芳寛さま②(2018/9/06) 前編
カクラマタン帝国への初夢報復の裏で……
『獄卒御一行様のお仕置き』
納得いかなかった。
姉の大事な結婚式が中止になった。それも亀様を狙う狂信者達の所為で。
今日という日を領民はこぞって楽しみにしていたのだ。姉の喜ぶ顔が見たくて、皆こっそりと内緒にして準備していた。
最高の日になるはずだったのだ。
姉は、「皆の気持ちは分かるけど、みんなが傷付いたり関係のない帝国の人々が傷付いたりするのは嫌だ」と言った。
それは分かる。自分だって姉やクラウスさん達が怪我をしたり命を落としたりするのは嫌だ。
だが、納得いかない自分がいた。
「坊っちゃん、眉間にシワが寄ってますよ。まるで一昔前のお嬢みたいですよ。」
「納得いかないのは皆同じだぞ。でもお嬢と大人達が話し合って決めたんだ。
諦めろ」
そう言ってマークとタイトが頭を撫でた。その後ろでコムジがウンウンと頷いている。
「……でもさ、バレなければいいんじゃないの?」
そのサリオンの言葉に頭を撫でる手がピタッと止まった。
「姉上と亀様達の魔法で帝国の人々は眠っているんでしょう?
ならその間に元凶に仕返しする事は可能だよねって考えたんだけど……。」
「坊っちゃん……。」
「ごめんなさい。ダメなんだよね……。」
「なんで早く言わなかったんですかっ!」
「…えっ?」
タイト達は目を輝かせた。
「そうだよな!バレなきゃいいんだよ!
確か帝国の奴等は一晩寝っぱなしになるはずだったよな?
んで、お嬢は魔法につきっきりになるし、子供らは徹夜はキツイから寝せることになってたよな?」
「なら白虎とシロウとクロウの力を借りれば、帝国へ行って元凶だけコッソリと仕返しできるよな」
「お嬢が合宿組と一緒に来た時のソリは手入れされている筈だから、二台ほど借りて使用する事も可能だ!」
俄然と盛り上がる青少年達にサリオンの目は点となった。
「ぃよーしっ、俺、執務室からヤンさんの報告書取ってくる。
そこに元凶の情報があるから居場所も割れるし。」
「俺、土木倉庫からペンキと染料持ってくる。」
「んじゃ、俺雑具倉庫からカミソリと裁縫道具と薬品を持ってくる。」
「いいですか坊っちゃん、コレは大人達には秘密ですからね?」
「誰に秘密なんだ?」
低い渋い男の声に、青少年達は真っ白になって固まった……今まで何の気配も感じなかったのに。
錆びついたゼンマイのように、ギギギギギッと後ろを向いて納得した。
── ヤンとルイスとクラウスが立っていた。
******
3人は一応国際問題に当たるので、国王陛下に奏上しようと話していたのだという。そのままサリオン達はなぜか王の執務室に連れて行かれ、クラウスの話の後正座させられ、洗いざらいはかされた。
執務室には国王陛下・宰相閣下・騎士団長・エンプツィー・ラルトジン侯爵がいた。
「── お嬢が怒り狂うと思っていたが、抑えに回るとはのう。」
「兄上、お嬢様はそんな考えなしではありませんよ?」
「儂も意外だったわ。てっきり先陣切って斬り込んでいくと思ってたからなあ。」
「……まあ、亀様が地中から出て寝ぼけて暴れそうになった時、私達を逃がそうとして単騎で突っ込んで行きましたけどね。
あの後魔力切れで二週間寝込んだので、領民全員から吊るし上げを喰らいましたけど。」
「「「玄武に突っ込んだあ!?」」」
ヤンの言葉に知らなかった面々が声をあげた。
「待て待て待て?確か10年前じゃったから、お嬢は5歳じゃよな?」「あの山に突っ込んだのか、5歳児……なんて命知らずな……。」「無知って怖い……」「でもそれが無かったらこの国無かったんですよね?」
今更ながら知った事実に騒然となる面々。
話がズレたまま進まないので、クラウスが待ったをかける。
「すいません。話を戻してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、すまぬ。続けてくれ。」
「私どもを力の限り守ろうとするクセに、お嬢様はご自身の事になると全く鷹揚なのです。
お嬢様が我々を大切に思う気持ちはとても嬉しく思います。
しかし今回の事は私共が許せません。」
「報復、か?……しかしお嬢が許さなかったのであろう?」
「だからお嬢様に内緒でこっそりとやろうと思います。」
クラウスの言葉にサリオン達は顔を上げた。
「この元凶は皇帝のある妾妃の家系です。
彼女の兄の一人が教会で四神討伐を訴えている枢機卿で、法王になるべく異端審問官を巻き込んで活動中です。
魔法副大臣は妾妃の再従兄弟にあたり、副ギルド長は魔法副大臣の母方の遠い血縁の庶子に当たり、彼の妻は妾妃の腹違いの庶子の妹です。
建国以来、何度か宰相や大臣・王妃を輩出していたり、姫が何人か降嫁してきた名家でしたが、数代前から凡庸な当主が続き、一家揃って浪費家である事が原因で没落しつつあります。
