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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

横たわる意思は嘆くのだろうか

作者: 風連

美しい山の稜線りょうせんから、何を見たのだろう。

けっして途切れることのない蒼穹そうきゅうに、ゆるやかに引かれたこの線は、空の有限を伝える為なのだろうか。

横たわってから、時を数えるのを止めた。

降り注ぐものを避ける事も、またたきも忘れた。

誰でも持っていた、物を無くしてしまった。

残り物を掻き集めても、空虚くうきょに積み重なるだけ。

誰が信じるだろう。

重なった灰がここを変えてしまった事を。

やがて、雨は遠退き、風は失われ、陽の光はまぶたの裏を通り過ぎる事も無くなった。

静かな水の集まりが、岩の内側を湿らせている。

深い切れ目から、包まれた熱がほんのりとした香りを毛細の隙間を通り抜け消える。

見放されてたのだろうか。

甘い誘惑を求めたばかりに。

微睡まどろみの中で、ひび割れた岩が直ぐ側に、声を運んで来た。

聴こえないはずの耳が、閉じられない扉を叩く。

心臓が、それを受け止めた。

起きよう。

この身体から、重なりの年月を振るい落とし、膝を立てよう。

だが、何処に手足はあるのだろう。

力はぬるりと何処かに抜けて行き、戻らぬ舌は丸まってのどの奥深く、肺の片隅と脳幹の裏を舐めるだけ。

横たわってしまってから、髪も抜け、瞳も溶け出したのだろうか。

押さえつけられていたはずのものに、支えられ、恥ずかしいくらいまとわりついていたのだ。

うごめくものになって、触覚を探すのか。

山に埋もれて、時の采配に任せるのか。

縮んでいく。

飲み込まれた言葉が、蘇った。

深い底に埋もれていたが、望まぬ形で浮かび上がり始め、土塊つちくれの下から、あるはずのない手と足を作り出した。

起き上がったそれは、周りの命を掻き集めて、命のあるものに似せた身体を作る。

柔らかな白い足をそっと伸ばし、ユックリと立ち上がり、そろそろと歩み始めた。

山は深く、青い空だけが樹々の間を埋めている。

やがて陽が傾き、闇が辺りを飲み込んでも、それは歩くのを止めなかった。

影の中、細い林道が現れた。

伸びた髪の毛が、星明かりに艶めく。

それでもまだその瞳は開かない。

ゆったりと髪を揺すり、手を前に差し出しながら、それは静かに山を歩く。

水をふくんだ足元が、ヒンヤリとした塊に変わった。

石を踏んでいるのかと、下を見たが、まぶたは縫われてでもいるかのよう。

泪も出ない。

フラフラと歩み出す。

出てきてしまったものは、帰る場所がないのを知らない。

闇の中を、風を渡らせている笹の葉の波に、押し返されながら、ひたすら歩む。

所々で、命の雫を吸い取りながら。

どれだけ歩いたのだろう。

幽玄の山肌の霧を背に、伏せた眼を持て余して、爪先に全てが乗る。

おろしたかかとに、ヒンヤリと冷気の雫がまとわりつく。

月が上がりだし、長い青い影を揺らす。

眼の中に瞳が生まれまぶたが、開きだす。

ゾッとする崖が、すぐ横に迫っていた。

奈落の底が黒々と口を開けいる。

戻りたくない。

冷たい身体に髪を巻き寄せ、崖から離れた時、2つの明かりが、突然現れた。

そこはトンネルの口で、閉じていた耳の底に、クラクションがみた。

捲き起こる風は旋風つむじを起こし、眩暈めまいの果てに、染み出していた幾筋かの流れを押し戻す。

岩肌に腰を下ろした苔のように、溜息ためいきが漏れる。

長い長い息の中に、わずかな色が浮かぶ。

それには、永らえたものの、牙が突き刺さっていた。

見えない血が、傷口から、溢れていた。

見えたはずのものが消える。

