ヨカは故郷に帰りたい
ヨカは故郷に帰りたい
ユンの町の風景は大きい通りがあるものの商店はまばらでがらんとしている。もの寂しさを感じた。市場のある日にはここにたくさんの臨時のお店が開かれるのだろう。アクタは市場を歩けなかったことを本当に残念に思った。たくさんの食べ物の匂いや、にぎやかな街並みを想像しながら飯屋を後にする。
宿屋に戻ってきた。外出したときは気にも留めていなかったが、木造の大きな宿屋だ。もとはもっと規模が小さかったらしいが、なんでも市場の開催日には町への人の出入りが多く宿泊客がたくさん泊まるため増築が繰り返され、今では50部屋に客室が増えたそうだ。
アクタは自室に戻る前にフロントで寝具を一式借りた。アクタとヨカは金銭面の都合から同室で寝泊まりしている。しかし年頃の恋仲でもない男女が同室同じベッドで寝るわけにもいかない。布団や掛け布団などの借りられる寝具があれば宿主から借りてアクタが床に布団を敷き寝ていた。もちろん貸出し用の布団はないと断られるケースもあるが、その時は野宿のときに使用している封筒型のシュラフを使って寝ている。
部屋に戻ると一足先に帰ってきていたヨカが窓の前に立ちすっかり陽が落ち真っ暗になった外を眺めていた。アクタは布団を床に敷き、その寂しげな背中に声をかけた。
「ヨカ」
ヨカはこちらをチラリと振り向いた後、カーテンを閉めフードを脱いだ。
「おかえり」
「おー、ただいま」
ずいぶんと前に忘れてしまったやりとりに照れくさくなり頬をかく。ヨカが少しうつむく。
「さっき言ってた大事な話か?」
何か言いたげなその表情を察して問かけた。よほど言いにくい話なのか間が空き、二人の間に沈黙が流れる。その長い沈黙からいろいろと邪推してしまう。
異世界のことだろうか、はたまた盗賊との戦闘前の言い争いのことか、いやまて俺が寝ている5日間の間に何かあったのか……。
うんうんと考えていると、何かを決心したかのようなヨカが顔をあげ口を開いた。
「アクタ、私。帰りたい。私の世界。」
ヨカが帰りたいとはっきりと口にした。帰ることはわかっていたはずだ。だが、その宣言を聞いたときアクタは無性に寂しくなった。そして帰ってほしくないとも考えていた。
パチパチと燃え上がるたき火の前でこれからどうするかと問いかけたときにヨカはすぐに答えを出さなかった。だから少し期待してしまっていたのかもしれない。ヨカがこの世界に残るという可能性に。
「って何を考えているんだ俺は!!」
突然声をあげたアクタにヨカはビクっと体を震わせる。
「ど、どした?」
「あぁあ、いやこっちの話だ。ハハハっ」
慌ててカラ笑いをし誤魔化した。ヨカがこっちを訝しげに見てくる。
「(いくらヨカとちょっと親しくなれたからって、帰らないでほしいってまだ遊び足りないガキか俺は……)」
ゴホンっ
ひとつ咳ばらいをし仕切り直す。
「俺はヨカがいなくなると、あーその、ちょっと寂しくなるが、友達のためなら全力で手伝うぜ!」
「とも、だち?」
ヨカはきょとんとした表情でつぶやいた。
「おう! 違ったか?」
アクタは困ったように手で後頭部をかいた。友達という言葉の意味は以前教えたはずだが忘れてしまったのだろか。それとも友達と思われていなかったとしたら、それはすごく寂しいようなホッとするような……。複雑な気分である。
「ううん! ありがとう! アクタと私友達! 帰る手伝うありがとう!」
「お、おぅ! まずは情報収集に行かないとな。異世界のこととなると……やっぱり時場のある大都市へ行くべきか……?」
「時場?」
「あぁ! えーっと時場って言うのは俺もよくわかんねぇんだけど、時空石がとれる場所のことだ! で、時空石っつーのは……」
言葉で説明するよりも実物を見せたほうが早いだろうと鞘に収まったままの愛剣を取り出しヨカの前に差し出す。
「この、柄の真ん中の部分に赤い宝石みたいなのが埋まってるだろー? これが時空石だ!」
ヨカは興味深々にアクタの剣に顔を近づけその赤い輝きをまじまじと見つめた。
「この時空石はエネルギーの集合体で、俺たち魔術師はこの時空石からエネルギーを取り出して自分の魔力の威力を上げることができるんだ。うぅーん、イメージ的には自分の魔力に練りこむ感じで使うもんだ! 高かったんだよなぁ時空石の剣! 俺が旅に出るときに貯金をはたいて買った代物だ」
アクタは過去を懐かしむようにそして得意げに言う。
「不思議感じする剣だと思った。こんな秘密があった。ほー。」
ヨカはアクタから剣を受け取り赤い宝石の部分をまじまじと見つめたりつついてみたりと観察している。
「異世界があるなんて聞いたことねぇし、やっぱり時って文字が付くからには何か関係がありそうだろ?」
「うん。“時”。“時間”の“時”?」
「そうだ! その“時” だ! えーっとここから一番近い大都市は……」
カバンから地図を取り出しユンから一番近い時場のある大都市を確認する。
「アルーバだな! 結構遠いぞー。まぁまずは途中にある町、ヤダハムへ向かおう。」
「ヤダハム?」
「おう! えーっとそこの特産物は……イチゴが美味しいらしいぞ!」
満面の笑みでヨカに最重要事項、原動力でもある町の特産物を伝えた。
「アクタ食べ物すきねぇ」
ヨカはそう苦笑いをして答えた。