一族の者で王宮に勤める者の中では魔法副大臣以外は管理職にはおらず、現当主と前当主は王宮では老害扱いです。
しかし血筋の上では無視できず、末席ではありますが重鎮と辛うじて見なされているお家です。」
「この家の一族が中心となり、お家の復興を目指して四神討伐とついでにドロードラングの侵略を計ったようです。
枢機卿は我が領が魔族の国であると多くの信者に吹き込んでおり、実力を図るため前回魔法副大臣が開発した魔道具を第25王子に横流しし、更に副ギルド長が失っても惜しくない落ちこぼれの勇者達を煽り戦力を見極めようとしたのが今回の事件の全貌です。
もうしばらく経てば、教会の狂信者達と勇者達を『魔族討伐』として送り込んでくるでしょう。」
「「「だから潰します。」」」
ヤンとルイスとクラウスの言葉に皆目を見張った。
三人の背後に暗い陽炎が現れたように感じ、知らずサリオン達は鳥肌を立てた。
「── だがお嬢には内緒なのだろう、どうやって?」
踏んだ場数の差か、騎士団長が辛うじて質問した。
「まず、主力は若い衆とメイド達にやって貰おうと思います。
一緒に調査したタタルゥとルルドゥの若者に引率してもらい、かの一族に仕返ししようと思います。」
「女子供では危険ではないのか?」
「だから両部族の力を借りるんです。念の為、セン・リュ・ウルの武門一派の僧侶達にも護衛を頼みました。
そして領地の大人達でアリバイ工作しながらお嬢を誤魔化し、亀様の転移で代わる代わる交代で行こうと思います。」
「それで、方法は……」
ヤンの話を聞いた王達は思わず沈黙した。
「…………まあ、死人はまず出ないな……何かを失う者は出るかもしれないが。」
「本格的な戦争となると、食糧と物資の消費も半端ではありませんからね。これなら小競り合いにすらなりませんし。」
「戦争はどう終わらせるかが一番難しいと先王が常々言っていた。
それで戦争をせずに済むなら、それに越した事はない。」
ラルトジン侯爵はそう締めくくると王に意見を求めた。
「奴らは我が国を『魔族の国』、我が息子を『悪魔』、さらにサリオンを『魔王』と呼び、攻撃してきたのだったな?」
「左様でございます。」
「……宗教を盾にする奴らは厄介だ。あれは理屈ではないからな。
まだ芽が蕾の内に摘んでおいた方がいいだろう。
後始末は任せろ。その代わりやるからには一撃で決めろ。
いいな?」
「御意」
王の言葉に大人達は深く頭を下げた。
呆気にとられたサリオンにヤンが膝をついて視線を合わせた。
「こういう時は俺らも交ぜろ。
抜け駆けはズルいだろう?」
滅多に見せないいたずらっ子の様な笑顔にサリオンは目を丸くした。
「あぁそうだ。明日二人の晴れ姿を見に、みんなで押し掛けるからな?
その時にもアリバイ工作を手伝ってやる。その代わりお酒とツマミを頼むぞ!」
「お仕事は宜しいのですか?」
「年始七日まで休みだ!
我らもドロードラングに倣う事にした。でなければ遊びに行けぬではないか!」
苦笑しながらクラウスは了承した。
******
新年初日の夜 ── まだ夜は浅く、往来で行き交う人もいたはずだった。
しかしカクラマタン帝国の全土でその国にいる者達は、深い眠りについていた。
鍋に料理を入れ売っていた者は火に消えた竃の側で眠りに就き、往来で行き交っていた者達は皆倒れ、大人も子供も皆眠っていた。
消えるはずのない宮殿の厨房の火まで落ち、川渡しの船は夏なのに岸で川面と一緒に凍りつき、皆呼吸が可能な体勢で眠っていた。
そんな中、帝都の闇に紛れて現れた黒装束の団体が……。
「(いいかー?我々は五組に別れて行動する。くれぐれも引率の者から離れないようにー!)」
「「「(おおぅーーー!( ̄Д ̄)ノ)」」」
「(準備はいいかぁ?)」
「「「(おおぅーーー!( ̄Д ̄)ノ)」」」
「「「(これから私語は禁止だ!美術班!)」」」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(鍛治班!)」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(土木班!)」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(衣装班!)」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(薬草加工班!)」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(護衛班!)」
「「「( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ( ̄Д ̄)ノ」」」
「(では、健闘を祈る!)」
「「「( ̄^ ̄)ゞ」」」
後編へ続く!
絵文字最高!(*´艸`)