なんで俺はいつも考えなしなんだ・・・。
「なんで俺はいつも考えなしなんだ・・・」
女性職員に聞こえないように小さくつぶやく。
幸いと手が止まったことに対しては怪しまれていないようだ。だがしかしこれはまずい。
この世界の人間のよくある感じの名前がわからない、できれば目立つ名前にはしたくない。元の世界の名前なんてもってのほかだ、変わった名前どころか絶対に浮いてしまう。
(どうする?どうする?この世界で聞いた名前なんて鎧の人がシェなんとかって呼ばれてたくらいだぞ)
「どうかなさいましたか?」
ペンをもってしばらく止まっている俺をみて女性職員が話しかけてきた。
「い、いえ、自分で書きます。書けるんです。大丈夫です」
「わかりました」
字を思い出せないけど代筆要らないといった手前強がって粘っている感じに言い訳してみたが上手く言ったようだ。堪えているつもりだろうが女性職員の肩がぷるぷると震えているのがわかる。
(なんとか凌いだが長くは持たない。ってかこんなところで、一体なにと戦ってるんだ俺!?)
とにかく今もっている材料はシェなんとかという名前と創造神こと女神エリーエリー様の名前。
(これでなんとかしよう、何とかするしかない!えーいままよ!!)
俺は羊紙皮にペンを走らせ、女性職員に渡した。そこには―
リーシェ 18歳
提出された羊紙皮をジッと眺める女性職員。
(なんで見てるの?もしかしてやらかした?下手こいた?)
心配そうに見つめる俺の視線に気付いた女性職員が顔をこちらに向けた。
「ちゃんと書けてますよ、大丈夫です。ちょっと可愛らしいお名前だったので手が止まってしまって。」
可愛らしいお名前。女性の名前。つまりあれか―
(リーシェが男の名前でなんで悪いんだ! 俺は男だよッ!)
半分本心で半分嬉々としてその台詞を心の中で叫んだ。
俺が心の中で名台詞を再現している間に身分証の準備はできたようだ。
「では身分証明書はこちらになります」
俺は金貨1枚を渡して身分証を受け取った。
「今後冒険者ギルドや商人ギルドなどに登録する際に、そちらの身分証明書を提示していただければ無料で登録ができるようになっています。商人ギルドの登録は別途で年会費が請求されるようなのでご注意ください」
「ありがとうございます。俺こんな格好なんですがそこは大丈夫なんですか?」
「一般の身分証明書についてはそこまで厳しくないんですよ、これが冒険者での登録だったら調べることになりましたけど」
「覚悟してきたんですが助かりました。人には見せられないような身体なので」
そう言って一礼して、俺は冒険者ギルドを後にした。
(はぁー、まだ昼前だっていうのにめちゃくちゃ疲れたなー。食材買って異空間ハウスで今日は休もう。)
冒険者ギルドに来るまでの間に見つけていた店で肉や野菜を買い込んだ俺は人目につかない裏路地に入ると即座に異空間ハウスの門をくぐった。
玄関に向かって歩いていると背後から声が聞こえた。
「あの野郎どこに消えやがった!?」
「ここ曲がった途端消えやがった、俺たちに気付いて逃げたのか?」
「いやそれはないぜ、兄貴の隠密は完璧だ。あんな奴に気付かれるわけがねぇ」
「じゃああの野郎は日常的に出たり消えたりするのか?それこそありえんだろ」
「とりあえず奥まで行ってみようぜ、兄貴!」
「・・・そうだな」
強面のムキムキ兄弟。強面というより犯罪者面、いや会話の内容的に顔だけでなく犯罪者だ。
尾行されていた、会話と身なりから盗賊の類だろう。騎士から逃げ隠れしてる身で盗賊に目を付けられた。
(警察とギャングを同時に敵に立ち回る映画のヒーローじゃないんだぞ!なんでこんなに面倒なことに!!)
