1話 -思い出-
横になって寝ていたようで、視界に入るのは光に照らされたサイドテーブル。
そして、自分が寝ているだろうベットの真っ白なシーツだった。
目を片手の平で擦りながら身を起こす。
周りを見てみれば、光は窓から入ってきているようだった。
朝日のような光と思ったが、本当に朝日なのかもしれない。
・・・ここはどこだ。
大きくもなく小さくもない一つの部屋。
扉と窓は一つずつ付いており、部屋には本が散乱していて、サイドテーブルの上にある黒のインクは朝日に照らされ、てらてらと光っていた。
その近くには、側にある万年筆で殴り書きしたような紙が置いてある。
字は雑すぎて、ぱっと見ただけでは何が書いてあるのか分からない。
なので、手にとって確かめてみようと手を伸ばす。
のだが。
「っ・・・やべ」
ガラスが割れる音と同時に、。
インクの入った瓶を、落としてしまった。
深い溜息が喉を通っていく。
・・・まったく、寝惚けながら何かをしようとするからこうなるんだ。
じじいになってからというものの、注意力が足りなくなってきているような気がする。
・・・じじい?
・・・そう、自分はじじいだった。
炎の渦に巻かれる前に黒い煙を吸って、高良田伊作、俺は死んだはずだ。
しかし・・・今、生きている。
この、今動かしている体が15年間生きた記憶を持っている。
でも確実に、確かに俺が先程見たじじいの死に際。あれは、自分だけの物だ。
・・・前世を、そう、前の生き様を思い出してしまったのだ。
シーツに散らばるオレンジ色の糸に目を移す。
正確には糸ではなく『私』の髪の毛なんだが、いかんせん邪魔だ。
あと、この今生きている自分の名前は確か・・・。
「・・・レアリィオ・アーストロイト」
先程取り損ねた、殴り書きしていた紙を見て呟く。
そうそう、レアリィオだ。
訳してなんだったかな、レオ、だったっけ。
・・・女の子にしては男らしい名前だと、考えていた記憶が頭の隅にある。
娘の名前は惟子で、もっと他に良い名前があったのではないか、可愛らしい名前を付けてやれれば良かったかと、今更思ってしまった。
・・・本当に、転生したんだな。
自分の体と、記憶を見てそれを再確認する。
前世では日焼けで茶色かった肌も、この女の子の体はまるで焼けていない。
断じて豊満とは言えない胸は・・・Bカップくらいだろうか。
トモ子の胸と娘の胸しか比べられるものは無いので、よくわからないが。
・・・なんだか、前世の記憶を思い出した後では、自分の体も見にくくなってしまったなぁ。
年甲斐にも無く顔を熱くさせながら、寝間着だろう服をちゃんと着直す。
俺はトモ子一筋だからな。
自分の体とはいえ、じろじろ他の女の体を見ていたらトモ子がヤキモチ焼いちゃう。
極力見ないように頑張ろう。
そう決意したところで、近くにある姿見を覗いてみる。
鏡には、オレンジ色の髪を背中に流した、決め顔をしている美少女の姿が映されていた。
じじいが作った笑顔は、不気味だった。
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「レオお嬢様!!お待たせ致しポォォオオォオオオ!!??」
少し陽が昇り始め、腹が減ってきた頃に。
入り口から汗をかいた、年輩の女性が現れた。
ぽおおおって、この国の挨拶ってそんな言葉だったっけか・・・。
「おはよう、エリーナ。朝から元気だな」
記憶を掘り返して、女性の名前を口に出す。
赤茶色の髪の毛をしたエルフの彼女は、この世界の自分のお手伝い役だ。
・・・まぁお手伝いって言っても、食事持ってきたり、たまに掃除したりするだけなんだけどな。
「おじょ、お嬢様が本の整理!?そんな雑用、このエリーナがやりまするぞ!!」
あ、驚いたからポオオオ!!って言ったのか。
・・・そういえば、昔からそうだったような気がする。
「・・・それより先に、謝りたいことがあるんだけど、さ・・・」
「ッ!?わ、私の様な使用人にですか!?」
「えっと・・・」
インクの入ったガラス瓶、割っちゃったんだ。
頭を掻きながら申し訳なさそうに言うと、エリーナの顔は真っ青になる。
え、まって、生きてる?
