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21)王家と王家の揺り籠 

 ソフィアが生まれ日々育っていく様子は、アレキサンダーを幸福にした。

日中、庭でソフィアに日光浴をさせながら、グレースは軽食をとり、茶を楽しんだ。忙しい執務の合間、庭で過ごす妻と娘に会うことがアレキサンダーの楽しみだった。


ローズもロバートに連れられてやってきて、一緒に軽食をとるようになった。子供の頃、広いだけの王領の庭で思い描いていた未来とよく似た光景は、アレキサンダーの胸を熱くした。


 王領で育った平穏だった日々、アレキサンダーとロバートと、それぞれの妻と子供たちと、一緒に過ごす日がいつか来ると思っていた。アリアの語る子供時代の思い出が、アレキサンダーの憧れだった。アルフレッド達三人の兄弟と、アリア達三人の兄弟で6人全員が兄弟のようだったというアリアの話を心底羨ましいと思っていた。アレキサンダーとロバートのように、アレキサンダーの子の乳兄弟は、ロバートの子だと信じていた。


 子供たちが、アレキサンダーとロバートのように、アルフレッドの兄弟達とアリアの兄弟達のように、一緒に仲良く育つ日が来ると楽しみにしていた。


 アレキサンダーは、王太子となるためにあの地を離れるときに、平穏な日々に夢見たすべてを、一度はあきらめた。


 夢見た光景が実現するとは思っていなかった。もっとも、ロバートはローズと婚約しているだけで、結婚しておらず、当然二人の間に子供はいない。ローズが乳母となれるはずもない。乳が出ない以外は、ローズはよい乳母だ。

 

 ソフィアを抱くのは、乳母のブレンダや、ローズだけではない。王家の揺り籠本家のロバートもその一人だ。ロバートが、首が座っていない頃からソフィアを抱き、寝かしつけていた。ローズはグレース孤児院で教わったと言う子守歌をロバートの腕の中のソフィアのために歌った。ソフィアを抱きながら、ローズを見守るロバートの様子を周囲は温かく見守っていた。


 その光景を見るサラは、息子夫婦を見守る母のようだった。サラは、ロバートに娘が生まれたら、婿は苦労しそうだと言っている。随分先の話だが、それに反対する者はいない。


 サラは、夫オスカーの件がわかってから、時にロバートを息子のように扱った。ロバートは、そんなサラに戸惑いながらも、何かと頼りにしていた。


 王太子宮は主に男性が暮らす東の館と、女性が暮らす西の館に分かれている。近習筆頭であるロバートと、侍女頭のサラの間に信頼関係があることはよいことだ。歴史の中では、時に東西の館が対立したこともあったらしい。


 近習筆頭であるロバートは、実質、王太子宮の使用人すべてを管轄している。無駄に権力を誇示することはない。各部署の役割を明確にし、責任を持たせて率いている。ローズが三人の愚か者に嫌がらせを受けた一件以来、各部署の問題を報告する制度も整備した。使用人たちの諍い以外の問題解決にも役立っている。


 逆に、王宮は、侍従長のバーナードが強い権限を持ち、使用人たちを支配している。広大な王宮の管理において、確かに彼は有能だ。王宮内で使用人同士の諍いなどの問題の隠蔽に関してもバーナードはその能力を遺憾なく発揮していた。下級貴族の子女は、時に行儀見習いとして王宮に仕えることもある。その際、親が子女のために、何らかの心づけをバーナードに渡すことが慣例になっているほどだ。王宮に仕えたと言う経歴を、自らの子女に与えるため、侍従長の横暴に多くの貴族は沈黙していた。


 イサカと周辺国境地帯の平定が、アレキサンダーの功績として認められて以来、王太子宮で子女の行儀見習いをさせたいという貴族からの申し出が少しずつ増えていた。教育に手が回らないということで、人数と期間を制限して引き受け始めたところ、順番待ちになっていた。


 その中から優秀な人材を見つけ、育てておく必要があった。

 アレキサンダーが王位を継げば、王宮に住処を移すのが慣例だ。アレキサンダーは、ロバートに王宮を王太子宮と同様に管理させる予定だ。そのための人が必要だった。


 アレキサンダーは、アルフレッドに王宮の現状を打破してほしいとは思う。バーナードを解任し次の侍従長を任命してほしいのだが、バーナードは上手く立ち回り、後継者になりそうな有能なものを次々と排斥していた。


