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1)乳母ブレンダ・バーセア (辺境伯の娘)





 アレキサンダーとグレースの子が生まれるとなると、乳母が必要になる。

 身分、教養、乳の出などを参考に一人の女性が選ばれた。ブレンダ・バーセア、西の隣国リラツとの国境地帯を治める辺境伯の娘だ。夫と年長の子供たちは、領地に残り、赤子だけを連れてきた。


「ブレンダ・バーセアと申します」

ブレンダの後ろでは、彼女が連れてきた侍女が、赤子を抱いていた。

「幼子を連れ、遠路はるばるご苦労であった」

アレキサンダーがねぎらいの言葉をかけた。もともと決まっていたのだ。王家の揺り籠、ロバートが、分家の一つから選んできた女性だった。


 既に男の子を数人産み育て、数ヶ月前に娘ミランダを生んだというブレンダは、乳の出もよく、教養もあり、一族は長きに渡り王家に忠誠を尽くしてきた伯爵家であるという、乳母としては申し分のない女性であった。


 だが、グレースは少々不満だった。生まれてくる子供は、グレースの子でもある。それなのに、乳母の選定に関しては、グレースは一切の関与出来なかった。義父アルフレッドと、夫アレキサンダーと、乳兄弟のロバートだけで決めてしまったのだ。


「アレキサンダー王太子様、グレース王太子妃様のお子様の乳母となれること、私共一族全員の誇りでございます。何卒よろしくお願いいたします」

ブレンダは優雅なカーテシーの後、笑顔で口上を述べた。人懐っこい可愛らしい微笑みに、グレースも微笑みを返した。人好きのする女性ではあったが、グレースの胸の内のわだかまりは消えなかった。そんなとき、ブレンダの侍女が抱いていたミランダがぐずりだした。


「あら」

侍女があやし始めたときだった。

「こちらでお預かりしましょう」

アレキサンダーの傍に控えていたはずのロバートが、侍女の腕からミランダを受け取り、あやし始めた。アレキサンダーにとっては、見慣れた光景だ。


「眠いようですね」

「今までおとなしくしていたもの、偉い子ね」

ロバートの隣にはローズが立ち、ロバートの腕の中の赤子を覗き込んでいる。

「そろそろ寝ましたか」

「寝かせたら起きそうよ」

「そうですね」

二人は赤子をあやす若い夫婦のようだった。


「さすが、王家の揺り籠だな」

ロバートの堂の入った赤子の扱いに唖然としていたグレースの耳に、アルフレッドの声が聞こえた。

「まぁ。本家のロバート様にあやしていただいて、ミランダが。ありがとうございます」

ブレンダはそういうと眠った赤子、ミランダをロバートから受け取った。

「ブレンダ様、私は使用人です。あなたは伯爵家のご息女でいらっしゃる。私に敬称は必要ありません」

「いいえ。両親からも兄弟たちからも、王家の揺り籠の本家であるロバート様に失礼の無いようにと言われてまいりました。そのようなわけには参りません」

大人たちの声に、せっかく眠ったはずのミランダが起きて、またぐずりだした。

「あ」

 しまったというようなロバートの声のあと、ブレンダの腕にいたはずのミランダは、ローズの腕に引き取られていった。

「ミランダちゃん、せっかくいい子にねんねしていたのにねぇ。びっくりしたわね」

 手慣れた様子でローズは赤子をあやしはじめた。


「王家の揺り籠の婚約者も、大したものだな」

アレキサンダーがグレースを見た。

「私達の子供は、随分と沢山の乳母に恵まれそうだね。乳がでなかったり、男だったりいろいろなようだが」

「まぁ」

アレキサンダーの言葉に、グレースは微笑んだ。

「でしたら、乳の出る乳母くらい私にも、ご相談頂きたかったですわ」


グレースの言いたいことを察したのだろう。アルフレッドが微笑んだ。

「ブレンダ・バーセアを選んだのには理由がある。我々王族など、一度謀反にあえば、追われる身だ。そのときに生きのびられるように、養育される。生き延びさえすれば、再興の望みがある」

微笑んでいるが、アルフレッドが語るのは、ライティーザ王家が滅亡の危機にさらされうる可能性だ。

「私は王家の揺り籠、ロバートの母アリアに育てられた。私が今まで生きているのは、アリアとロバートのおかげだ。私は、あなたにも、私とあなたの子供にも、生きてほしいと願っている」


アレキサンダーの言葉に、グレースは自らの嫁ぎ先が王家であることの重みを感じた。

「一部の貴族の子弟のように、甘やかすわけにはいかない。そのために、辺境のバーセア家の息女を選んだ。剣と弓の心得もあれば、馬にも乗る。何かあれば、私とあなたの子を連れて、逃げてくれる。王家の乳母は、そういう乳母である必要がある」

グレースは自らの顔が強張っていくのが解った。


「グレース、そんなに恐れないでくれ。そのようなことを避けるためにも、私も父も、この国の統治に努めているのだから」

 アレキサンダーは、笑顔だったが、グレースは微笑むだけで精一杯だった。



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