吸い込まれた穴の中。

もう、どちらが来た道で、どちらが行く道か、選ぶ事も出来ないのだ。

張り付いたささくれのようなそれは、歩く力を失ってしまっていた。

この中には、命は無い。

萎み行くのを、止める手立ても無いのだ。

サワサワと水の流れの音が、気まぐれな風の背に乗ってやっては来るが、それの足元で、クルリときびすを返してしまう。

追うことも出来ない。

何処かに陽炎が立ち、夏草の香りを押して来ても、それさえこの手につかめないのだ。

ジタジタと、落ちる水音だけが、ここに添えられている。

元々かすみを集めた様なこの姿に、時の剣は容赦がない。

濡れた岩肌を這う物の、水掻みずかきに、いとも容易く、掻き乱され壊される。

落ちた先にしがみつき、薄れる衣の途切とぎれれそうな、その先をうれう。

滴に打たれながら、どれ程の時の流れの中にいたのか。

その日、この穴が崩れたのだ。

上は落ち、下は水が渦巻き、岩がゴロゴロと唸り、姿を変えた。

掘り起こされたままに、それは岩と共に運ばれて行くはずだった。

幾つかの車が、この災害にそれと共に巻き込まれていた。

幸い大型クレーン車を荷台に乗せていた大型の平台が、トンネルの崩落を食い止めていた。

火災が起きなかったのも、レスキュー隊や消防車が来るまでの時間を稼いでいた。

その辺りは騒然として、パトランプや投光器で、燃えるような光の渦を作り出していた。

平台トラックの運転手や後続の5台の車から、総勢11人が助け出されていた。

歪んだドアを開けながら、1人又1人と、助け出されて行く。

ふもとの病院に向かって、次々と救急車が向かいだしたのは、朝方の4時だった。

人命が損なわれることなく、事故は終結しだしていた。

肩の打撲と左脇腹の骨折の治療に高田慶太たかだけいたが、顔を歪めて我慢してるところに、上司の植田和眞うえだかずまが、ヒョイっと顔を出した。

半分開けられたカーテンが揺れる。

「おっ、居た。

どうだ、怪我の具合は。」

コルセットを取り付けている看護士の手が止まった。

「どうぞ、待合室でお待ち下さい。

治療中ですので。」

「おっと、スマンスマン。

じゃ、待ってるからな。」

康太は、ペコリと頭を下げた。

「動かないで下さい。」

きつい口調の看護士だったが、さっきより息がしやすくなっていたので、小さく頷いた。

ゆっくり息をしながら、どうにか待合室にまで、歩いて行った。

コルセットのおかげで、必要以上の痛みは無くなった。

それでも、大きく息を吸い込むのは、まだ無理なのだ。

「おっ、座れ座れ。

あばらか、やったのは。」

「はい、肩もだいぶ打ちました。」

「顔も腫れてるな。

医者はなんて。」

「2週間ぐらいは安静に、と。」

ウンウンと、植田が頷く。

保険屋には会社が当たってくれていたので、それを康太に告げると、植田が病室に送ってくれた。

「高田は実家暮らしだよな。

こっちから連絡しておくよ。」

「はい、母親と兄貴との3人暮らしです。」

「警察からの事情徴収はどうだった。」

「はい。

事故現場であら方終わってますので、後は退院後にとの事でした。」

慶太は、何を話したか思い出せない事に今更ながら、気が付いて苦笑いが浮かんだ。

「そうか。

まずは身体が大事だからな。」

待っていた病棟の看護士に慶太を渡すと、後始末の為、植田は会社に帰って行った。

病院が貸してくれるパジャマに着替えたが、手が上がらず、コルセットもしているので、他人の身体に着せてるようなまどろっこしい感じがあった。

病棟の方は、やけに優しい。

ベットも頭の方を上げてくれたので、身体を預けやすかった。

鎮痛剤の入った点滴を見ながら、いつの間にか眠ってしまっていた。

無意識に身体をひねったのだろう。