「課題は多いな」

 アレキサンダーは、ソフィアのためにも、これから生まれてくる子たちのためにも、問題は片づけて置きたかった。

「何か」

アレキサンダーの言葉に、ロバートが問いかけてきた。

そのロバートの腕はしっかりとソフィアを抱き、ゆっくりと揺れて寝かしつけようとしている。


「王家の揺り籠というけど、本当にあなた自身が揺り籠になるのね」

「揺り籠というのは比喩です。代々王家の子女の養育を担っておりますから」

サラとロバートの会話に、周囲の人々は笑った。


「懐かしいな。幼い頃、ロバートはアリアを真似て、アレキサンダーを寝かしつけていた」

アルフレッドの言葉に、アレキサンダーとロバートが顔を見合わせた。

「いつの話ですか」

「全く覚えがないのですが」

 顔を見合わせる二人を見て微笑むアルフレッドの膝では、ミランダが、つかまり立ちの練習をしている。ブレンダは恐縮したが、ミランダは、アルフレッドの膝を気にいった。無理にやめさせたら、ご機嫌なミランダが、どうなるかはみな知っている。


 アルフレッドが良いのであれば、ミランダの好きなようにさせておくのが良い。


「アレキサンダーが、生まれて一年頃だ。アレキサンダーがぐずってね。アリアに面白いことがおこるから見ているようにと言われた。歩くのもおぼつかないロバートが、アレキサンダーに、毛布をかけ始めた。なにせ、まだ不器用なものだから、かけてやったはずの毛布から、アレキサンダーの手や足が、はみ出ていてね。それだけでも面白かったのだが。ロバートがアレキサンダーを軽く叩いて、寝かしつけの真似事を始めたときには、笑わずにいるのに苦労した。そのうちに、本当に、アレキサンダーが眠ったから、あれは、大したものだった」


「まぁ、そんな頃から」

グレースも目を丸くした。

「アレキサンダーを寝かしつけたあと、ロバートが得意気に私達の方を見てね。アリアに褒められて嬉しそうにしていた。少し、懐かしかったね。私も幼い頃は、アリアの兄たちに添い寝をしてもらっていたことを、思い出した」


「王家と王家の揺り籠はつながりが深いと聞いておりましたが」

「グレース、あなたもミリアと仲がよいから、驚くほどのことではないだろう」

「アレキサンダー様、いくらミリアでもグレース様を寝かしつけて差し上げたことはございません」

 大人たちが、そんな話をしている間に、寝息を立て始めたソフィアを、ロバートはそっと、揺り籠に寝かせようとした。


「あぁ、目を覚ましてしまいましたね」

とたんにぐずりだしたソフィアを、ロバートはまた抱いて揺らし始めた。ロバートに寄り添うように座ったローズが、子守歌を歌いながら、ソフィアを叩いてやっている。


「ロバート、いい加減私にも抱かせろ」

ロバートの腕から、アレキサンダーがソフィアを受け取った途端、ソフィアが泣き始めた。

「なぜだ。父親は私だぞ」

アレキサンダーは、ソフィアに懸命に語りかけたが、ソフィアは泣き止む気配がない。


「グレース様、肩掛けをお借りできますか」

ロバートは、グレースから受け取った肩掛けで、ソフィアを包んでやると、もう一度アレキサンダーの腕に抱かせた。途端にソフィアが静かにあくびを始めた。

「なぜだ」

アレキサンダーは、泣き止んだソフィアを抱きながらも、疑問を口にした。


「グレース様の香りで落ち着くのでしょう」

ロバートは、それが当然というような口調だった。

「なぜ、ロバートのときは、大人しくしていただろう」

「あら」

アレキサンダーの言葉に、グレースが鈴を転がすように笑った。

「ロバートからは、ローズの香りがするに決まっているではありませんか」


 長椅子に腰掛けていたローズの隣に座り、抱き寄せたローズの長い髪を指にからませていたロバートが赤面した。ローズはロバートの胸に顔を寄せ、それでも足りないのか、扇で顔を隠してしまった。


