バルトたちを守れ! 盗賊との戦い
バルト達を守れ! 盗賊との戦い
「ヨカちゃんと喧嘩でもしたのかい?」
前を見たまま馬の手綱を握っているバルトに話しかけられた。それまで会話らしい会話はなく、馬の蹄が地をける音が響いているだけだったために突然の問いかけにアクタは動揺しズルっと体制を崩した。
「え!? あ、いやー、喧嘩って言うのか? ちょっと意見の食い違いっつうか、なんというか」
語尾がだんだんと小さくなる。果たしてあれを喧嘩と言っていいのだろうか。自分が起こしてきた喧嘩を思い浮かべる。喧嘩というと掴み合い殴り合いが専らだったために戸惑う。
「言い争いって言葉があるくらいだしあれも喧嘩のうちか……?」
荷台からぶら下げていた足を上げ、胡坐をかき腕を組む。片眉を上げてう~んと唸りながら考えていると、バルトさんが豪快な笑い声をあげた。
「ハハハハハ! 若いねぇい! 俺にもそんな青春時代があったもんだ! 懐かしいねぇ……。 まっ! 長く付き合えば付き合うほどぶつかり合う回数は多くなるもんさ」
「ぶつかり合いっスかぁ。ぶつかり合ったあとはどうやって、え~と、仲、直りするんですか?」
アクタはヨカの顔が頭に浮かんできて、途端に言葉の歯切れが悪くなる。胸に広がるなんとも言えないむずがゆさにバルトにばれないように1人悶える。
「仲直りの秘訣はだなー! まず謝る! そして謝る! それから一緒においしいもの食う! これに限るってもんよー! ハハハハハー!」
「はぁ。(つまり謝れってことか)」
しかし、一体何を謝ればいいのだろうか。アクタはぽかぽかと陽気な天気の空を見上げながら思案した。
ヨカは俺に守られることが嫌いなのだろうか。それとも、人間に守られることが嫌だったのだろうか。そうだとしても、俺にだって譲れないものがある。これは俺が危険を承知で受けた依頼だ。できればヨカを巻き込みたくない。
そもそもアクタは最初にこの話をバルトさんから聞いたときはヨカもいるし断ろうと思っていた。だが、バルト達のユンへ集まる農作物、自分たちの酪農品への情熱。それをめちゃくちゃにされたという悔しい思い。複数のがたいのいい酪農家のおじさんたちがこんなアクタのような兵士でもなんでもない若造に頭を下げる姿は異様な光景だっただろう。その下がっている頭を見てユンの市場を守りたいという真剣な想いが伝わってきた。さらに、バルト達はアクタ1人に盗賊退治を任せたわけではない。腕に自信のある有志で集まった酪農家達5人も一緒にも戦うので手を貸してほしいと頭を下げてきたのだ。熱い男たちの姿にアクタは自分にできることがあるならば助けたいと思ったのだった。
「(もう一度ヨカと話をしておきたいところだったが……。そうですかっと待ってくれやしねぇよな。しかたねぇ! なるようになるか! )」
遠くに感じる2つの魔力の気配にアクタは気を引き締めた。気配はこちらに近づいてきている。十中八九、聞いている盗賊団だろう。
「バルトさん! 馬を止めてくれ! 奴らのお出ましだ!」
バルトはアクタの大声に驚いたがとっさに手綱を引いた。すると突然引かれた手綱に馬が驚きヒヒィーンと声をあげ前足を高く上げて停止した。後続の馬達も続々と歩みを止める。緊迫した空気が張り詰めた。アクタは荷台から飛び降りながらバルトに指示をだす。
「なるべく固まっていてください! 作戦通り魔術師のほうは俺がひきつけます! 後の一般人の方は任せました!」
「おぅ!」
バルトは用意していた銅兜をかぶり、銅盾を持った。さらに自分の武器である大型のハンマーを肩に担ぎ、後方にいるフリン達の方へ緊急事態を伝えるために走った。その後ろ姿を見届け、アクタは魔術師のいる方角へと走り出す。
作戦はこうだ。まずアクタが魔術師の注意をひきつけるために盗賊団の方へ走る。おそらく盗賊団の魔術師達はアクタの魔力を感知し、自分達の方に向かってくる魔術師に興味を持つだろう。アクタの方へ魔術師達を誘い出すことに成功したら、今度はバルト達がいる荷馬車から距離を離すように誘導する。魔術師達は文字通りそれぞれの媒介を通し魔法を使って戦うため広範囲に思いもよらないところへ被害が及ぶ可能性があるからだ。