鈍い痛みで、目が覚めた。

左を下にしたり、身体を捻ったりは、出来そうもない。

半身が起き上がっているので、ベットから出やすかった。

どうにかスリッパを引っ掛けて、トイレに行った。

無理せず、ゆっくり歩くし、息もソッと吸っていた。

部屋に戻ると、母親が仁王立ちで待っていた。

他の病人も同室なので、グッとこらえているのがわかる。

整形外科の先生にあら方聞いてきてるのだろう。

質問はなく、要るものを聞いてきた。

まだ頭がボーッとしていたので、慶太には何も浮かばなかった。

名残惜しそうだったが、アッサリと帰って行った。

枕に頭を付けると、睡魔がおそう。

白昼夢のトンネル崩壊ほうかいだったので、夢も見ず慶太は眠ったのだった。

翌日、左側の顔のれも少し治まってきていた。

昨夜、兄も来たのだが、記憶は無かった。

それからは、ウトウトしながら日々が過ぎていった。

看護士の林田はやしだ君は、力持ちで優しかった。

慶太の左肩の打撲は、肘と中指にしびれを起こさせていた。

脇腹の痛みが消えた頃、リハビリを覚悟して下さいと、林田君が言ってきた。

時々母親と兄が見舞いに来たが、事故の事は聞かれなかった。

慶太は、あの事故現場で何が起きていたのかを、知らずに過ごしていた。

ヒョイっと、上司の植田が顔を出した。

「元気か。

来てやったぞ。」

相変わらず、陽気な登場だった。

その後ろに母親と兄もゾロゾロとくっついて来た。

「おはようございます。

コルセットが外れたので、楽になりました。

でもなんかまわりが、次々退院してしまって、静かなもんです。」

四人部屋なのだが、慶太以外退院やら部屋替えやらで、誰も居なかったのだ。

「そうだな。

肩はどうかな、痺れは治まったか。」

何となく歯切れが悪い。

3人は椅子を持って来て、慶太を囲むように座った。

「しばらく、話を聴いてもらう。

高田を含めて11人があの事故に巻き込まれたんだ。

あんな大崩落のトンネル事故では、奇跡だったが、助け出されてからが、大変だったんだよな。

病院側からも身内や俺ら会社関係者からも、まずは回復を優先させる事になったんだ。」

植田が、すーっと息を吸い吐いた。

ああ、ヤッパリ、あの事故だ、あの後何人かは、亡くなったのかもしれない、と、慶太は思った。

「そうだな、ここ、テレビないだろう。

新聞も同室の噂話もだ。」

母親と兄が顔を上げたが、また直ぐにうつむいてしまった。

「そうですね。

いや、気付きませんでした。

何だか、寝てばかりいたようです。」

「そうなんだ。

実はな、あの事故現場で、人骨が発見されたんだ。

落ちた天井を、うちの重機が片付けてる最中に、また崩れてね。

それで、トンネル自体を大きく削ったんだが、そこから、ゴロゴロと頭の骨が出て来たんだよ。」

空気が重い。

「骨、ですか。」

うん、と植田が頷いた。

「古い骨だ。

それこそ、何百年も前のだ、そうだ。

今、お偉い先生方が調べてるよ。

工事はストップして、発掘になっているんだが、もう30体ちかく出て来てるんだ。

世間は、連日この髑髏しゃれこうべのニュース、ばかりなんだよ。」

ここまで言うと、3人はホッとしたようだ。

「でも、あそこは、大事な流通経路りゅうつうけいろに当たってますよね。

大丈夫なんですか、発掘なんかしてて。」

「県と国が迂回ルートを急遽整備してくれたから、まあそこはクリアした。

迂回路を使っているから、時間がかかるけど、まあまあってとこだ。」

高田が笑った。

「退院したら、ビックリするぞ。

ここ2週間の新聞やら週刊誌やらでな。」

考えると、看護士の林田君以外の人間と、まともに話をしてこなかったようだ。

母親も兄も来ても直ぐに帰って行ったような気がする。

