このままじゃまずい!
「このままじゃまずい!」
泥だらけになった服を洗濯しつつ風呂に入り、俺は思考を巡らせる。
(想像してたより魔物がつよい! いやおれが弱いのか?)
手の震えが止まらない、生まれて初めて死を目の前にした。
(いや、1回死んでこの世界に来たんだけどね)
気を紛らわすためにツッコミを入れてみたが手の震えが収まることはない。
ここにいる限り襲われることはない、しかし他の消耗品と違って食料は無限ではない。
(水だけでどこまで生きれるか)
絶望的な考えを捨てきれないまま風呂を上がるとそのまま洋室の一室に向かう。
ベットに飛び込み余計なことを考えないように毛布を頭からかぶると1日の疲労もあって泥のよう眠った。
翌朝、量の少ない軽い朝食を済ませると玄関の外に出た。
門の先には複数のゴブリンが見える。こちらを見えてはいないようだがなにかを探してるようだった。
(まぁ俺だろうなぁ・・・)
門の外を尻目に倉庫に向かった。
昨晩は試せなかったが、起死回生になるかもしれない加護がある。
鍛冶神の加護を使って武器を作りこの窮地を潜り抜ける。それこそが残された唯一の勝機、唯一の活路。
倉庫にある素材になりそうなものは昨日拾った石と枝や棒。今はこれだけでなんとかするしかない。
(鍛冶神の加護がどんなものかはわからないが物を作ればより強いものができるたりはするはずだ。)
予想というより願望だったが、そう考えながら倉庫の中の石を手に取る。
材料を見て作るものはすでに決めていた。石槍だ。
形状を整えた木の棒の先端を少し加工して鋭利に砥いだ穂先となる石をはめ込み布で縛り付けて固定する。
布は昨日逃げてる時に木の枝にひっかけて破れた自分の服がある。
(根気のいる作業になりそうだな)
まずは石で石を叩いて砥いでナイフを作る。木の棒を加工するために必要だからだ。
失敗しては砥ぎなおしを繰り返しようやく石ナイフが出来上がる。
終わった頃、太陽はすでに真上まで来ていた。
石でできたナイフは想像していた以上に切れ味がよく大きめの木の枝は瞬く間に槍の柄に変わった。
次に穂先となる部分だが当初作った石ナイフをそのまま加工して穂先にする予定だったが、最初に出来上がったナイフには愛着がわいたので穂先は1から作ることにした。
石ナイフの時のようなちょうどよいサイズの石がなく石を石で叩き割る。これには時間がかかる。
ちょうどよいサイズの石が割れたころには辺りは真っ暗になっていた。
今更だがどうやらこの空間の空は外が投影されているらしく時間は正確のようだ。
翌日、今日も朝から門の外にはゴブリンがいた昨日より減ってはいるがそれでも3体ほどのゴブリンが門のすぐそばをキョロキョロしてるのが見えた。
(俺なら探すの諦めてるなぁ。ゴブリンって執念深いのか?)
そんなことを考えながら槍作りを再開した。
昨日に比べて砥ぐのが早く感じた。昨日の失敗などのおかげでコツをつかめたようだ。
(石ナイフ様様だな!)
石ナイフに頬擦りしたい気持ちを抑え、砥いだ石の形を整えて穂先ができあがった。
あとは昨日作った柄の部分の細工した部分に穂先を合わせ布で縛るだけだ。
「できたぁぁぁ!」
思わず声に出てしまった。しかしそれほどうれしかった。
(武器第1号。いや石ナイフちゃんがいるから2号か。)
槍を色々な角度から眺めながらそんなことを考えていた。
俺は庭に出ると槍を構えた。
(いざ使ったら穂先が飛んだとか笑い話にもならないから全力で振っておかないとな)
まずは槍を突き出す動きをしてみた。
そこにゴブリンがいることを想像して思い切り突く。
穂先は無事、布が緩んだ様子もない。
次に思い切り縦に振り上げ振り下ろした。風を切る音が心地よく感じた。
少しの時間素振りを続けた。
結果槍が壊れる様子はなかった。
もう1本作る余裕は材料的に厳しかったためにひとまず安堵した。
その時突然、頭の中にアナウンスのようなものが響く。
『ゴブリンを倒した。レベルが2にあがります。レベルが3にあがります。レベルが4にあがります。レベルが5にあがります。レベルが6にあがります。レベルが7にあがります』
(へっ?)
