もう一軒いこうかなぁ・・・
「もう一軒いこうかなぁ・・・」
料理も片付き、ビールのようなものも飲み干した俺はボソリと呟いた。
「だったらいい店があるぞ?」
カウンター越しに店員が声をかけてきた。
(聞いてたのかよ!)
「いい店?」
「あぁ。お前さん見たところアーツマは初めてだろう?周りの会話を熱心に盗み聞ぎしてたところを見るとなにか欲しい情報があるんじゃないのか?」
(見てたのかよ!)
「客観察とはいい趣味してる」
「こういう店にいると嫌でもな。でどうする?」
「教えてもらえると助かる」
「このギルドを出て左にまっすぐ行くとロノリアって看板が見える、その店だ。多少値は張るが他所からくるやつらは大体そこに行く。余所者の方がこの街のことには詳しいもんだ」
「そういうものなのか。わかった行ってみる」
「待て待て、話は最後まで聞け。その店は個室で女を1人つけて飲むところだ。だから直接他の客に話は聞けない。いいか?受付でゴズマの紹介でリアを指名したいと言え、それでお前さんの欲しいものが得られるかもしれん」
「色々世話になるな。しかしどうしてだ?」
「うちの料理を味わって食べるやつなんていないからな」
「・・・そうか。美味かったよ、またくる」
「あぁまたこいよ。次来るときはそんな作ったしゃべりはするなよ」
店員の慧眼に若干恐怖しつつ、少しのチップ兼情報代をテーブルに置いて、俺は冒険者ギルドを出た。
少し歩くと看板を見つけた、店というより集合住宅って感じだな。そう思いながら店に入るとそこは狭い空間に受付があるだけの部屋だった。
(これ知ってる!エロい店のやつだ!)
明らかに動揺していると受付の女性に声をかけられる。
「いらっしゃいませお客様。当店のご利用ははじめてでしたでしょうか?」
「はははは、はい!初めてご利用です!」
「ふふっ、そう緊張なさらないでください」
「は、はい!すみません!」
「では簡単に当店の説明をさせていただきますね?当店は女の子と個室にて1対1で楽しくお酒を飲むお店です。エッチなサービスはしておりませんのでご了承ください。またそういう行為を強要できないように誓約の毒薬を飲んでいただきます」
「ど、毒ですか!?」
「誓約の毒薬はこちらの魔法薬で約束事を破ると即座に死に至る薬でして、解毒薬は帰りに担当した女の子の方からお渡しするようになってます」
「な、なるほど。」
「それではご案内いたしますが、ご指名などございますでしょうか?」
「あ、えっと、ゴスマさんの紹介でリアという方を指名したいですけど」
「はい、わかりました。こちらになります」
そういわれ差し出された瓶詰の怪しい薬を飲み干すと受付の女性の先導で集合住宅風の店の3階の奥の部屋に案内された。
部屋の前につくと「ごゆっくり」と一言残して、受付の女性は去って行った。
(ベルとかないよな・・・ノックすればいいの?えっとどうしよう。)
扉の前で俺があたふたしていると突然扉が開いて、中から綺麗な女性が出てきた。
「どうぞ」
「は、はい!」
綺麗な女性に導かれるように部屋の中に入る、中は2人掛けのソファーとテーブル、テーブルの上にはグラスが2つとナッツの盛られた皿が1つ。これだけだと殺風景に思えるが女性の持つ雰囲気がこの部屋のすべてをを妖しいものに変えているように感じた。
「初めまして、リアです」
「は、初めまして、今回ゴスマさんの紹介でリアさんを指名させていただきました。名前は―」
「リーシェくん?そんなにかしこまらなくて大丈夫よ?」
俺は絶句した。リーシェは変装した時で冒険者ギルドの女性職員にしか名乗っていない、そして今俺は変装していないのだ。仮に身分証の登録を誰かに見られていたとしても俺の名がリーシェに繋がるわけがない。
「あら?驚かせちゃった?騎士の方が話ていた人相よりずっといい男で舞い上がっちゃって」
(騎士団が探してるのが俺だってこともわかってるの!?)
圧倒されて、雰囲気に飲まれてなにも言えない。
わずかな沈黙を破るようにリアが笑った。
「ふふふっ、ごめんなさいね。反応がカワイイからついイジメちゃって。大丈夫、これは私以外知らないことで私以外は知ることのないことだから」
「あ、あなたは?」
振り絞るように疑問を口にすると―
「私はロノリア、この街のすべてを知ってる女。私がこの街で知らないことは知ってることから導き出せるの。あなたのこともね?」
(まじかよ!?食堂の店員といいこの人といいなんでこの街には人を見透かしたような奴らが多いんだ!!)
「まぁそう緊張しないで?まずはそれを飲んで落ち着いて」
言われるままにグラスを手に取り口を付ける。
「どう?落ち着いた?」
「正直落ち着けないですけど、さっきよりは・・」
「それは良かったわ。それで?どんな話がしたいの?」
「バレてるみたいなんで率直に聞きますけど、俺ってこの街でどれくらいヤバいですか?」
そう聞くと途端にロノリアは笑い声を上げたので俺は少しムッとして言った。
「俺にとっては死活問題なんですけど」
「ごめんなさいごめんなさい、どれくらいヤバいかぁ。そうねぇ・・・。その姿で騎士団に見つかれば拷問の末火炙り、包帯の姿でヴェルマ兄弟に見つかれば身ぐるみ奪われ埋められるでしょうね」
「あの犯罪者面の兄弟のことも知ってるんですか!?」
「当たり前よ?貴方が身分証を作るために金貨を取り出したところを見て、尾行したところいたるところで食料を大量に買い込んるのを見ていい獲物として認識されていることもね」
(マジか・・。つまり冒険者ギルドを出たときからずっと尾行されてたのか、全然気付かなかった・・。)
「早々に街を出た方がいいんですかね?俺・・」
「それもやめておいた方がいいわね。近々騎士団がこの街から伸びる街道のすべてを辿って近隣の村や隣の街まで徹底的にあなたを探すらしいわよ」
「はぁ!?俺1人にそこまでする!?」
「あなた、1人ではないわ。あなたが助けた2人のこともあるからそこまでするの」
「・・・あの人たちは?」
「それは教えられないわね。助けたといっても居合わせただけのあなたには教えられないの」
「わかりました。ではこの街を離れるに適した時期っていつ頃でしょう?」
「半年はかかるでしょうね」
「そんな!?じゃあ俺どうしたら・・・」
「変装したら盗賊にやられる、かといって変装しなければ騎士団につかまる。隠れる力はあるようだけど、金銭面で半年は持たない」
今の俺の状況を1つ1つ確かめるように話すロノリア。その言葉の1つ1つが俺に現実をつきつけてくる。
「ならどうすればいいか、簡単だわ」
「へっ?」
俺はつい間抜けな声を出した。いや多分表情も相当面白いことになっていただろう。
しかしそんなことを気にしてる余裕はない。俺はすがる思いでロノリアに問いかけた。
「どうすればいいんですか!?」
「ヴェルマ兄弟を捕まえるのよ」
「はぁ!?」
「騎士団は沢山いて倒しても倒してもきりがないけど、ヴェルマ兄弟は2人。だったら数の少ない方を倒せばいいでしょう?」
妖しく美しく知的なその女性の提案はものすごく力技だった。