芳寛さま②(2018/9/06) 後編
悪夢から目が覚めて王城は騒然となった。
一応恐る恐るではあったが、年始の国民への挨拶は済ませたものの、調査の末国民の殆どが同じ夢を見ていた事が判明すると、報告を受けた上層部は一気に青ざめた。
証書の件からも推測される様に、明らかに人知を超えた存在が絡んでいる。
コレは正夢にしてはならないと、その日の夕方の年始パーティでアーライル国への永久不戦宣言をした。
だが、ここで異を唱えた命知らずがいた ── 愚鈍で知られる妾妃と彼女の兄達であった。
「何を弱気なことを仰せられますか!貴方様はこの偉大なるカクラマタン帝国の
皇帝陛下なのですよ!」
「夢など己の願望が映し出された物だと聞いた事がございます。
あの邪神と悪魔にばかり都合の良い夢など、お気になさいますな!
現実をご覧ください!」
「そうです!四神を祀るという邪教の民を、我ら帝国と教会が滅ぼさずして誰が滅ぼすというのです!
正道を誤りますな!」
自分が最前線どころか補給などに携わる訳でもないのに、勝手な事ばかり。
だいたい情報によれば人間に対し攻撃的ではなく、現地の人々と友好な関係を築いているというのに、悪化させるような事をしてどうすると言うのだ。
昨夜の悪夢を見た王侯貴族達が冷たい視線を送るが、己の持論に悦に入っている妾妃と彼女の兄達は気付かない。
そこへ自慢の長いあご髭を撫でながら魔法副大臣がやってきた。
「しかし陛下のご懸念はドロードラング領の戦力でございましょう?
ここは我らが心血注いで開発した魔道具を出しましょう。」
「なら我らギルドは勇者予備軍を ── 」
副ギルド長の言葉が不自然に途切れた。はてな?と思い目をやれば、なぜかこちらを見て目と口を見開き固まっている。
「一体どうなさ ── 」
ふと涼しさを感じ胸元を見れば、そこに流れるようにあった筈の自慢のヒゲが無く、白い塊が足元に落ちているのが見えた。
「 ── ☆%○*※£€§〜〜〜ッ!!!」
魔法副大臣が悲鳴ならぬ悲鳴をあげた途端 ── 。
バサバサッ ドサドサーーーーッ
妾妃とその兄当主、枢機卿、魔法大臣と副ギルド長の礼服が分解して落ちた。
ゴテゴテした髪飾りの重みに耐えかねたのか、一歩遅れて彼らの髪と鬘と帽子までずるりと落ちた。
何が起こったか分からず、互いに下着姿を晒したまましばらくポカンッとしていたが、
「「「ぅっぎゃああああああぁぁぁぁぁァァァァァーーーーっ!!!」」」
気が付けば、KYな5人は消えており、その場にはバラバラになった服と抜け落ちたヒゲと髪、吹き飛んだ鬘と帽子が残されているだけだった。
「早く出してくれっ!!!」
兄当主は家の馬車に駆け込むと吠えるように指示を出した。
馬車は飛ぶように走り出す ── ハズだった。
勢いに押されて御者は鞭を振るった次の瞬間、
ガシャガシャッ ガッタンッ! カラカラカラーーーーッ
前輪とハーネスと繋がっていた御者台の部分と、後輪と繋がっていたワゴンが分割された。
御者だけを連れて4頭の馬は去っていく。
後に残されたワゴンはバラバラになり、投げ出された御者の助手と半裸の男が残され、王城の庭にいる者たちの視線を集める。
王城に4つの悲鳴が上がる ── どうやら他3人も同じ目に遭ったらしい。
急いで兄当主は御者の助手から上着を奪い取ると、王城から逃げ出した。
*** ドロードラング side ***
「すごいタイミングじゃのー!息がぴったりじゃ!」
やんややんやと見学者達が喝采を叫ぶ中、ルルーが会場に入ってきた。
「ルルーさんや、お嬢はもう眠ったかい?」
「はい、シンドゥーリ様。徹夜明けの大宴会でしたので、もうグッスリです。」