直後身体中を謎の痛みが駆け巡る。
「いだだだだだだだ」
初めて感じる痛みに俺はのたうち回った。
突然のレベルアップ、その直後に襲い掛かってきた痛み。導き出される答えは――
(レベルアップによる成長痛のようなものかぁ! これからレベルが上がるたびにこれなのか!?)
痛みを我慢して家の中に入ると風呂に直行する。
(効くかはわかんないけど成長痛なら風呂だとマッサージだ!)
特に効果はない。だが徐々に収まる痛みに俺は風呂のおかげと勘違いしていた。
完全に痛みが引いた俺が風呂から出ると外は夕暮れ時だった。
(ゴブリン退治と森の脱出は明日の朝にしよう)
今夜は少し多めの夕食を用意する。明日の体力の為だ
食べながら突然のレベルアップについて考えた。
(あの時頭を殴ったゴブリンが実は脳出血してて今日あの時間に死んだってことなのか?)
武器が完成し、確認を終えたタイミングでのレベルアップ。
この都合のいい展開を女神様に感謝し、夕食を片付けてベットへ向かった。
明日は早く起きてゴブリンの少ないタイミングを見計らって外に出よう。
そう考えながら俺は目を閉じた。
翌朝、日が昇るとともに目が覚めた俺は森脱出の準備をする。
石槍を担ぎ、ポケットに石ナイフ、ポケットにはもともと女神様が用意してくれたこの世界の通貨が入った袋があったがいつでも取りに戻れるので家に置いていくことにした。
門の前までいくとやはりゴブリンが見える。1体だけだ。
しかしこちらから見えない後ろ側にもいるかもしれない。慎重に観察する。
見えているゴブリンがこちらに向かって「ギギッギギッ」と鳴いている。会話しているようだ、最低1匹は後ろにいるのだろう。
レベルアップもした、武器も作った、戦力は上がっている。
しかし自分がどれほど戦えるかわからない。
そして倒せるほどの力があったとしても倒せばレベルアップする。昨日の痛みがくるということになる。
(戦闘は出来れば避けたい。)
そんなことを考えながら門の外をみていると、自分から見えるゴブリンが移動するのが見えた。そしてそれに続く足音が複数。
(移動したのか、それとも見張りの交代かどっちにしても今がチャンスだ)
日の向きからおおよその方角は決めていた。
門に向かって真っすぐ行く、それで森をぬけ街につけるはずだ。
あの時のように胸が高鳴る。呼吸が乱れる。緊張で震える。
前回なかった恐怖も今回はある。しかし前回はなかった準備がある。
(走り抜ける、正面にもしゴブリンがいたらその時は――)
「押し通る!!」
自分の言葉で気合を入れ門の外へその先の森の出口を見据えて全力で駆け出す。
レベルアップの影響か体が軽い、足も速くなってる。
自分の急成長に驚きながらそれでも速度は緩めない。ただ前を見て走る。
しばらく走ると森が開けてきたのがわかる。
(このまま抜けれる)
そう思って広がった視界の先をみると直線上にそれはいた。
緑色の肌と二つの角を持つ何度も見てきた魔物。俺の敵。
(ゴブリン!!)
速度は決して緩めない。走ったままで槍を構える。
ゴブリンが気付いてこちらを向き大きく威嚇の声をあげる。
距離が詰まる。
ゴブリンは動かず俺が来るのを待っている。
あと少しで槍の間合いに入る。緊張で心音が高鳴り走る速度が弱まる。
(やってやる!)
