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降る雪もしのげる広い岩陰で、イチは泣きじゃくっていました。腹を空かせた熊に追われるなど、そんな恐ろしい体験は彼女にとって生まれて初めてのことだったのです。
「お待たせしました」毛皮をまとったオリが姿を見せました。先ほど狩った熊の大きな毛皮に、肉や枯れ枝を載せ、引っ張って現れたのです。
オリはまず、持っていた石と枯れ草で火をつけました。枯れ枝に火をつけて、風の当たらないところで燃やします。
「女王様、火を見てください。火を見ていると、それだけで暖かい気持ちになるんだ、って。お母さんが言っていました」
春の力を持つイチでしたが、恐怖で身体はすっかり冷え切っていました。オリの言うことに従って火を見つめ、手をかざすと、暖かさを感じました。
いつも身体が暖かなイチは、初めて温もりの価値に気付いたのでした。
「お腹も空いたでしょう」
オリは熊の肉を焼きます。先ほどイチはオリが熊をやっつけ、解体しているところを見て、気を失ってしまってしまっていました。イチは胸が締め付けられ、また泣きそうになりました。
「熊もきっとお腹を空かせていたのだと思います。食べさせなきゃいけない子どももいたかもしれません。全ての生き物は食べなきゃ生きていけないのです。私たちだって。……さぁ、熊に感謝して。いただきましょう」
オリは焼いた肉にかぶりつきました。それを見て、イチも一口、肉を食べました。いつも素晴らしく美味しい食事をとっているイチでしたが、ここで口にした熊肉は格別に美味しく感じました。手や足の指先まで暖かくなって、なんとも言えない幸せを感じるのでした。
食事を終えると、オリは持っていた紐と骨で作った針で、熊の毛皮を縫っていきました。眠る時身体に巻く、毛布を作っているのです。
「ねぇ、オリ」
「なんですか? 女王様」
「イチでいいわ」彼女は囁くように言いました。「イチって呼んで」
「なんですか、イチ」
「お母様はどんな人なの」
「お母さんは……お母さんは私を一人で育ててくれました。でも、身体が弱くって……冬の寒さに身体を壊してしまって、今はあまり、動けません」
「そう……」イチはうつむきました。
「だから、私は来たんです。冬を終わらせて、春を呼ぶために」
オリは強く言い切りました。
その夜、熊の毛皮で作った毛布をオリはイチに差し出しましたが、イチはオリを呼んで、二人包まれて眠りました。
イチは外が怖かったので、オリを抱きしめて眠りました。イチの目にはオリはもう、毛むくじゃら野蛮少女ではなく、恐ろしいほどに勇敢で強い、勇者のように見えました。




