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アクト・オブ・ヒーロイズム  作者: こま
異世界から来た少女
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不満があるヨカ

不満があるヨカ




 3日目の夜明けがきた。隣で寝ていたバルトに起こされてアクタは目を覚ました。

 

 テントを出て顔を洗うが思考がはっきりとしない。外はまだ薄暗く、小鳥のさえずりがきこえてくる。本来ならば気持ちのいい朝だ。顔をタオルで拭いていると、先ほどまで自分の馬の調子を見ていたバルトがこちらに歩いてくる姿が見えた。


 「アクタ君、今日の夕暮れにはユンにつく。無事にユンにつけるよう頼んだよ」

 

 バルトからいつもの笑顔がきえていた。アクタは安心させるように笑い力強くうなずいた。


 「はい! 任せてください! 全力を尽くすッス」


 元気よく挨拶したはいいものの正直なところ連日の睡眠不足でぼーっとしてしまう。今日を乗り切ったらユン特製彩り丼が俺を待っている。最後のひと踏ん張りだ。バルトから朝食の入った袋を受け取り、別れたき火の方へ足を向ける。


 暖かい火の前でフリンとヨカが朝食をとっていた。他の人たちは馬の調子や世話をしているようだ。


 「アクタ、おはよう」


 いち早く自分の存在に気づいたヨカが振り返り挨拶をした。その姿になぜだか胸がほかほかと温かくなり、自然に口元が緩む。


 「おはよう、ヨカ」


 ヨカに返事をする。それからフリンさんに挨拶をした。ヨカの隣に座る。先ほどもらった袋をあけチーズを取り出す。そして小枝にさしたき火の熱で溶かす。今日の朝食は溶かしたチーズをパンに乗せたものだ。牛乳のおまけもついている。もちろんチーズと牛乳はバルト達の手作りで高級品だ。あたりに漂うチーズとパンの焼ける香りにおなかが急かすようにぐぅとなる。ムーハに来てからというもの、贅沢な食事をさせてもらい幸せで胸がいっぱいになる。


 「いっただっきまーす」


 いきおいよくとろりとしたチーズののったパンにかぶりつく。フリンがにこやかにこちらをみた。


 「いやー、アクタ君は本当においしそうに食べてくれるね。製造者としてこんなにうれしいことはないよ。ありがとう」

 「ほんとにおいしいっすよー! 俺こんなおいしい飯もらえて幸せっス!」


 お世辞でもビジネススマイルでもない本心からの笑顔で答えた。フリンは満足そうな顔をしている。


 「今日はよろしく頼むよ。こんな田舎道だと憲兵が来てくれるっていってもいつになるかわかりゃしない。僕はアクタ君のように僕の作ったものを食べてみんなに笑顔になってもらいたいんだ。それがこの仕事のやりがいでね。市場には笑顔が広がっているべきだ。血や恐怖なんて……必要ない」


 フリンは涙をぬぐった。


 「フリンさん、俺こう見えて結構強いんっすよ! だから任せてください!」


 フリンは笑顔を俺に向けてくれた。この7日間ムーハの人たちにはお世話になった。豪快で気のいいその人柄に触れ楽しく仕事ができた。なによりおいしい飯の恩は忘れない。今弱音を吐くわけにはいかない。 


  出発の時間が来た。火の後始末をし、先頭のバルトの荷馬車まで歩いていく。すると後ろからヨカに呼び止められた。足を止め振り返る。


 「アクタ! 私もいる、だからアクタ無理しないで」


 ヨカの心配そうな声に少し気恥ずかしくなる。が、よく考えるとそれはヨカも戦闘に加わるということだろうか。それはだめだ。絶対に! 自分の腕と魔力には自信がある。しかし対人戦は両手で数えることしかしたことがない。その中でも対魔術師戦となると片手で数えられるほどだ。ヨカを守ってやれるほどの余裕はない。


 「ヨカ、今回の戦いはウルフやモンスターと戦うのとは違うんだ。俺はお前を守ってやる余裕がないかもしれない。だからヨカは……」


 ヨカにバルト達と一緒にいるように言おうとすると、ヨカが俺の言葉を遮った。


「アクタ! また私のこと人間扱いする。私弱くない! 自信ある! 人間から守るいらない!!」


 ヨカのいつもとは違う棘のこもった言い方にたじろぐ。ヨカはきっと強いだろう。いつかの依頼時にモンスターを狩る姿をみて戦いなれしていると感じた。隙のない動き。的確に動物の生命線を狙っていた。そのナイフ裁きは素早く鮮やかで、並の人間ではヨカの動きを目で追うことが精いっぱいだろう。いや、何が起こったかわからないという人の方が多いかもしれない。


「(それでもこれは俺が引き受けた依頼だ。俺の仕事で他の誰かが、ヨカが傷つくところを見たくねぇ)」


 眉をひそめ、心の中でつぶやいた。この独り言をそのまま素直に言えたらいいのだが、そう言うわけにもいかない。言えない。胸の奥からむくむくとこみあがる、気恥ずかしさ。何を恥ずかしいことがあるのかさっぱりわからないが、とにかく言えないのだ。例えばヨカが男だったら考えていることを素直にぶつけあえたかもしれない。


「いや、それはそれでなんかヤだな……」

「なにがイヤ!?」


 しまった、声に出してしまっていた。この距離では、ヨカのそのピンと立った耳にどんな小さな声も拾い上げてられてしまう。膨らんでいる頬がかろうじてフードの下からみえる。ヨカになんと言い訳をするか……。最初ほど空気は軽くなっているが、何がヨカの地雷だったのだろう。ヨカの様子を見つつ慎重に言葉を選びながら言った。


 「あ、わりぃ、これは。えぇと、こっちの話だ! ヨカは、ヨカには……そう! バルトさん達の方を頼みたいんだ! 守ってくれない……か?」

 「それって……」

 「お――い! アクタく――ん、ヨカちゃ――ん、出発す――るぞ――」


 ヨカが続けて何か言おうとしたがバルトさんの呼び声で遮られた。


 2人は会話をやめ荷馬車の方へ小走りで急ぐ。距離は少し開いていた。お互いに言いたいことはあったが、今は仕事中だ。無理やり気持ちを切り替える。それぞれ乗り込む荷馬車の位置は初日から変わっていない。アクタは先頭バルトの荷馬車へ、ヨカは2番目に並んでいる荷馬車へ乗り込んだ。


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