輝夜の昔話
暗い酒場の中でグラスを傾けながら、山深い田舎から出てきたという一人の青年が地元の昔話だと語り出す。
さっきまで呑んでいたエリックも女と一緒に色町へ消え、一人で安い蒸留酒をちびりちびりと飲んでいたロイは青年の話に耳を傾けた。
我らが大母は罪人であった。
大母といっても私の本当の祖母と言うわけではない。
私の祖父母のそのまた祖父母のさらに…
まぁ、気の遠くなるほど昔の先祖の話だ。
村の老人たちが子供たちに語り聞かせる昔話。
嘘か真かも知れないはずの寝物語。
おっと、話を大母に戻そう。
さっきいった通り、彼女は罪人だった。
ただし、それはこの大地ではなく遥か天空に浮かぶ月の
眉唾物の話だが、月に人がいたかもしれないという説はいまだに根強い。
都の星見学者達が遠見眼鏡で月の遺跡を見つけただとか、月から光る筒が飛んでいったのを見たとかそういう話は枚挙に暇がない。
まぁ、どうあれ月の世界は存在し、そこには地上では考えられないような生活が送られているそうだ。
曰く、空を飛ぶ馬車が市井の人の足になっているだとか、食物を育てるからくりが干ばつのない畑を耕しているだとか、病を癒す光が常に街中を照らしているだとか。
ところがだ、我らが大母はこの満ち足りた月の世界で罪を犯し、月からはるか遠いこの大地に送られた罪人だったのだ。
その罪がなんだったのかはわからない。
でも、本人が言うのだから罪人なんだろう。
とある新月の夜に彼女はの大地に降り立ったと言われている。
月無き夜空を真昼のように照らしながら。
星空から来た彼女を最初に見つけたのは山に住む老夫婦であった。
老夫婦は光の落ちた地で眠る少女を見つけると自らの家へと連れ帰り娘として育てることとした。
娘はふもとの村と野山を行き来しながらすくすくと育ったが、時折古びた鉄くずをぴかぴかの貴金属に、くすんだ水晶を魔よけの宝珠に、谷奥から湧き出る毒の水を薬へと変えてくることがあった。
時は経ち、少女の持ってくる財宝のお蔭か裕福な暮らしをしていた老夫婦のもとに王都より三人の貴族が現れた。
三人は鉄を金へと変える少女の噂を聞きやって来たのだった。
一人目はぼろぼろになった剣を差し出し、数代前の王より賜ったこの剣を新品のように戻してほしいと言う。
二人目はくすみ色褪せた宝珠を持ち、これは夜明けを告げる陽の護りだが数年前より曇りがとれない、宝珠にかかる夜の帳を払ってほしいという。
三人目は何も持ってはいなかったが、代わりに深々と頭を垂れ、都近くに湧き出たために民を蝕む毒の水を薬に変えてほしいという。
すると、少女は三人の貴族に向かってこう問いかけた。
これは、貴方達一人一人の考えなのか主からの命なのかと。
貴族たちは少し悩んだ様子だったが、命の主が若き王子であることを告げ、父である王や市井の民が毒の水で苦しんでいること、剣と宝珠は戴冠の儀に必要なものであり病の父に代わり平和に国を治めていきたいこと、三つの命が達成された暁には功労者である少女を妃に迎えたいことを告げた。
少女は少し考えた後、悲しそうな顔をして、自分は月から来た罪人であること。
罪人であるが故に往時の申し出は受け入れられないことを述べ、一人目の貴族には金属を別の金属に変える術を、二人目の貴族には宝珠の作り方や力を再び込める術を、三人目には毒を応じた薬を生み出す術を教えた。
こうして術を学んだ三人の貴族は少女に深く感謝し、翌朝山を下りて行った。
貴族たちが立ち去ると、少女は貴族たちに教えた術は月の世界の秘術であり、自分は贖罪に送られた地でさらなる罪を重ねたことを話し、老夫婦に月からの迷惑がかかるといけないのでこの地を立ち去ると老夫婦に告げた。
老夫婦と少女はひとしきり別れを偲び、少女は一人旅立った。
物語を語る老人によっては少女はその後そ山で隠者となったとか、月の者に捕まり連れ帰られたとか色々あるけど、共通しているのは
その後、彼女の姿を見たものはいないということだけだ。
そして、それから15年ほどのち。
三貴族のは少女に教わった術を研究し、こう呼ばれるようになった。
錬金術師 と。
ここまで話したらあとは予想がつくだろう。
僕はその三貴族の末裔…
だったらオチがつくんだけどこの話、実は歴史の闇に葬られたある事実が存在する。
王子の命を受け三賢者が少女のもとにやって来たとき少女は王子の求婚だけは断った。
それは罪人だからというのもあったかもしれないが、もう一つ理由がある。
実は我らが大母、村の若者とデキてたのだ。
っていうか既に子供もいたらしくその子のために貴族たちに教えた三つの術を合わせた術を残した。
とまぁ、ここまで話せば予想はつくだろうけど僕はその末裔。
三貴族が祖となり打ち立てたアスフィール流錬金術・モルガーン錬金工房・ゼリオル錬金結社、それら三派とは違いド田舎の超マイナー派閥だが、最も原初のものに近い錬金術流派、ルナール流の錬金術師だ。
語り終えると若者は
「どうだい、信じるかい?」
とこちらに悪戯小僧のように微笑みかける。
それから簡単に荷物をまとめ、深々とフードをかぶると懐から銅貨を三枚取り出し、指でくるくると回すと、お釣りはいらないよとテーブルに置いて店を出て行った。
いくら安酒場といったって銅貨三枚で飲み代が賄えるわけはないけれど、コインを回収する店主の指の間からはちらりと陽光のような輝きが見えた気がした。