間合いに入ると同時に槍を突き出とゴブリンが避ける間もなく穂先が届く。
まるで水面を木の棒でつつくような感触が手に伝わってくる。
槍はゴブリンの額を貫いていた。
『ゴブリンを倒した。レベルが8にあがります。レベルが9にあがります。レベルが10にあがります』
頭の中に流れるアナウンス、俺は足を止め次にくる痛みに備えた。
確かに痛みはあった、だが昨日に比べると全くと言っていいほど痛くない。
(レベルの上がるだけ痛みが上がるってことなのか。でもよかったこの程度で済んで)
俺は再度駆け出した。すぐ森と平原の境目についた。遠くに街の外壁が見える。
「森を抜けたぞ!」
思わず声に出た、ただただ嬉しかった。
次の瞬間、街の方からこちらに向かってくる馬車とその後ろを剣を構えて追いかける集団が見えた。
剣を構えて走る集団は全員鎧を着ている。まるでファンタジー世界の騎士という感じだった。
(あの馬車はお偉いさんとか国とかそういうのに追いかけられるほどの悪人ってことになるのか? 異世界来てからイベント起きすぎだろ!)
そう考えながら眺めていると騎士の一人が馬車を止めることに成功していた。
馬車からフルフェイスの鎧姿の人が飛び降りて剣を構える。前に出ないところを見るとまだ誰か乗っているようだ。
「すげぇ・・・」
馬車から出てきた鎧の人が馬車を取り囲む騎士たちを一人でなぎ倒している、その光景を見て俺はそう声を漏らした。
もっと近くでみようと俺は自然に近づいていた。
次々切り伏せられる騎士たち。
その時声が響く。
「たった一人にやられおって!!このバカ者どもめっ!!」
騎士の集団の中から一際大きな剣を持った騎士が前に出た。
鎧の人がそちらを向きを直すと大剣の騎士に迫り両者が剣を合わせる。
すると大剣の刀身が燃え上がった。
「・・・あれが魔剣・・・ってやつか?」
鎧の人が押され始めた。力比べで上を取られれば完全に不利になる。
「シェリア!!」
少女が叫ぶ声が聞こえた。
鎧の人は一瞬少女のほうを振り返ってしまい、その隙をみて大剣の騎士は鎧の人を武器ごと弾き飛ばした。
大剣の騎士は体勢の崩れた鎧の人へ向かって大きく大剣を振り上げる。
(ダメだ切られる!)
そう思ったとき身体が自然に動いていた。
注意を逸らすつもりだったのかそれはわからない。
俺は大剣の騎士に石ナイフを投げつけていた。
大剣の騎士は石ナイフに気付いたものの意に介さずといった感じでそのまま大剣を鎧の人に振り下ろす。
そして少し振り下ろしたところで大剣に石ナイフが届く――
次の瞬間、魔剣と思われる大剣は石ナイフの触れた部分から先が音を立ててへし折れた。
大剣の騎士は届くことのない大剣の柄を振り下ろしてから固まっていた。
周りの騎士たちも微動だにしない。
いち早く動き出したのは鎧の人だ。
素早く騎士たちの馬を1頭奪うと少女を抱き上げて乗せ、一度こちらを見る。
少しの時間目が合ったが鎧の人はなにも言わず自分も馬に跨り走り去った。
硬直してる騎士たちはそれを追えないでいた。
俺も一旦隠れようと後ずさろうとした。すると突然大剣の騎士がこちらを向いて大声をあげた。
「貴様か!!俺の魔剣を折ったのはああああ!!」
(やっぱりあれ魔剣だったんだ・・・。やっべぇ完全に顔見られた。とりあえず――)
俺は森の中に逃げるふりをして一番最初にあった大き目の木の陰に姿を隠して、そこから異空間ハウスに逃げ込んだ。
門から外を見ると騎士たちは森の中になだれ込むように入って行った。