんど来ない。迷ったときと、ロバートに用事がある時だけだ。信頼されているのだろうが、婚約をしたものの、男性として意識されていないのだろう。ローズは男女間のことを知ってはいるようだが、本当に理解しているのかロバートにはよくわからなかった。
今もきちんと扉をあけている。通りすがりに、わざわざ中を確認していくものがいて、腹立たしい。
「街道が封鎖されていた頃のイサカに行くのとは違いますから。たいていのものは、現地でそろいます」
ロバートもローズも、イサカの疫病対策に奔走していた当時を思い出していた。二年経った今、イサカと周辺の町は、完全にライティーザの統治下にある。
「そういえば、あなたに渡された箱にあった野営道具には、ずいぶんと助けられました。後からきた三人も便利に使ったそうです。最終的には、世話になった町の者にやったそうです、壊れていなければ、今でも使ってくれているのではないでしょうか」
ローズは溜め息をついた。
「やっぱりあれが役に立つ状況だったのね。まぁ、そうなりそうだと思ったから、アレキサンダー様に、簡易に煮炊きができる道具がありませんか、ってきいて、用意していただいたの。物資を送ろうにも、馬車が確保できなくて、あなたに数日遅れたから、現地で揉めるかもと思って。まぁ、物量で圧倒してしまえば上手くいくとおもっていたわ。うまくいったでしょう」
得意気なローズの言葉にロバートも当時のことを思い出した。
「あの荷馬車が連なる光景は圧巻でしたが、あれには意図がありましたか」
「そのとおりよ。一台ずつでは意味がないわ。荷馬車を堂々と並べたかったの。詰め込めば、重くなるけど二台で運べるってアーライル侯爵様はおっしゃったわ。何が何でも四台かそれ以上にしてくださいってお願いしたの。荷馬車そのものを届ける必要もあったし。荷物が軽い方が、馬も楽だから早く進むでしょう」
ロバートが初めて聞く話ばかりだった。書類は随分やり取りしたが、お互いに知らないことは多いものだ。
「四台なら、東西南北の王都騎士団の荷馬車を使えば丁度よいとアルフレッド様がおっしゃってくださったの。それからは、話が早く進んだわ」
「野営道具は、アレキサンダー様がご用意くださったのですか。またお礼を申し上げないといけないですね」
「ごめんなさい、もっと早くに言っておいた方がよかったわ」
「そうですね。ですが、アレキサンダー様はそのようなことで怒る方ではありません。今回の視察でも常に同行しますし、その時にでも申し上げます」
いつかイサカの町にもう一度行くという約束はまだ果たせていない。ロバートがローズと婚約したと聞いたベンは、俺の言った通りだろうと、笑っていたらしい。彼の言葉通りになったというのは悔しいが、連れてこいという約束は果たしてやりたいと思っていた。ロバートは、ローズに、ローズが救った町を、町の人々を、ベンが自慢する丘からの風景を見せてやりたかった。