アクタの最終目標はバルト達の生存だけではない。バルト達が安全に市場を開くことだ。もちろん人命が第1であるが、商品である酪農品が使い物にならなくなることはなるべく避けたかった。問題は一般人の方だ。前回市場を奇襲してきた一般人は20人ほどのいたという。その一般人の盗賊が何人アクタの方へ向かい、何人バルト達の方へ向かうのか……。
アクタは雑木林の中を小枝や木の根に気を付けながら走った。盗賊側の魔術師にもアクタの魔力はすでに感知されているだろう。荷馬車から離れ敵との距離が縮まったところでいったん歩みを止め木陰に隠れる。愛剣を抜き、息をひそめた。
敵の魔力を探る。どうやら魔術師2人はアクタの魔力を感知しこちらに向かってきているようだ。作戦通りである。
「(うまく魔術師の気はひけたか。あとは一般人が何人こちら側に来るか、だな。なるべく少ねぇとありがたいんだが、少なすぎるとあっちが心配だしなぁ。一般人の気配まではわかんねぇからなぁ。上手く分散してくれよ! ヨカは危険な事してなきゃいいが……)」
着々と魔力の気配が近づいてきていた。木がまばらに生えているためまだ敵の姿は見えていない。アクタは剣に自分の魔力を通した。炎が剣を包み込む。そして剣を一振りし火の気を帯びた斬気を雑木林の奥にる敵の方へ飛ばす。その斬気は木を2本切り倒し消失した。荷馬車から距離を離すために再び走り出す。なるべく遠くへ。
5分ほど走ったところで、アクタは後方から魔力を帯びた何かがものすごいスピードでこちらに向かってきているのを感じ取った。とっさに木の後ろに身を隠し屈みこむ。何かはアクタの隠れた木を貫通し前方に生えている木に突き刺さる。矢には雷気が帯びており、パチパチと音を立て稲妻のような光が走っている。
「ゲっ。矢か! 属性は雷。そういや魔術師のうちの1人は媒介に弓使ってるって言ってたっけか。あぶねぇ。屈んでなかったら胸に突き刺さってたぞ。」
心臓が素早く鼓動する。冷や汗がたらりと背筋から流れ落ちるのを感じた。一度自分を落ち着かせるようにため息をつき周囲を警戒する。どうやら敵はすぐ近くにいるようだ。
「おやぁ、鬼ごっこは終わりかい?」
敵の魔術師のうちの1人のものであろう声が木霊する。アクタは木の陰からそろりと後方を確認した。一般人が左側に2、3人、右側に2人木影に隠れてこちらの様子をうかがっているのが見える。アクタは再び魔力を剣に込めながら力強く言った。最初の気を引くための斬気とはうって違って強く魔力を込めたる。
「あぁ、そうだな、そろそろご対面と行こうじゃないか!!」
アクタが木から出ると左側にいた一般人2人も飛び出してきて剣を振りかざしこちらに走ってくる。魔術師が動く気配はない。
「(まずは俺の様子見ってか。)」
剣は炎をだしながら2人の一般人の盗賊を素早く切りつける。致命傷は与えていないにもかかわらず盗賊は叫び声をあげながらいとも簡単に倒れた。そのときアクタは矢が右後方から飛んでくるのを感じ、振り向き切り落とす。アクタが矢を切り落としているすきに攻撃を仕掛けようと剣を振りかざしてきた一般人3人を素早くきりたおした。そして近くにある木の後ろへと身を隠した。
「(今ので一般人全部か。思ったより少ねぇな。魔術師の位置は把握しながら戦わねぇと。クッ、魔力を抑えてやがるのか。位置がぼやっとしてわかりにくいな。にしても、弓が相手っつーのはやりにくい。もう1人のほうはまだ動きをみせてねぇが、媒介はたしか槍だったか)」
「僕の矢をへし折るなんて、なかなかやるねぇ、キミィ!!」
姿はみえないまま会話する。声のおかげで弓使いのいる場所を幾分か絞ることができた。
「へんっ! あんな矢、へでもないね!」
「いうねぇ、ならこれは、どうかな!!」
弓使いは間を置くことなく素早く雷気の帯びた矢を連続で飛ばす。飛んでくる矢を剣で払いのけながら、走りかわす。連射しているためか、魔力の込みが浅く、一撃目よりも威力が弱い。かわした矢は貫通することなく木突き刺さっていた。アクタがその矢に気をとられていると、背後から槍使いの魔術師が細長い槍で切りつけてきた。
「しまった!!? クっ!!!」
ザシュっ!
