19)ローズとアレキサンダーとロバートの約束3
「約束ですよ」
ロバートの不思議な色の瞳は、ローズの心の奥底深くまで、見通そうとするかのようだった。
「約束するわ。大丈夫、ちゃんと相談するわ。一人で決めない。ちゃんとアレキサンダー様か、ロバートか、エドガーか、エリックか、フレデリックもいるし、近習が誰もいなかったら、見習いのティモシーもいるし、絶対に誰かに言うわ」
ローズは微笑んだが、ロバートの表情は晴れなかった。
「ローズ、私は部下を、ロバートは仲間を沢山喪ってきた。私達は君を喪いたくない」
そういったアレキサンダーの顔にも、ローズの両肩を掴んだままのロバートの顔にも、深い悲しみと憂いがあった。ローズにわからせるため、あえてアレキサンダーは、二人の心の傷を口にしたのだ。
「はい」
御前会議に参加する貴族の一部が、かつてアレキサンダーの立太子に反対していたことは、ローズも記録を見せられて知っていた。アレキサンダーの抹殺を計画した証拠があがった貴族は取り潰されている。反対しただけの貴族は今も変わらぬ地位にいる。彼ら反対派だった貴族達が、今何を考えているか、心の内は誰にもわからない。
反対派の中には、今はローズに優しくしてくれているリヴァルー伯爵の名前もあった。彼は、暗殺計画に関わっていた証拠がなく、処罰されなかった。今は、宰相としてこの国の政治に貢献している。
アルフレッドの即位と初期の統治を安定させた立役者は、リヴァルー伯爵だと言われている。その彼がアレキサンダーの立太子に反対した理由を、“記憶の私”は、傀儡に誰かを擁立する予定だったはずだとローズに教えてくれた。
ロバートはローズが心配でならないようだった。
「明日の御前会議から、後継者の同席が始まります。ローズ、お願いです。彼らの挑発に絶対にのらないでください。愚か者を装ってもいい。挑発されたら、アレキサンダー様を頼りなさい。何も言わずに、アルフレッド様かアレキサンダー様のご発言を待ってもいい。私にはどうすることもできないのです。先ほど、一人で行動しないと言いましたね。言葉も同じです。挑発や、侮辱や、議論を持ちかけられてもアレキサンダー様のご判断を必ず待ってください」
「はい」
ロバートの心配も、ローズはわからないではなかった。
かつて、御前会議の主要な議題はイサカの町の疫病だった。疫病について知る子供のローズを議論に参加させるため、王太子宮で、御前会議を茶会と称して行った。今、御前会議の主題はイサカの町ではなくなった。ローズは御前会議にアレキサンダーの部下として参加し、着席して意見を述べている。最初の頃は、ローズも、短期的に参加しているだけだと考えていたが、すでに一年以上が過ぎ、次の春で二年目になる。
ローズには教えられていないが、宰相であるリヴァルー伯爵と、アーライル侯爵の強い意向によるものだ。
ローズは、若い貴族に、権力闘争の相手とみなされる可能性があった。後見人が王太子であること、宰相であるリヴァルー伯爵と、重鎮である高齢の高位貴族達が、ローズを可愛がり、総騎士団長であるアーライル侯爵がローズを恩人と明言していることが、今は一種の防波堤になっている。ローズが成長し、重鎮たちが世代交代をしたとき、どうなるか、予測することは容易ではない。
アレキサンダーに近い立場の者の多くが、いずれローズの立場は難しくなると考えていた。御前会議への出席もそろそろ控えさせ、ロバートや他の近習達のようにアレキサンダーとの打ち合わせに徹したほうが安全だというのが、ロバートを含めた近習達の意見だ。
ローズの在り方は異例中の異例だ。ライティーザ王国の創立期ではありえたろうが、記録が残っている時代には一切ない。サイモンは、自ら記録を調べ、アレキサンダーに報告してきた。
サイモンは、ローズにも忠告してくれた。
ー気を付けたほうがいいと思います。人は“自分とは違う者”に対して、とても厳しい。アレキサンダー様やロバート様のように、寛大な方はめったにいらっしゃいませんー
サイモンの肌はミハダルの民と同じ濃い色をしている。サイモンも、ローズにそう伝えたくなるような辛い経験をしたのだろう。
先日、グレースにも同じようなことを言われた。
「グレース様に教わりました。何か言われたら、『まぁ、そうですの』といってにっこり笑って扇で少し顔を隠して、少し首を傾げて、『失礼しますわ』といって、そのままその人からは、離れなさいって」
グレースとサラとミリアに教えられたとおり、ローズはにっこり笑い扇を動かし、首を傾げてみせた。
「あぁ、それでいい」
アレキサンダーが答えるまでに少し間があった。ロバートは、ちょっと目をそらせて何も言ってくれなかった。
ローズは何度も練習した後、合格だと言ってくれたサラと、一つ約束していた。この仕草をやって見せた時のロバートの反応を教えてねと、いわれたのだ。
どう報告したものか。ロバートは黙ったままで何も言ってくれない。ローズはせっかく広げた扇を、いつ閉じるべきか教わるのを忘れていたことに気づいた。
「この扇、いつ閉じたらいいのかしら。ずっと広げたままにもいかないでしょう」
扇を広げ、顔を少し隠したままロバートを見上げると、ロバートはいつも通りほほ笑んでくれた。
「厄介なことをおっしゃる方と離れたら、閉じたらいいのではないでしょうか」
「はい」
ローズはそのまま扇を眺めた。グレースが子供の時に使っていたもので、バラの意匠だからと、くれたものだ。グレースは、沢山あるから、ローズに使ってもらったほうが嬉しい、扇は女の武器よと、ほほ笑んでいた。
ロバートは常に腰に長剣を佩き、上着の中にもナイフを仕込んでいる。鎖帷子を着ていることも多い。刺客に対抗するためだ。それだけのものが必要なときに、扇が何かの役に立つとは思えなかった。
「ローズ、それは明日絶対に忘れず持ってこい。心配ならロバートに預けろ」
「はい」
アレキサンダーの言葉に、ローズは素直に従い、扇を閉じてロバートに渡した。
「アレキサンダー様」
ロバートが何かいいたげにアレキサンダーを見たが、アレキサンダーは気にした風もなかった。