「あ、ああああ、足の裏はお怪我しておりませんか!?!?」
「え・・・あぁ、ちょっと切っちゃったな」
「ポオォォオオォオオ!!!???」
「それと、インクは雑巾あったから拭いたんだけど」
「ポオォォオオォオオオオオォオオオ!?!?!?」
「ガラスの破片は全部拾えてないと思うから気を付けてな!」
「ポオォォオオォオオォオオオオオオオオ!!!!!!」
や、やっぱり駄目だったか。
よく前世でも、割ったガラスを手で拾うなと怒られていた。
嫁と娘に手が切れるからとか、全部手で拾えるわけ無いでしょとか。
その時だけは優しい嫁も般若の様になり・・・。
怖かったなぁ。
・・・でも、拾っちゃうんだよな~。
自分で落としたんだからすぐ拾わないと、と思った直後に手を伸ばしている。
それが脳筋の俺である。
「ま・・・まず!!足の治療をさせてくださいませ!!」
「あ~、大丈夫だから・・・なんでもないです」
遠慮しようとした俺に鋭い眼光を浴びせてくる。
逆らうことは出来ませんでした。
これは強い(確信)。
ベッドに腰をかけて、足を浮かせる。
足の裏には、小さなガラスが突き刺さっていた。
「お取りします・・・ちくってすると思いますが、我慢できますでしょうか?」
「あぁ、自分で取る」
「えっ!?お、お嬢さまぁああぁぁあああ!?!?」
「だ、駄目だったか!?」
「っ・・・いえ・・・良いのです・・・」
いつからそんなに勇ましく・・・?とぶつぶつ良いながら、足に回復魔法を掛けてくれるエリーナ。
すぐに塞がる傷。痛みはない。
ほんと、異世界なんだな。ここって。
「お嬢さまはそのまま、ベットの上で大人しくしていてくださいまし!!!」
「わ、わかった・・・」
「絶対ですよ!?エリーナとのお約束ですよ!?」
「わかった。約束は必ず守るから」
俺も男だ。
堅物って訳ではない、けれど約束は守る。
女相手だったら尚更な!
エリーナは、俺が物心ついたときから側にいてくれた。
エルフは歳を取りにくいらしく、俺が誕生した頃も仕えていたそうだ。
・・・『私』のお父さん、この国の国王に幽閉された時からずっと。
俺の目は緑色をしている。
この明るいオレンジ色の髪は母親譲り、しかし、緑色は母でも、父の色でもない。
国王の統べる国で緑色の瞳は・・・
魔族の象徴と言われているのだ。
その言われたとおり、人間で緑色の目をして生まれてくることはあり得ないらしい。
魔族の象徴を持った子供を、どうして娘と言えようか。
・・・気持ち悪いと、思っただろうか。
父親はどうして、母親はどうして自分を隠した?
それは国王として認知出来なかったからか?
それとも只単に、気色が悪かったから?
そう、考えるのが嫌になって、レアリィオは自殺しようとした。
この殴り書きしてあった文字が証拠だ。
『先立つ悪魔をお許し下さい
レアリィオ・アーストロイト』
・・・そして、自殺は失敗して。
前世を思い出した。
エリーナは今、メイド兼兵の指導をしているらしい。
なんでも弓が得意なのだとか。
メイドが冥土にお送りしますってやつだな!
・・・・・・うん。
エリーナは忙しく、王国から少し離れたここまで来るのに時間は掛かるが、毎日三回は必ず来てくれる。
考えるに、出来るだけ俺の事を知る人物を減らしたいのだろう。
俺の、っていうかレアリィオの皮肉かもしれないけど。
しかしエリーナは一番に俺を考えて行動してくれる。
寂しいと言えば限界まで側に居てくれるし、母の代わりに抱きしめてくれたりして。
幼い頃には反抗期というやつで、大変迷惑を掛けた記憶も残っていた。
・・・申し訳ない、すごく。
娘を育ててきた自分としては、反抗期が辛いことをよく分かっているつもりだ。
「お父さん大嫌い」と言われた時には半月くらい立ち直れなかった。
親って大変だよなぁ・・・。
けど、それでもやっぱり、可愛いんだよな。我が子って。
「お待たせ致しました、只今お掃除致しますね!」
「エリーナ、いつもありがとう」
「・・・いいえ!これくらい当然のことです!」
満面の笑みで、しかし泣き出しそうに答えるエリーナ。
伝えることは大切なんだよな。これからはちゃんと言っていこう。
『私』の母親みたいな人だから。
でもな、一つだけ問題があってだな?
・・・前世の俺からしてみると、エリーナは娘にしか見えないんだよな。
じじい、娘に介護されてる気分です。