アクタはとっさによけようとするも間に合わず左肩から血が流れる。すぐに槍使いと向き合うように体制を整える。
「おいおい、気配消して忍び寄るだなんて卑怯じゃねぇか! しかも2人同時に仕掛けてくるんじゃねぇよ!!」
「ククっ盗賊に卑怯も何もないとおもいますが。せいぜい気を抜かないことですね。」
槍使いはニヤリと嫌な笑みを浮かべ眼鏡をクイっと人差し指でひきあげた。そして槍に魔力を込める。水気がやり全体を包み込む。
「次は、本気で行きますよ」
アクタの属性は火、槍使いの属性は水。アクタからすれば相性の悪さは一目瞭然である。
「属性は水か!! クー!! ついてねぇ!」
槍と剣。2人の攻防が始まった。槍士が水を槍の先端に集中させ斬撃を振り飛ばしてくる。アクタも同様に炎の斬撃を返すし斬撃同士がぶつかり合う。アクタの火は水に消火さてしまい、敵の斬撃がアクタに襲い掛かる。ひらりとそれをかわす。
アクタはなるべく左右に動いたり、剣と槍が合わさった時は力で押し槍士との位置を反転させたりした。アクタがちょこまかと動くために弓士は狙いが定まりにくくなり、さらに味方に矢が当たるのを恐れむやみ放てない。
「くそっ。あの野良犬め! ちょこまかとうっとうしい!」
アクタは左後方で強い魔力を感じ取った。矢を撃ちやすいように弓士に背を向けるように自分の立ち位置を調整する。そして木を背後に置き戦う。動きを小さくし、剣を素早くふるい間を置くことなく攻撃を打ち込むことで槍士の気をこちらに集中させる。
「へっ! 隠れたって無駄さ!! 木ごとうち抜いてやるぜっ!!!」
弓士が矢を放つ。同時にアクタは素早くふるっていた剣を止めその場に座り込む。十分な魔力をまとった強力な一撃は真っ直ぐ飛び木を貫通した。矢はアクタの頭上を通過し槍士に襲い掛かる。
「な゛っ!!!?」
槍士は驚きの声をあげ、真っ直ぐ己に飛んできた矢を薙ぎ払う。そのすきにアクタは槍士の足を払いバランスを崩させ、槍を剣で弾き飛ばす。
カキンっ!!
槍は持ち主を離れくるくると放物線を描き飛んでいく。さらにアクタは剣を逆さに持ち替え柄の部分で槍士の腹部に強烈な打撃を加え吹き飛ばした。
「ぐふぅっ……カハっ!!!」
吹っ飛んだ槍士は木にぶつかり意識を飛ばした。アクタはすぐに剣を持ち替え後方を向き体制を整える。そして弓士の位置を探ろうと集中すると、弓士とは違うものを感知した。
木の上から一連の行動を見ていた弓士は自分の失態に焦り急いでアクタを仕留めようと狙いを定めた。が、横に誰かが立つ気配がする。こんな木の上に誰かが容易に上ってこられるはずもないと、急いで隣を確認しようとしたがそれはかなわなかった。首筋に強い衝撃と痛みで弓士は意識を飛ばした。
どさっ!!
木の上から何かが落ちた。アクタは目を見開き、走り寄る。
「ヨカ!??」
近づいてみるとそこには矢筒を背負った男が顔を横に向けうつぶせに目を回して寝そべっていた。隣には大きな弓が落ちている。
「ヨカ、じゃない……」
「何?」
木から落ちたものがヨカではなくホッとしたのも束の間、頭上から声が聞こえ、とっさに顔を上げた。そこにはヨカが太い木の枝の上に座りこちらを見下ろしていた。
「ヨカ! 無事でよかった!! バルトさん達は!??」
「みんな無事。だけど……」
「なんだ、なにかあったのか!?」
「荷馬車の車輪一つ壊れた……。ごめん。」
「な、んだ……それだけか。 まぁ、仕方ねぇさ。みんな無事でよかっ……た」
全員の無事だと聞き安心して全身から力が抜け落ちる。体を支えることができずに傾いていくが、何故だか力が入らず重力のままに崩れ落ちる。
「!? アクタ!??」
最後に自分の名前を呼ぶヨカの声を聞きアクタの意識は暗転した。