その2
喫茶店には、マキと亨、そして恵里香の姿があった。
亨がにこやかに言う。
「もう大丈夫ですよ、恵里香さん。今後、奴に手出しはさせません」
「…本当に?」
「ええ。これを元に、こちらで交渉しますから」
封筒から写真を取り出そうとする亨。
だが、マキは亨の手から封筒を奪うと、恵里香に微笑んだ。
「もっと面白いネタがつかめそうなの。報告は後日まとめてさせてもらうわね」
「あの、その材料とやらをいただければ、話は私のほうでいたします。それと今までかかった実費はどうすればいいでしょうか」
「費用は結構ですので、ご心配なく」亨が答える。
「そうですか。ありがとうございます。では私はこれで失礼します。ご連絡お待ちしています」
席を立ち、深々と頭を下げる恵里香。
テーブルを離れ、数歩歩いたところで、走ってきた少年にぶつかられる。
恵里香のバッグが手から落ち、長財布が飛び出た。
「無茶して、危ないわねえ」マキがその様子をじっと見ている。
「大丈夫ですか?」亨が声をかける。
「はい。大丈夫ですので」
恵里香は、長財布を拾ってバッグに入れると、再度、マキと亨に会釈をして立ち去った。
その後ろ姿をじっと見つめるマキ。
「どうかしました?」
亨が尋ねると、マキはコーヒーを一口飲んだ。
「ちょっと調べてほしいことがあるんだけど」
* * *
マキの書斎に亨が慌てて入ってきた。
「マキさん、ビンゴですよ! 恵里香さん、高級マンションの別宅がありました」
亨が机に置いた書類を眺めるマキ。
「やっぱりお金を使っていたのは彼女だったのね。つまり羽塲さんが脅迫者というのも嘘」
「でも、何でそう思ったんですか?」
「財布よ」
「財布?」
「彼女の財布、エルメスのケリーポルテヴァリュル、アリゲーター素材だった。150万は下らないわ。お金に困ってたなら売ってるわよ」
「ふむ。服とかバッグは地味でしたけどねえ」
コーヒーカップを手に窓際に立ち、外を眺めるマキ。
「人って、3割程度の〝本当〟があると、7割の〝嘘〟にあっさり騙されちゃうのよねえ」
「AV出演歴は本当だったりして」
「それも調べておいて。得意分野でしょ?」
「人をエロ青年みたいに言わないでください」口をすぼめる亨。
「誰かが言ってたわ。HEROはHとEROで出来てるって」
「HERO目指して鋭意努力します」
亨はソファーに座ると、鞄からノートパソコンを取り出した。
* * *
以前、マキが恵里香との打ち合わせに使ったレストランの個室に、二人は再びいた。
マキの正面の席で、コーヒーカップをスプーンでくるくると回し続ける恵里香。
「…以上が私の推理。訂正するなら、してちょうだい」
手を止め、天井を見上げ、ため息をつく恵里香。
「そうよ。羽塲さんは私が横領してることに気付いて止めようとしたの」
「でもあなたは、彼が同性愛者なのをネタに口止めをしたのね」
「親には知られたくなかったみたいだったから」
「しかも彼を横領の首謀者に仕立てて、私からお金を借りた。ま、私が納得できる理由がなくなったわけだから、お金は返してもらうわね」
恵里香は、だるそうに首を回すとマキを睨んだ。
「返すお金なんてないわよ。それに私、あなたたちを共犯だって会社に言うかもよ。実際、通帳を印字できないようにしてくれたわけだし」
「いやだ、勘違いしないで」
ニッコリ微笑み、恵里香をじっと見つめるマキ。
「私は事情を何も知らずに、あなたに無利子でお金を貸して、通帳に強い磁気を当ててくれって頼まれて実行したバカな女」
「はあ?」
「それから、これは」
再発行前の通帳コピーを見せるマキ。
「たまたま取っておいたコピー。会社があなたを告訴する材料になる」
「…抜け目ないのね」腕組みして目をそらす恵里香。
「ところで、何で羽塲さんからは、お金を取らなかったの?」
マキの質問に、恵里香は鼻で笑って答えた。
「だーって、本気で心配してくれるんだもの。バカからお金取ったらかわいそうじゃない」
「バカに優しいバカ、嫌いじゃないわ」
「それはどうも」
「ところで…横領分を弁済して刑事告訴を避けられれば、あなた、会社をクビだけで済むかしらね」
「だから弁済するお金なんてないわよ」マキを睨む恵里香。
「今、口座に入ってる分、改めて貸してあげてもいいわよ」
「え?」
「ただし条件がある」
「条件?」
「羽塲さんにちゃんと謝ること。お金は毎月少しずつでもいいから必ず返すこと」
「踏み倒して逃げるかもよ?」
呆れたように笑う恵里香に、マキは、ジャケットに恵里香の写真が載っているAVを差し出した。
「逃げられたら、〝この女性、探してくださーい〟って、ネット掲示板でお願いしようかしら」
恵里香が大声で笑いだした。「けっこう性格ゲスいのね」
「大金を持つと、そうなるのものなのよ」
マキはコーヒーを一気に飲み干した。
* * *
「まさかの展開だわ」
首を大きく左右に振り、ため息をつくマキ。
その前には、亨とルンコの姿がある。
亨が、ルンコを見ながら言う。
「愛が生まれちゃったんですねえ。ルンコちゃんと羽塲さん…」
ルンコが恥ずかし気にうつむく。
「恵里香ちゃんの件で連絡を取り合ってるうちにね、なーんか気が合っちゃって」
「ふーん」興味なさげなマキ。
「実は、この後もデートなの。ふふ」
「それはよかったですこと」
「だ・か・ら、デート代、貸して!」
胸の前で両手を組み、媚びたポーズでマキに頼み込むルンコ。
マキは、うれしそうなルンコをじろりと睨みつけた。
「納得できぬ理由で金は貸さぬ!」
(終)
* * *
Part2へ続きます。