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キツネの商人と刺繍をする娘  作者: 東雲 春
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6 ティナの食べ方

 案内された部屋は思っていたよりも、豪華で広かった。まるでお姫様のような部屋に思わず入るのを躊躇ってしまった。

 もちろん、床にはベージュ色のあのふかふかな絨毯が敷かれていた。

 ベッドは大きく、大の大人が二人並んで寝ても十分なほど広い。

 窓は小さなバルコニーに通じていた。部屋の中央に置かれている丸いテーブルには仕事道具と紙の束とペンが置かれていて、それが自分の部屋だと証明してくれていた。


「ティナ様!どう?この部屋!あたしが家具とかの配置を決めたんだよ!」


 ライムがティナを部屋に案内してから呼んできたマリーがどう?どう?と褒められるのを待つ犬のようにティナの反応を待っていた。

 兎の獣人だと言うのに、犬の尻尾の幻影が見える。


『気に入りました。ありがとうございます、マリー』


 用意してくれた紙にペンを走らせて返事を書いてみせると、へへっとマリーが照れくさそうに笑った。可愛い。


「あっ!そうそう、アエベラ刺繍店の方からさ、ティナ様の洋服とかの荷物が送られてきたからクローゼットに仕舞っといたけれど、新しい服とか用意しようか?ボスとかに頼めばいっぱい可愛い服を用意してくれるよ?」


 そう言われて、自分の服のボロさ加減に羞恥心を覚えた。外に出られなくて昔の服を直しながら着回していたのだ。もうとっくに型崩れな古臭いドレスだろう。

 だけど、フェネラに新しいものを買ってもらうつもりはない。そんな筋合いなどないし、彼も自分に服を買う理由なんてどこにもないのだから。


 マリーに首を振って必要ない、と応えて見せた。


 店を立ち上げる前でもお金を少しでも稼いで、自分の服は自分で買おう。

 それに一応手元にはまだほんの少しだけお金がある。当面の住む所と食事は用意してくれるみたいだし、安くても新しい服を二枚ほど買ってこよう。


「じゃあ、夕飯の支度ができたら呼びに来るね!食堂で食べるから」


 見苦しい格好をしないために、早急に服を買いに行かないと、と考えていたティナの耳に「夕飯」と「食堂」の言葉が飛び込んできて、慌てて部屋から出ていこうとしていたマリーの腕を掴んで引き留める。


「あれ?どうしたの?」

『わたし、部屋で食べます』


 ティナはどうしても自分の食事姿を誰にも見て欲しくなかった。


 ◆


 マリーが運んでくれた食事を丸いテーブルで食べていく。

 指を使って。

 これがティナが食事姿を見られたくないと思う理由である。


 舌を抜かれてから、食べ物を口に入れても上手く噛めなかったり、危うく喉に詰まらせそうになった。

 舌の残った部分でどうにか味は分かるものの、指で食べ物を歯の所に持っていかないとろくに噛めない。


 用意された食事の柔らかい物を取って食べていく。

 本当は全部食べたかった。

 けれど、柔らかく焼いてある肉でも今のティナには固く感じていた。

 豪華な食事はきっと自分のためなのかもしれない。食事を持ってきたマリーの残念そうな顔が頭に浮かんだ。


(ごめんなさい、マリー)


 でも、見られたくないの。


 半分以上残してしまった食事を罪悪感でいっぱいな気持ちで見る。マリーに食事を部屋に持ってきてもらう時にでも、柔らかい物にしてほしいとさっさと言っておくべきだったと後悔した。


 そろそろ皿を下げるためにマリーが来るだろう。

 その時に残してしまった食事を謝ってから、今度からは柔らかい物にしてもらえるよう頼んでみよう。


 ドアがガチャっと開いてマリーが入ってくるもんだとばかり思っていたが、なぜかそこにはマリーではなくフェネラが立っていた。


「具合でも悪いのか……?」


 部屋に入ってきてそうそうにフェネラが体調を気遣ってきた。


「昼間は元気そうだったが。食堂まで来られないほど気分が悪いのか?」


 誤解しているフェネラに慌ててティナは紙に理由を書いてみせた。


『舌がないので、食事の時に指を口の中に入れて食べているのです。見苦しいので1人で食べたかったので部屋に運んでもらいました』


 紙に書かれた文字を見ていたフェネラがはっとしたように息を飲んだ。


「……すまない。そこまで気が回らなかった」


 どこかしょんぼりとした様子のフェネラに急いで頭を振ってみせた。最初から自分で言っておかなかったのが悪いのだ。

 心なしか五本の尻尾もしょんぼり垂れ下がっている。


「何か頼み事はあるか?食事の事でも何でも」


 そう言われて、マリーに頼もうとしていたことを紙に書き出す。


『食事は出来れば固くなくて柔らかいものがいいです』

「分かった。そうしよう」


 フェネラが一旦口を閉じてから続けて話した。


「……それと、お前の食べ方は見苦しくはないぞ」


 驚いてフェネラの顔を見た。いつものように仮面のせいで表情が伺えない。自分の食べ方を見たこともないのに、どうしてそう言えるのかがティナには分からなかった。


「その食べ方はお前の努力の結果だろう?マナーの問題ではない」


 そこでふっとフェネラが微笑んだ気配がした。


「苦労したのだな、ティナ」


 苦労。

 しみじみと労るように言われて押さえていた感情が一気にぶわっと溢れだした。

 舌を抜かれた瞬間。

 痛かった。誰かに助けて欲しかった。父は死んでしまっていたし、婚約者は面白そうに見ているだけ。

 抜かれた後。

 激痛のせいでろくに飲んだり食べたり出来なかった。もともと軽かった体重はさらに軽くなり、このまま痩せ細って死んでしまうのかと怖かった。

 ようやく食べられるようになっても、舌が失くなったせいで指を口に入れないと食べれなくなった。それを見ていた婚約者のロバートは見苦しいとまるで乞食みたいだと言った。


 様々な辛い記憶が蘇って、泣き出しそうになって我慢しようとぐっと堪えたが無理だった。

 ぽろぽろと泣き出したティナに慌てたのがフェネラである。


 まさか泣くとは。

 年若い女性に泣かれておろおろする。


 頑張って泣くのを我慢しようとしているティナの姿を見て、フェネラは思わず彼女を抱き締めた。


「泣くのを我慢するな、ティナ。泣くことは弱いからではないのだから。ここにはお前を傷つける者はいない。だから安心して泣くと良い」


 自分でも柄にもない事をしている自覚はあった。

 けれど、どうしようにもこの健気な女性を放っておけなかったのだ。

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