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東京ブラッディ・ムーン  作者: 鴨居 ダンテ
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第1話 - A part「ドロップ・アウト - Ⅱ 」

 ミナヅキの過去が血で塗り潰されているのは、世界がそう望んだ結果だった。

 

 世界が彼女に「殺し」を望んだ。少なくとも、彼女のこれまでの世界では。


 個人が個人を殺すことに幾ばくかでも意味があるとしたらーー戦争などの大量虐殺は除いてーーそれはおそらく過去を断ち切ることができるから。他人を殺すことは自分を過去から切り離してくれる。


 だから、彼女は過去を捨てた。


 彼女の未来もまた、血で満たされている。


 それが彼女の運命であろうと必然であろうとも、結果は変わらない。いかなる行為も結果が存在するからこそ必要とされるのであり、いかなる行為も結果がなければ意味がない。そう教え込まれた彼女に、現在と未来の区別をつける必要はなかった。


 だから、彼女は未来を捨てた。


 過去も未来もない常闇のなかにいても、彼女の心は叫ぶことすらなかった。それを強さと呼ぶか、弱さと呼ぶか、それは個人の思想に依存する。少なくとも、彼女は前者を信奉する人間を教育者として持った。


「感情とは弱者の道具だ」


 その言葉はいつからか彼女の心を侵食し、食い尽くし、彼女の当たり前になった。


 だから、彼女は感情を捨てた。


 彼女の存在もまた、血で染め上げられ、そこに記された言葉も記憶もすでに読み解くことができなくなっている。


 彼女自身、自分のことをほとんど知らない。自分の両親も自分の出生地も、彼女は知らない。知っているのは自分の名前がミナヅキということだけで、しかもそれすら真実かどうか怪しい。そもそも彼女は知りたいという欲求に欠けていた。感情がなければ個性アイデンティティは育まれない。


 だから、彼女は自分を捨てた。


 過去を捨て、未来を捨て、感情を捨て、自分を捨てた。しかし、もっとも致命的だったのは、感情を捨てたこと。捨てざるを得なかった、という言い訳。


 それが彼女のドロップアウトだった。


 視界が標的〈オブジェクト〉を捕捉する。逃げ惑う声が彼女の鼓膜を震わせるも、彼女の心は微動だにしない。冷静に標的を裏路地へと誘導していく。その先は行き止まりだというのに、男は彼女から逃げようと必死で走る。


 程なくして、オブジェクトに対する〈マザー〉からの識別が赤く染まる。そして、その下に「DP」のキャプションが浮かぶや否や、彼女は肩に背負っていた斧に手をかけ、男の頭上めがけて天高く飛び上がる。


 人類のそれとは思えない跳躍力と空中での姿勢制御を披露しつつ、少女は斧を横に振り抜く。後に残るのは彼女の微かな着地音と男の首が地面に落ちる鈍い音だけ。


 彼女のコンタクトレンズ上のORでは、先ほどまで「DP」だったキャプションが、〈C〉に変わっている。「C」ーーつまり「Complete」の意である。


 容易い。いとも容易くニンゲンは死ぬ。それは人の恐怖。


 死とは恐怖? 


 〈マザー〉から帰投の指示が入り、彼女が踵を返すと、そこには血で濡れた少年が立っていた。

読了ありがとうございました。


引き続き、応援をよろしくお願いします。

(2016年6月18日)

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