「で、痺れは、どうなの。」

かすれた声で、母親が問いかけて来た。

「うーん、リハビリになるかもって、言われたけど、なんだか調子は悪くないよ。」

「そうか、明日退院だから、そこのとこも院長から話があるだろうな。」

母親と兄が頷いている。

3人は退院の手続きやら会社への報告やらで、慶太を残して、部屋を出て行った。

幸い、コルセットを外してから、痺れも薄まっていた。

そうか、隔離されてたんだと、慶太は気付いた。

それも今夜までだ。

翌日、アッサリと退院したので、拍子抜けしたぐらいだったが、兄の運転する車は、地下駐車場から裏口を抜けて、どこかの別荘に向かったのだ。

「慶太、実はな、家には行けないんだ。

マスコミが連日、囲んでてさ。

ここは、ある方が提供してくれた保養所なんだ。

あの日の全員がここに来てる。

お前が最後の1人って訳さ。」

兄貴の話は、上滑りしていて、要領を得ない。

肝心の何故が抜けてるのを感じた。

着くと、見知らぬ顔がズラリと揃っていた。

あの日の事故現場では、消防士と警察ぐらいとしか、話をしていなかったし、直ぐに病院だったからだ。

骨折までの重傷は慶太だけだったのだ。

挨拶はしたが、疎外感が拭えぬまま、慶太は兄の案内で、2階の角部屋に連れて行かれた。

ホテル形式で、各部屋にユニットバスとトイレに洗面台があり、小さな冷蔵庫も完備されていた。

テレビがある分、さっきまでの病室より、ランクが上がったようだ。

ベットの脇のテーブルには、雑誌と新聞がファイルにされて、積み重なっていた。

兄の重い口が開いた。

「当座の物は、運んである。

俺らは、お前に話す事は禁じられてるんだ。

主観を妨げない為、だそうだ。

今は、ここから読み取っておいて欲しいそうだ。

母さんの事は心配するな。

じゃ、また来るから。」

返答も聞かずに、兄貴は帰って行った。

何が起こってるんだろう。

ベットの端に腰を下ろすと、1番上のファイルされた新聞に手を伸ばした。

あの日の事故現場の写真が載っている。

慶太の車は、クレーン車を乗せた平台トラックの直ぐ後ろだったので、衝突で前方が潰れ、後続に後ろもやられていた。

良く助かったものだ。

1番大きな岩は、クレーンを潰していた。

写真や記事を読んでも、実感がかない。

そんなものなのだろうか。

日付の古い順に、読み進めるうちに、記事がガラリと変わった。

髑髏しゃれこうべが、出てきた辺りからだ。

小さくなっていた事故の記事が、ここからまた大々的に報道され出したのだ。

地元紙だけではなくて、有名どこの新聞も扱いが大きくなっている。

最初は三誌だけだったが、直ぐに10紙にも増え、週刊誌やらも書き出したようだ。

全て、この事故関連の記事をコピーしてまとめた物だったので、読んでいくのは楽だったが、慶太の頭には内容が入ってこない。

なんでこんなに増えたのか、がだ。

仕方なく、読み飛ばしがないか、過去記事をもう一度見直した。

慶太には、報道が何故こんなに変わったのかわからなかった。

活字を追うのに疲れて、服のままベッドに横になったが、チリチリとした痛みが、脇腹から感じられた。

ソッと右を下にした体型を取ると、小さな違和感は治まった。

ウトウトしていたのだろう、ノックの音で我に返った。

「はい。

今出ます。」

無意識に左をかばいながら、ベットから起き、扉を開けた。

さっき挨拶した、年長の男性が立っていた。

新聞記事を読んだので、松下遼一まつしたりょういちさんだと、わかった。

「少しは、休まれましたか。

下に食事の支度が出来てます。

ここは、、6時半から夕食なんです。」

「ありがとうございます。

なんだか、訳がわからなくて。」

慶太は松下の顔が、サッと曇ったのを感じた。