「ケリーさん、カシーナさん、服やヒゲや髪はどうやったんですか?」
お酒片手にマイルズが聞く。
「髪はチムリさん率いる薬草加工班の仕業ですよ。
彼らの使うシャンプーにチムリさんお手製の脱毛剤を入れたんですよ。」
「あと服は衣装班が服の糸に切れ目を入れて一本しか残さず、それぞれに蜘蛛の糸をつけて給仕に扮したウチの子達が引っ張ったんです。」
「あの馬車は?そう簡単には壊れませんよね?」
「馬車は釘を抜いて糊で貼り付けただけにしておいたんだ。
多少の衝撃では壊れないがが、王城の馬丁に扮したウチの者が溶剤を軛や繋ぎ目に流し込めば、あの通り。」
キム親方がしたり顔で説明した。
ありゃあー、なんて顔をする高貴な方々。騎士団長は警備の改善方法を模索した。
何もここまでしなくとも……。
「なんでも妾妃達がドロードラングに執着した理由の一つは、『温泉』らしいですよ?」
「ルイスさん、それはどういう事ですか?」
「ウチの温泉はお嬢が『美肌の湯』なんて命名したではないですか。
事実入浴したお客様は肌が綺麗になられた方々も多いですから。
それが噂に尾ひれがついて『若返りの湯』なんて伝わったらしく、温泉を独占する気だったようです。」
ルイスがもたらした情報に、既に温泉愛好家達と化している領民達、常連の方々が目を座らせた。
まあ温泉だけが原因ではないのだが。
お嬢は知らなかったのだが、ドロードラングで作ったシャンプーとリンスと石鹸が、既存の製品より遥かに高レベルだったのだ。肌や髪の艶がこれまでのと比べると段違いだったので、若返ったように見えたらしい。
これらの品が量産できなくて販売には至らなかったのが、誤解を招いた原因の一つであった。
しかしそれも含めてドロードラング温泉なのだ。許すまじ。
妾妃達はドロードラング温泉愛好家達を敵に回した!
「あそこまで空気が読めないのは致命的でしょう。」
「まあそれを狙って彼等だけ初夢は手加減して貰ったんですけどね。」
「王の御前でアレだけの失態犯せば、もう擦り寄る貴族も商人もいないでしょうし。」
「引きこもって10年は出てこないでしょうね。職も辞めざるを得ないでしょうし、家督も世代交代し、妾妃は幽閉か修道院行きでしょう。」
ウンウンとステファニア達がうなずく。
映像が4つに分かれる。どうやらそれぞれ追尾して映しているらしい。
「どうやらフィナーレも近いようですね。」
いつになく楽しそうなクラウスだったが、その笑顔を見た者は凍りつき、体温を上げようとワインをガブ飲みする者が続出したのだった。
*** 帝国 side ***
辻馬車を拾い、大急ぎで門邸を後にして自邸に駆け込んだ彼らは、自らの寝室に駆け込むとベッドにダイブして以後引きこもった。
だから知らなかった。
彼らが自邸に駆け込んだと同時に塀の外側がまるで砂のように崩れ落ち、彼らの不正と悪事 ──
1.勇者をはじめとする冒険者の報酬をピンハネしていたこと。
2&3.教会の孤児院の子供を親であるという書類を偽造して引き取り、奴隷として売り払っていたり、魔法の実験台にしていたこと。
4.知り合いの商会から頼まれ、ライバルの商会長を異端審問にかけて潰していたこと。
5.異端審問官の士気を保つため、定期的に何の罪もない善良な辺境の他民族の人々を魔族・異端と決めつけ討伐していたこと。
6.教会で、薬を作る際に効果のない雑草をまぜてカサ増しし、材料費をピンハネしていたこと。
── が書かれていた塀が現れたことを。
*** ドロードラング side ***
「うわっ!枢機卿そんなことしとったんかーい!」
