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17)ローズとアレキサンダーとロバートの約束1

 夕食後、アレキサンダーの執務室で、近く開かれる御前会議の打ち合わせをしていた。もとはアレキサンダーとロバートの二人で打ち合わせをし、必要に応じて学者や貴族が参加していた。今はロバートの隣にローズがいるのが当たり前になっている。


 次の御前会議は、いつもの通りとはいかないと予測され、それも問題だった。高位貴族達の子弟が初めて参加する御前会議だ。貴族でもない孤児の子供であるローズが出席しているのだから、自分達の後継者を出席させたいと、一部の貴族からの要望があった。アーライル侯爵が、足の古傷の痛みを理由に、息子のレオン・アーライルをしばしば代理として出席させていることも、彼らの要求をより強くしたのだろう。

 彼らの後継者の多くは既に成人しているか、成人間近だ。後継者に経験させてやりたいという親心もあるだろう。だが、単に嫉妬や功を焦る貴族がいるのも明らかだった。

 

 御前会議で常に繰り広げられている権力争いも問題だが、本来そのようなことをする余裕などライティーザにはないはずだった。


 ライティーザ王国の課題は多い。

 イサカの町での疫病対策に大金をつぎ込んだ後であり、国庫に余裕はない。イサカを含めた周辺地域からの税収は増えているが、対策の費用全てを賄うには時間がかかる。

  国境を接する隣国からの侵略を防ぎ、国内の貴族の反乱を抑制し、民衆を統治し、安定して税を得る必要があるのだ。国で産業を起こせば富国につながるが、それは隣国からの干渉を招き、他国の追随を許せばその産業が崩壊する。産業一つとっても難しい。穀物の収穫量は天候まかせで安定しない。アレキサンダーは、何としても、食料危機だけは避けたかった。人心が乱れ、内政が乱れ、国が亡びる原因となりうる。


 一部例外もあったが、ライティーザの領土は、今年は豊作だった。だが、来年の作柄など分からない。

「先のことなど予測がつかないから難しいです」

 ローズは記録を見比べながら、頭を悩ませていた。

 天候の予測などできない。天災の記録はあるが、過去の詳細な気象の記録がなく、収穫量との関係が不明だ。

 食糧危機を懸念しつつ、何とか毎年乗り切ることを神に祈るだけなのかと思うと、ローズは気が重かった。数年豊作が続いているのは、単なる幸運だ。いつか来る不作を乗り切る方法を考えておきたかった。

「いつ不作になるかわからないときに、どれだけ備蓄をしたらよいのでしょうか」


 ローズはため息をついた。金があったところで、そもそも不作で、食料が無かったら購入はできない。仮に不作の年に食料を確保できていたら、飢えた民を救済できる。だが農作物を長期保管することは困難だ。

「まだまだわからないことが、沢山あるわ。勉強することも考えることも尽きないわ」

ローズのつぶやきに男二人は顔を見合わせた。アレキサンダーは国を継ぐため、ロバートはそのアレキサンダーに仕えるため、ある程度熱心に勉強はしていた。


「今、勉強しているだろう」

ローズは今、王家専属の教育係達から教育を受けている。まれにみる熱心な生徒と評価を受けている。まれでない程度に熱心だった二人は、ローズへの褒め言葉に、時々居心地悪さを感じていた。

「先生たちには沢山教えていただいています。でも、いつも“記憶の私”に助けてもらっていたから、不思議な感じです」

「“記憶の私”ですか」

アレキサンダーとロバートは、数少ない、ローズの“記憶の私”について知っている人達だ。


「わからないことがあって、一生懸命考えていると、頭の中で本が開くみたいにわかることがありました。大人が本を開いて教えてくれるみたいでした。今は、本当に目の前にいる先生たちが教えてくださるから、不思議です。多分ですけど、本みたいに開くのは、“記憶の私”が勉強したことだと思います」

 少なくとも“記憶の私”は沢山のことを教えてくれて、いつもローズを助けてくれた。

「“記憶の私”は、どのような人ですか」

「わからないわ。でも、優しい感じがする。孤児院で疫病の話を聞いたときに、今ならきっと何とかなるって、教えてくれたの」

 生まれ育った孤児院を離れるのは怖かった。どこにあるかもわからない王太子宮に、本当にたどり着けるかもわからなかった。

「励ましてくれて、心強かったわ。一人の人ができることは少ない。たくさんの人に手伝ってもらえば、多くの人を助けることができるって教えてくれたの。本当にその通りになって嬉しかったです」


ローズにとっては嬉しい思い出だが、途端にロバートの機嫌が悪くなった。

「ロバート。どうしたの」

「あなたに無茶をさせる“記憶の私”が優しいとは思えませんが」

書類を放り出したロバートに、ローズはいきなり抱きしめられた。


「どうして。沢山の人が助かったわ。教えてくれたのは、“記憶の私”よ。意地の悪い人や、心も冷たい人ならきっと教えてくれないわ」

ローズの言葉にロバートは答えてくれなかった。ただ、ローズを抱きしめる腕の力だけが強くなった。

「ロバート」

「私の言葉が聞こえるなら、ローズが“記憶の私”と呼ぶあなたは、ローズに無理をさせないでください。まだ、子供です」

ローズにも、ロバートが心配してくれているということは理解できた。


「“記憶の私”は、どういう人間だ」

アレキサンダーの言葉に、ローズは、ロバートの腕に拘束されたまま考えた。

「よくわかりません。でも、いつも誰かを助ける方法を教えてくれます。悲しいけれど、全ての人を助けることなどできないことも、教えてくれました」

リズのときも、疫病のときも、“記憶の私”はローズを支えてくれた。

「人を助ける何かを、生業にして学んでいたということか」

アレキサンダーの言葉に、ロバートの腕の力がまた強くなった。流石に、苦しくなってきたが、何かおかしいロバートの様子にローズは、何も言えなかった。


 アレキサンダーは、ロバートの様子がおかしい理由が分かっているようだった。

「ローズ、君が王太子宮に押しかけてきたのは、疫病の町の人を救うためだったな。森の民のところに行ったのは子供を助けるためだったな」

「はい」

アレキサンダーに、かつての出来事を指摘されても、ローズにはアレキサンダーの意図が分からなかった。

「自分以外の人のために、あなたは一生懸命なので、アレキサンダー様も私もあなたが心配なのです」

 ローズを抱きしめたまま、ようやくロバートが口をきいた。体が密着しているためか、声が響き振動を感じた。ローズには、自分を抱きしめるロバートの表情は見えない。

「あなたのなかの記憶のあなたも、今のあなたも、人を助けるというのが一番のようだから心配なのです」


 それの何が悪いのか、ローズにはわからなかった。

「どうして心配なの」

「ローズ!」

叫んだロバートの、ローズを抱きしめる力がさらに強くなった。抱きしめると言うより、ロバートにしがみつかれている気がした。

「あなたの身に、何かあったら、私は」

ロバートは、言葉が続かなくなったようだった。


「ローズ。ロバートはお前を心配している。心の底から心配している。私もだ。私は沢山の部下を、ロバートは沢山の仲間を喪ってきた。もう、これ以上誰も失いたくはない」

 ローズにも、二人が本気で心配してくれているらしいことはわかる。ただ、何を心配しているのかわからなかった。

「人を助けることと、心配されることの関係がわかりません」

ローズの言葉に、アレキサンダーとロバートは、同時に叫んだ。


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