「そうだな。幼い頃からお前をあやしてきたロバートだ。子守もなれている。子守になれたロバートから、慣れ親しんだローズの香りがするのだから、ソフィアも安心するのだろう。アレキサンダー、お前一人では太刀打ちできないよ。素直に、グレースの香りの助けを借りなさい。ほら、せっかくだから、少し私にも抱かせてくれ」


ソフィアはアルフレッドの腕の中に収まることになった。


「懐かしいね。アレキサンダーに似ているね。あの頃は、まだいろいろ落ち着いていなかった。生まれたばかりのお前をアリアに託すしかなかった。用意した屋敷まで無事に着く保証もなかった。五代目メイナード様を守った王家の揺り籠を、信じるしか無かった。お前にもう、二度と会えないかもしれないと思いながら、見送ったものだ。無事に着いたと報告があったとき、本当に安堵した。あとになって、道中、荒事があったと報告をうけた時には背筋が凍る思いがした」


 アルフレッドは、曖昧に荒事と語った。

 アレキサンダーも、当時の記録を見た。赤子を二人連れたアリアが、逃げ切ったとは信じがたい襲撃だった。精鋭とはいえ、限られた護衛しか連れていなかった。男爵家の娘が産んだ、後ろ盾のない王子だ。

 王妃の腹の子の警護が優先された。


 アリアが兄達と一緒に育ったから、助かったようなものだ。赤子を背と腹に括り付け、軍馬にまたがり疾走できる乳母など、アリア以外にはいないだろう。

 だから、ソフィアの乳母には、辺境伯の娘を選んだ。


「アレキサンダー、グレース、お前たちの子をこうして抱くことができて、私は幸せだ。ここにいる者、皆に礼を言いたい。アレキサンダー、お前は立派に育ってくれた。グレース、母子とも無事で本当に良かった。ロバート、お前は何度もアレキサンダーを命がけで守ってくれた。もう少し自分を大切にしなさい。ローズ、ブレンダ、小さく生まれたソフィアを助けてくれてありがとう。祖父となることができて、私は幸せだ」


「この子と、この子の弟や妹のために、私達にはやるべきことが多くある。アレキサンダー」

アルフレッドは穏やかに微笑みつつも、その目には強い決意があった。

「はい。火種は早い内に消さねばなりません」


 国内には、未だにアレキサンダーが王太子であることに反対する勢力がある。それ以外にも、国の内外に火種はあるのだ。


ロバートが跪き、その隣で、ローズがお辞儀をした。次々と周囲のものがそれに続いた。

「我々も、及ばずながら誠心誠意努めさせていただきます」

ロバートの言葉は、近習達、小姓達の心を代表してのものだ。


「お前たちの助力、心強く思う。だが、一つ言っておきたい」

アレキサンダーに全員の視線が集まった。

「死ぬな。特にロバートお前だ」

アレキサンダーの言葉に、頷くものは多い。


「アレキサンダー様、そうはおっしゃいますが、ローズ、無茶はしないようにしますから」

ロバートのアレキサンダーへの言い訳は、怯えたようにロバートにしがみついたローズのせいで、止まってしまった。


「お前がいくら無茶をしないといったところで、誰が信用するか」

アレキサンダーの言葉に、過去の事件を知る者たちはみな頷いた。

「アレキサンダー様、ローズを怯えさせないでください」

「元はといえばお前だろう」

この手の話題で、二人が互いに譲らないのはいつものことだ。


「ソフィアが起きてしまうわ。二人とも」

アレキサンダーとロバートの声を潜めた言い合いは、グレースの一言で静まった。


「あーあー」

ミランダが、アルフレッドの腕の中にいるソフィアに手を伸ばしていた。

「あら、ミランダもソフィアを寝かしつけてくれるようですわ」

グレースの言葉に、抑えた笑い声が庭に広がった。



第三部第八章 お読みいただきありがとうございました。

お楽しみいただけましたら幸いです

第九章も連日投稿です。


7月18日10時幕間投稿開始です


並び立つために エリック・ティズエリーの決意 https://ncode.syosetu.com/n2067gy/


時間的には

第二章幕間「勢子頭パーカーは王太子様と狩りをしたい」https://ncode.syosetu.com/n8400gw/

3)と4)の間

第二章幕間「王太子アレキサンダーの視察(人の上に立つということ)https://ncode.syosetu.com/n5407gx/

の後のお話です


本編幕間とも、お楽しみいただけましたら幸いです。

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