ジアク領ギルド長が思わず叫んだ。
「ギルド長?」
「……あぁ、帝国ではな、教会が薬草ギルドや医療ギルドの元締めで、医療行為は教会でしかできない事になってるんだ。」
「えぇっ!?なんで?」
「帝国ではどんな田舎にも小さな教会はあるんだ。そこに派遣される司祭は少なくとも医師の資格は持っているし、助祭は薬草師の免許は必須なんだ。
確かな技術の医療を帝国の隅々まで行き渡らせるための制度でな。
教会の資金を少しでも世間に循環させ、危険と隣り合わせの冒険者や貧しい人々を支援するためだったんだが………コレは荒れるぞ……。」
*** 帝国 side ***
その次の日、皇帝は職務室の机の上に分厚い告発文があることに気付き、思わず胃のある辺りを抑えた。
取り敢えず内容を確認しようと表紙をめくった時騎士団長がやって来て、妾妃の一族と教会とギルドの塀や壁に妾妃の実家の一族の不正や悪事が書かれていたことを報告し、彼等を容疑者として拘束すると報告した。
妾妃の一族の館の塀のみならず教会関係やギルド関係の建物の壁や塀にも、告発書と同じ内容の文書と元凶達の相関図が子供にも分かるようなイラスト付きで落書きされており、怒った民衆が集まり暴動寸前の騒ぎになっていた。
兄当主達は揃ったような身分をかさにきたセリフを吐いて抵抗し、屈強な騎士達に拘束されてもギャンギャン喚いて騎士達をゲンナリさせた。
しかし彼等のハゲ頭のてっぺんに『ドロードラング参上!』という文字があることを合わせ鏡で確認させられると、皆泡を吹いて倒れたのだった。
妾妃は実家の不始末を叱責され、修道院へ送られ残りの生涯を過ごした。
妾妃の実家は没落した。
皇帝の元に届けられた告発文は教皇の元にも届けられており、教皇はこれまでの方針を転回し、異文化への理解と寛容と慈悲の心を持つようにと部下と信者に説いて周った。
しかし一部の教会関係者や信者ではなかなか受け入れてもらえず、やむなく教皇は、強硬派を破門する事になった。
そして教会内部で大規模な人事異動を断行し、信者の信頼を回復する事に残りの任期を費やす事になってしまった。
年始のパーティに参加していた人々は、武士の情けとパーティでの醜聞を口にしなかった。
しかし妾妃の兄当主、枢機卿、魔法副大臣、副ギルド長の頭に書かれていたメッセージは、まことしやかに密かに世間に広まっていった。
こうして帝国では『ドロードラング』は禁句となった。
******
「本当に一日で終わってしまいましたのぅ……。」
「しかも今回は亀様達は送迎以外関わってないはずなのだが……。」
「お嬢と四神は夢だけだよな?夢、無くても大丈夫だったんじゃないか?」
「そう言えばドロードラングは魔法も衣食住の水準も最先端ですが、監獄も最先端でしたね。」
そこは笑顔溢れる夢の国か、それとも魔物や地獄の獄卒が闊歩する魔境か。
そこで普通に暮らせる者も普通である筈がない。
「「「「恐るべし、ドロードラング……」」」」
そう、人には触れてはいけない領域が確かにあるのだった。
______________________ 終
因みにお嬢とアンディは徹夜明けで大宴会のおもてなしに奔走し、グロッキーで寝てます。
子供達は昼にこっそりお昼寝したので、自分らの戦果をお菓子付きで鑑賞してます。
:*(〃∇〃人)*:皆ステキ!
あー!スッキリ!!
ここまでがっつり本編でやれってね(笑)
できないのです、みわかずにはできぬのですよ……残念!
でも私は幸せです!!
芳寛さま!ありがとうございました!.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.