16)アレキサンダーの悩み2
己の功績を認めないローズと遜色ないほどに謙虚で、アレキサンダーを悩ませているのが、乳兄弟ロバートだ。
ロバートは優秀な男だ。近習として仕えてもらうには最高の人材だ。ロバートが叙爵をうけ貴族となり、御前会議に参加し、それこそ宰相になってくれたら良いとアレキサンダーはかつて口にしたことがある。
「手近な私で問題解決をはからないでください」
「公私ともロバートに頼ってどうする」
アレキサンダーの思いつきは、ロバートとアルフレッドに却下された。
サイモンに確認させてはいるが、王家の揺り籠が、先祖代々叙爵を辞退し、王家の使用人であることを固持しているならば、ロバートに叙爵を承知させることは、容易ではないだろう。
ローズの過度の謙虚さのほうが、解決できる可能性があると、アレキサンダーには思えた。
「自分が親を知らないから、姫を親と会わせたかったのか。ローズを捨てるとは、親は随分ともったいないことをしたな」
おかげで、アレキサンダーが、ローズを側近とすべく手元に置くことができているというのが皮肉だ。
「はい」
ロバートも愛おしい婚約者を手に入れることができたのだから、同じだろう。
「ローズの親は、調べたのではなかったか」
孤児のくせにと、ローズを罵るものは特に下位貴族に多い。王太子宮内にも口さがない者達がいたが全て追放した。ローズの親がわからないのをいいことに、ローズを罪人や人殺しの子だろうという噂を立てたのだ。誰に何を言われても、ローズ自身は、孤児なのは本当のことだから仕方ないというだけだった。
下らぬ噂を声高に叫んでいた連中を王太子宮から追放した後、ローズに朗らかな笑顔が戻るまで、しばらくかかった。
「ローズに止められました。親が万が一、罪人だったら怖いから調べないでくれといわれました。わからないほうが安心だそうです」
執務室にいることの多いローズに知られずに、調べることは難しい。
「あれの親がか。罪人を悔い改めさせようとして、殺されたとかならありそうだな。お前はどう思う」
口にしてから、大司祭が同じ伝承を語ったことをアレキサンダーは思い出した。
「罪を成すことがあるとは思えません。冤罪で命をおとすか、諫言を受け入れない主君に殺されるというならあるでしょうが」
同じ会話を思い出したらしいロバートの言葉に、アレキサンダーは苦笑した。
「ここに最初に来た頃は、諫言以外口にしていなかったな」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは頷いた。
「ローズは、捕まる前に逃げればいいと、思っていたそうです。それにしては毎日のように、迷っていましたが」
刺客から主を護るため、王太子宮は、複雑な構造をしており、多くの隠れた通路や扉がある。わかりにくいのは事実だが、毎日迷うローズもどうかしていた。
「王太子宮内で迷うような子供に試されていたと思うと不快だが、突然乗り込んでくるくらいには信頼されていたと思うと複雑だ」
アレキサンダーの言葉にロバートがほほ笑んだ。
「アレキサンダー様が、ローズの信頼にこたえてくださったからこそ、今があるのではありませんか」
「ローズも随分無謀なことをしたものだ」
アレキサンダーは、ローズが王太子宮に来たばかりの頃、早朝の庭で、ローズと口論になったことがあった。その直後、近習達に心底呆れられてしまった。
「アレキサンダー様、あんな小さな子供を相手に、怒鳴り合いですか」
「大人気ないと、申し上げざるを得ません」
「女の子相手に、大の男がなにをやっておられるのですか」
白い目でアレキサンダーを見るエドガーとエリックとフレデリックに、居心地の悪い思いをした。
「あの子、僕らより年下です」
自分たちもまだ子供である年長班の小姓達の一言が、アレキサンダーには一番の衝撃だった。おかげで少し、あのあとは冷静にローズの話を聞くことができた。
「ローズは自分以外の子供には優しいですから」
最初からローズへの評価が甘かったロバートの言葉に、アレキサンダーは、昨秋の出来事を思い出した。
「子供か。狩場でも子供がどうのと言われて、お前が同行していったな」
「あの時は、本当に子供もいました。依頼してきたリチャードも元騎士ということであの場では信頼しましたが。毎回そうとは限りません。子供を助けてくれと言われたら、誰の後でも、どこへでも、ついていきかねません」
「次が本物である保証はない」
病気の子供や怪我をしている子供がいるといわれたら、ローズは真偽を確かめることもせずについていきかねない。ローズが慰問する際、必ず近習と手をつながせ、周囲を近衛兵で固めているのは、そういった事態を防ぐためでもあった。
「絶対に一人にさせられません」
それがローズに関わる者達、全員の共通の認識だった。
「せめて、もうあと一人二人、あれの警護がほしいな」
ロバートと、他に近習と騎士の数名が交代でローズの警護にあたっているが、人数に余裕がない。要人警護は容易ではない。人を守りながら、戦うというにはかなりの修練を要する。
「視察の時が問題だ。今はリヴァルー伯爵がご自身の馬車で王宮と王太子宮の間を送り迎えしてくださるが、ずっとそれでは問題だ。レスター・リヴァルーは何を考えているかわからない」
「はい」
それも大きな懸案事項の一つだ。かつてアレキサンダーの立太子にリヴァルー伯爵は反対する一派に属していた。反対派にとっての最大の誤算は、アレキサンダーの代わりに立太子させようとしたリラツの第三王子とリラツの国王が、正当な血脈のアレキサンダーを差し置いての立太子などありえないと断ってきたことだろう。
レスター・リヴァルーはそれ以来、宰相としてアルフレッドを支え、アレキサンダーにも礼を尽くしてはいる。だがリヴァルー伯爵が、ローズを養女にして、適当に婿を取ろうか、親族に家督を継がせ、それにローズを嫁がせるのもいいなどと、発言していたことはわかっている。
ロバートがローズと婚約してからは、リヴァルー伯爵は、一切その手の話題を口にしなくなった。だが、ローズへの接し方を変えておらず、ローズを使って何か企んでいる恐れがあった。
アレキサンダーはローズを、自らの側近とすべく、第二のロバートにすべく育てている。それこそ、ロバートが貴族となり、ローズと結婚し、宰相になれば、夫婦ともにアレキサンダーを支えてくれるだろう。アレキサンダーはそれを期待していた。そのためにも、ローズの身の安全は確保せねばならない。
「あれだ、あの森にいたリチャードを士官させるか」
アレキサンダーは、単なる思い付きを口にしてみたが、悪いことではなさそうだった。男爵家で騎士団長を務めていた男であれば、ある程度以上の腕は望める。
「ダミアン男爵家の関係者に気づかれたらやっかいです。今どこにいるかもわかりません」
「何年も森で苦労していたら人相くらいかわるだろう。あとは、ローズ自身に短剣の使い方を覚えさせるかだな。」
「それは、おやめになった方がよろしいかと」
「何故だ」
「相手に取り上げられたら余計に不利になるだけです。腕のないものは、一目散に逃げるべきです」
王太子宮に仕えている者の中で、刺客との戦いの経験がもっともあるのはロバートだ。多くの仲間を失った経験が、そう言わせたのだろう。
「そうならないように、お前が教えろ。なんなら、レオンに適当な師匠でも紹介させ」
「結構です」
途中で遮った乳兄弟にアレキサンダーは苦笑した
「お前、ずいぶんとわかりやすくなったな」
赤面したロバートは何も言わなかった。




