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2)王家の揺り籠本家と分家貴族

 ブレンダ・バーゼアは、伯爵家の令嬢であることを鼻にかけることもなく、辺境出身であることに卑屈になることもない、笑顔の女性だった。明るく笑うブレンダは、すぐに王太子宮に馴染んだ。ローズは、生後半年のミランダをすっかり気に入り、ミランダもローズに懐いた。


 一方で、王家の揺り籠の分家である貴族の令嬢の出現により、王太子宮には一つの混乱がおこった。ロバートとローズの呼称だ。

「ロバート様」

伯爵家の令嬢であるブレンダだが、王家の揺り籠の本家であるロバートをそう呼び、丁重に振る舞い敬意を払った。

「ローズ様」

ブレンダは、本家のロバートの婚約者であるローズにも、敬意を払った。


ロバートとローズだけでなく、王太子宮の者たちも戸惑った。

 「ブレンダ様、本家はたしかに私ですが、私は使用人の身であり、あなたは伯爵家の令嬢です。私に敬称は必要ありません」

ロバートが断っても、ブレンダは笑顔で譲らなかった。

「私の夫は、騎士です。爵位を継ぐのは兄であり、私ではありません。私は、辺境貴族に仕える騎士の妻です。私にお気遣いは無用です」


「孤児の私に敬称など」

ブレンダはローズに最後まで言わせることもなかった。

「必要です。本家のロバート様の婚約者様です。本家のご当主様の奥方様となられる御方を、蔑ろになどできません」


 一週間も経たない間に、ブレンダは、自らの主張通り、ロバートとローズに敬称をつけて呼ぶ権利を得た。

「本家のロバート様、奥方様となられるローズ様を、敬称をつけずに呼んだなど、一族の誰かに知られたら、私は間違いなく父に勘当されます」


 ブレンダの言葉にロバートが折れた。ブレンダの言葉通りになることが、十分予想されたからだ。王家の揺り籠、家名なしの一族と言われる一族は、始祖の特徴を強く引き継いでいる。高潔の一族というあり方は、バーナードのせいで地に落ちた。他には、王家への忠義、質実剛健、厳格、情に厚いなど様々に言われている。一つ絶対に共通している特徴が、強固な意志を持つということ、つまり頑固なのだ。


 ローズは、ブレンダの語る西の国境地帯の暮らしに、すっかり魅了された。

「西の国リラツとライティーザは友好関係にありますから、国境地帯では、国同士の争いよりも、交易品を運ぶ商人を狙う盗賊との戦いがほとんどです」

「交易品ですか」

「えぇ。リラツの西には海がありますから。そこからの交易品です。海を通って遠い国から沢山の物が来ます。海ならではのものもありますから」

「例えばどんなものがありますか」

「この真珠もその一つですね」


ブレンダは常に真珠の首飾りを身につけていた。

「いつも身につけていらっしゃる、とても素敵なものですね」

「私達の一族にとって、とても大切な習慣です。女の子が生まれたら、両親はその子に、真珠の首飾りを贈ります。結婚を申し込む時、夫は真珠を贈り、両親からもらった首飾りにその真珠を足して、より長いものにしますの。いざと言う時、その真珠で娘や妻が生き延びることが出来るようにと言う、願いが込められているのです」


 ローズが腕の中のミランダをみた。確かに赤子のミランダも真珠の首飾りを身につけている。

「生き延びるという願いと真珠には、いわれがあるのですか」

「えぇ。武王様の奥方様、ソフィア様の逸話に因んだ習慣です。西方の古い貴族が大切にしている伝統の一つです。私などより、本家のロバート様の方が、お詳しいはずです」

 ブレンダに名指しされたロバートは、一瞬ブレンダに鋭い視線を向けた。

「歴史ある一族でいらっしゃいますもの」

ブレンダは一言付け加えると微笑んだ。


「ソフィア様は、才女で、武王マクシミリアン様の奥方様で参謀だった御方であっているかしら」

ローズの言葉に、ロバートは微笑んだ。

「そのとおりです。ソフィア様が、誘拐された際のことですね。ソフィア様が、道に落とした首飾りの真珠を目印に、マクシミリアン様が跡をつけて救出されたのです」

「まぁ。誘拐だなんて」


ローズがミランダを抱く力が強くなったのだろう。ミランダが、言葉にならない声で抗議した。

「あら、ミランダちゃん、ごめんなさい」

ロバートは、のけぞったミランダを、ローズの腕から救出した。敷物の上におろしてやると、機嫌がよくなったミランダは、寝返りを始めた。

「この子も生まれて、いつかあぁなるのね」

グレースは大きくなった自分の腹を撫でた。

「楽しみだ」

アレキサンダーもグレースの腹に触れた。


敷物の端にたどり着いたミランダを、今度は久しぶりに王太子宮に戻ってきていたエリックが抱き上げた。

「お前も子守ができるのか」

エドガーの言葉に、ミランダを抱いたエリックが顔をしかめた。

「私の甥と姪とその子達をあわせたら、どれほどの人数になるか、あなたもご存知でしょうに」

「そういえばそうだな」

エドガーはエリックの腕の中のミランダの手に、自分の指を握らせた。そのまま引っ張り合いに応じてやっている。

「この子が子守に欠くことはないようね」

グレースの言葉に、庭が笑いに包まれた。



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