2人で並んで歩きながら、食堂に向かった。

厨房を長いカウンター越しにした、広い食堂に連れて行かれた。

合宿場みたいだな、と慶太は思った。

クレーンを乗せていた平台トラックの運転手、高梨弘樹たかなしひろき、松下の車に同乗していた娘さんの琴音ことね、軽ワゴンの佐藤さんご一家、夫の真吾しんごと妻の智恵ともえと双子の中学生のしん君ととも君の4名、最後尾に巻き込まれた大学生の時任阿佐子ときとうあさこ村田栞むらたしおり剣城雅美けんじょうまさみの10人で、慶太を入れて11人だった。

病院以外での久々の食事だった。

丸いテーブルがあって、それぞれ、別れて座っているようだ。

佐藤さん一家でひとテーブル。

大学生達で2つ目。

慶太は、松下親子と平台トラックの運転手の高梨と一緒のテーブルに着いた。

カウンターから、トレーに乗った夕飯が出て来た。

みんなでゾロゾロと取りに行き、元の席に座った。

松下が声を出して、頂きますをし、食事が始まった。

静かな時間が過ぎていった。

琴音さんが、お茶を配ってくれた。

カレイの煮付けに胡瓜きゅうり茗荷みょうがのおわん

卵焼きふた切れとポテトサラダ。

唐揚げ3個にウィンナーは、中学生用かもしれない。

それにしても、慶太の好物ばかりが並んでいた。

普通に食べて、空いたトレーをカウンターに下げた。

「高田さん、コーヒーを飲みに行きませんか。」

松下さんが気を使ってくれているのは、よく判ったので、断る理由もなかった。

2人が、自販機の並ぶ休憩室のような部屋に行くと、琴音さんと高梨さんもついてきた。

コーヒーやジュースのパネルスイッチを押せば、好きなのが無料で飲めた。

それぞれ、好きな飲み物を持ち、L字のソファに腰を下ろした。

「もう直ぐですね。」

松下さんが聞き、高梨さんが答えた。

「そうです。

高田さんがいらっしゃったから、間違いなく、直ぐです。」

「何がですか。」

慶太の問いかけに、3人がギョッとした顔をこちらに向けた。

「高田さん、あなた、見なかったんですか。」

「エッ、それって、トンネルの骨の事ですか。

今日、新聞で知ったんですが、何せ病室にテレビも新聞も無かったもので。」

重い沈黙が、辺りを支配していた。

「違うんですか。

なんだか、兄も上司の植田さんも、何にも話してくれてないんですよ。」

琴音さんがポツリとつぶやいた。

「あの長い髪の女の人。

白い手足に巻きついていたでしょう。

あれは、なげきと慟哭どうこく慈愛じあいの女神。

大きなかまを持つ刈り取りの神の母親じゃありませんか。」

慶太の手の中のカップに、病室の自分が映っている。

黒い影が、かたわらに立ち、手に握られた、大きな鎌が振り下ろされた。

11人は、その身体から切り離され、何処とも知らない、次の世界に向かっていた。

それは、彼らの為に嘆き、慟哭し、母の慈愛で包んでいった。

時の外側にたたずむ、それにとって、生と死の間は、永遠に感じられるほど遠いのだ。

誰が知るだろう。

稜線の下に、横たわる死の母を。

彼女が居なければ、星も生まれず、時も存在しない。

刈り取られる命がなければ、産まれる意味もないのだ。

砂時計の砂を、溶けゆく足の下に感じながら、呼び寄せられては、嘆き慟哭し、慈愛の顔を向けるのだ。

慶太が見ていたのは、大鎌で刈り取られる前の一時いっときの夢。

彼の26年も、時から外れているそれには、朝方の陽炎のきずくか、永遠の海を行く旅人の影を撫でて行くだけの風か。

誰が知るだろう。

有限の空と海に挟まれた、永劫えいごうの大地に横たわる、なだらかな稜線のその先の、横たわる者への、嘆きと慟哭と慈愛を。


今は、ここまで。


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