「はぁー・・・。寝よ」
冷蔵庫に買い込んだ食材をしまい込んで、変装を解き、俺はベットに飛び込んだ。
(女神様からもらった資金も無限じゃないし稼ぎ口を見つけなきゃないっていうのに面倒ごとが多すぎる・・)
盗賊も真昼間に人通りの多い場所で襲ってはこないだろうし、なにかで多少の資金を稼ぎつつ別の街の情報を探して早いうちにこの街から出よう。俺はそう決めて目を閉じた。
目が覚めると部屋の窓から薄暗くなった空が見えた。
(変な時間に起きたな~)
大きな欠伸を一つすると、部屋をでてリビングに向かった。
リビングのソファーに腰を掛け、今日手に入れた身分証を眺める。
リーシェ、18歳、男、ジュルジュ子爵領アーツマの街内冒険者ギルドにて発行、冒険者登録なし商人登録なし。
(随分とシンプルな内容だよなー。もっとレベルが見えたりステータスがあったりスキルを弄れたりするもんだと思ってたんだが)
身分証の裏表を確認したおれはテーブルに身分証を置くと天井を見上げた。
(今日これからどうしよう?ガッツリ昼寝したから夜寝れないだろうし、倉庫にろくな材料もないから工作も出来ない。なら庭で訓練でもするか?ダメだモチベがない)
あれもダメ、これも無理。せっかくの異世界ライフがものすごく窮屈に感じる。
その時、魔が差したとしか思えない考えが頭をよぎった。
(あの格好が盗賊に狙われたんだから変装しないで街にでればいんじゃね?あんだけ門の検閲厳しくしてんだからまさかもう中に俺がいるなんて誰も思わないだろう)
あの時どの程度顔を見られたかわからないけど街明かり程度ではばれはしない。頭の中でどんどん正当化する意見があふれてくる。
俺は今変装なしで街の中にいる、少しの銀貨と1枚の金貨、それと真新しい身分証をポケットに入れて、コソコソすることなく堂々と。
向かう場所は決まっている、冒険者ギルドの食堂。冒険者じゃなくても使えるのは確認済み、あそこで冒険者達の会話を盗み聞ぎしつつ、気になる話が聞こえたら酒でも奢って詳しく聞く。まるで映画かアニメのようなシチュエーションに夢を見つつ俺は冒険者ギルドの中に入る。
食堂には沢山の冒険者と思われる人達がいた。壁には様々な武器が不用心に立て掛けてあり、冒険者達は防具は身に着けてはいるものの完全にオフという感じだった。
俺はカウンター席に座ると銀貨1枚をカウンターの中にいる男の店員に見せて―
「これで何杯飲める?」
「今日だと4杯だな」
「じゃあこれで2杯と適当につまめるものを」
「わかった、希望は?」
「肉が1品欲しいあとは任せる」
店員は銀貨を受け取ると奥に見える厨房に指示をだして、こっちにジョッキを2つ運んできた。
「できた順で運ばせるぞ」
「それでいい」
ジョッキの一つを手に取り思い切り傾けた、正直美味くない、日本の発泡酒の方が断然美味い。だが俺は酔っていた、完全に酔っていた。自分に。
(完璧だった!完璧なやりとりだった!!想像通りにできた!絶対俺かっこよかった!)
サラダ、魚、肉の順で料理が運ばれてきた。ビールみたいな飲み物のことを考えると料理の方も味としては期待できない。しかし初の異世界料理。
俺はまず野菜に手を付けた、パサパサはするが普通のサラダだ、ドレッシングが少し味気ない気もする。
次に魚、そのまま食べると川魚特有の臭さが気になるが味は悪くない、添えてあった香草と一緒に食べると臭みは消えるが匂いが強すぎて味がおかしく感じる。
最後に肉だが、調味料も使わず本当にただ焼いただけの肉のようだったがすごく美味かった。噛みごたえがありすぎて顎がつかれたが肉に関しては満足した。
異世界料理を堪能した俺はビールのようなものを飲みながら本来の目的を思い出し、周囲の会話に耳を傾けた。
聞こえてくるのは武勇伝が4割、反省会が3割、口説きが1割、何言ってるかわからない酔っ払いの会話が2割という感じだった。
(雰囲気は楽しげで嫌いじゃないけど情報収集って感じではなかったな)
俺は情報収集は諦めその場の雰囲気を堪能すべく2つ目のジョッキを傾けた。