13)祖先への報告
聖アリア教大聖堂の地下に建国の双子王と、それぞれの妻とが眠っている。墓に詣でたアレキサンダーは、娘ソフィアが無事に生まれたことを報告し、祖先たちへの感謝の祈りを捧げた。
型どおりの祈りの後、母と、父の正妃と、生まれなかった三人の異母弟、異母妹たちにも、娘が生まれたことを伝えた。祖母や叔父や叔母になっていたはずの人々だ。また、嬉しい知らせが出来たらと、アレキサンダーは心から願った。
アレキサンダーの隣でロバートも祈りをささげていた。ロバートは、王家に等しい歴史を持つ家の者だ。ロバートの先祖が、教会の地下に眠る建国当時の英雄たちと共にいたと思うと、今こうしてアレキサンダーとロバートが並んで祈っているのは不思議な気がした。
アレキサンダーは、先祖の誰かが、ロバートの先祖の功績に報い、きちんと爵位を与えてくれていたらと思う。優秀なロバートが、使用人という立場故に、能力の劣る貴族達に見下されていることが、アレキサンダーは時に我慢ならなかった。ロバート本人は、身分以外に誇る者が無い方々の、負け惜しみですと、苦にしていない。
ロバートの先祖たちの功績を思うと、侯爵となっていて当然だ。その場合、ロバートが乳兄弟として側に仕えてくれることはなかったと思うと複雑な思いがした。イサカの町でのロバートの功績は、その後のレオン・アーライルの国境地帯平定の功績の一部に取り込まれ、アーライル家の侯爵家復帰に繋がった。御前会議での文武の均衡が復活したことは喜ばしいことではある。だが、最初に苦労したロバートあってのレオンの功績であることを、多くの貴族は理解していない。
アーライル侯爵は、レオン・アーライルの功績はあくまでロバートあってのものであり、ロバートの叙爵をと、御前会議で訴えた。賛同した貴族と、反対した貴族との間で、睨み合いになった。だが、ロバート本人が叙爵を辞退したことで、瞬く間に解決してしまった。あくまで王太子の名代として、任務を果たしたまでだとロバートは主張し、自分の功績でなくアレキサンダーの功績だと言ったのだ。
「やはり、そうおっしゃいますか」
アーライル侯爵がそう言い、その話はそれまでとなった。アレキサンダーは、アーライル侯爵が納得した理由を、聞いていなかったことを思い出した。あの時、賛成したのは長い歴史を持ち、ロバートの一族を王家の揺り籠と呼び敬意を払う貴族達だった。彼らの多くが、建国の時から五代目メイナード王の頃まで歴史を遡ることが出来る。
武王の再来といわれたメイナード王と、その後の数世代でライティーザは東へと国境を広げた。アスティングス家を含め、新興といわれる大貴族は、その頃に恭順を示した王たちの子孫だ。多くが世代を重ね、それぞれの歴史と伝統を誇っている。いつまでも新興貴族扱いされる彼らの不満は、旧来の貴族が丁重に扱う、王家の揺り籠、家名なしの一族への敵意へと形を変えているようだった。
先祖への祈りの後、聖アリア教会の大司祭との茶の時間になった。
「本日は、ローズ様はいらっしゃらないのですね」
大司祭は、王太子であるアレキサンダーを目の前にしているというのに、正直に残念がった。アレキサンダーとロバートも苦笑するしかなかった。
「今頃ローズはソフィアと一緒にいるはずだ」
「さすが慈悲深いローズ様でいらっしゃいます」
ローズを聖女の再来と讃える大司祭らしい、賛辞を口にした。
グレースの名代として、ローズは王都と周辺の町を慰問しているが、ローズの親だと名乗り出てくる者はいない。ローズが孤児であることも、グレース孤児院で育ったことも公表されている。ベールで顔を隠させているが、親であれば自分に似ていると気づいてもおかしくはない。
それでも名乗り出てくる図々しいものはいなかった。
「最早、生きてはおられないでしょう。あるいは、よほどの事情で名乗り出ることができないか、いずれかでしょう」
大司祭の意見に、アレキサンダーも賛成だった。
問題となるのはよほどの事情があって名乗り出てこない場合だ。
「ローズ様の御両親となると、罪人に悔い改めるように説得して、儚くなったとあってもおかしくはありません」
「それは、聖女アリアの娘の話だろう。嘆いた神の涙が、凍り付き、真夏に雹が降り大凶作となった」
大司祭の言葉にアレキサンダーは伝承の一つを語った。
「諫言が過ぎて、手打ちになった、どこかの貴族の家臣の娘というのもありそうだが」
アレキサンダーの身近で、手厳しいことを平気で言うロバートに視線を送ってみたが、見事に無視された。
「そういった方は、アレキサンダー様にお仕えしているロバート様のご親族には、珍しくないことであられますな」
大司祭は、アレキサンダーの視線の意図することを言葉にした。
「先般のティタイトの戦の後は、そのようなことはない」
あの戦で、ロバートの伯父は二人とも死んだ。王家の揺り籠本家の血を引くのは、アリアの息子であるロバート一人だ。ロバートが子を残さずに死ねば、王家の揺り籠本家の血筋が絶える。それをわかっているはずなのに、ロバートは常にアレキサンダーに手厳しい。王家の子女を養育する、王家の揺り籠らしいともいえた。
「伝統ある御家も、今は、ロバート様御一人ですが、ローズ様がおられますから、いずれまた、栄えましょう」
大司祭はそう言うと、豪快に笑った。
「お二人のご結婚は、ローズ様が十七歳になられるときとお伺いしております。ぜひ、その際の証人には私をご用命くださいませ。聖女様の御結婚の祈りを手掛けさせていただくなど、これほど名誉なことはございません」
「その際には、よろしくお願いします」
「もちろんですとも」
微かに頬を染めたロバートの言葉に、大司祭は満面の笑みで答えた。
「その言葉、私もしかと聞いたぞ」
アレキサンダーの言葉にも、大司祭は微笑みを深くした。
「私の心からの言葉でございます。せっかくですから、御婚約式でもなさればよろしいのに」
大司祭の言葉に、ロバートはあからさまに、勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべた。その表情に、ロバートが何を思い浮かべたのか、大司祭も察したのだろう。
「いえいえ。そのような大袈裟なものではありません。我々司祭の立ち合いのもと、二人で将来のことを誓うのですよ。近年は、披露宴もかくやというような派手な式が好まれますが、本来はお二人とご家族のみで、しめやかに行うものです。昨今では稀となりました」
丁度、出立の用意ができたとの連絡で、その日の話はそれまでとなった。




