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アクト・オブ・ヒーロイズム  作者: こま
異世界から来た少女
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2人の距離が少し近づく

2人の距離が少し近づく




 ムーハからユンまで行くには順調に行って3日かかる。寝不足の上に3日間の野宿とは最悪だ。バルトさんは何故あんなに元気でいられるのか不思議でならない。昨晩遅い時間まで酒を飲み自分にえんえんと武勇伝を聞かせていたというのに、今朝は誰よりも早く起き馬の調子を整え、なにかと忙しく働いていたようだった。


 5台の荷馬車が列をなし踏みならされた道を歩きだす。バルトさんの他に5人の酪農家のおじさん達が自慢の酪農品を売るためにユンへとむかう。先頭の荷馬車にアクタが馬のすぐ後ろ前方側の荷台に、2番目の荷馬車にはヨカが後方側でチーズや牛乳、バター達と一緒に揺られていた。3日目に通る道でよく盗賊団が出没し、商人達から金品や食料を巻き上げているらしい。この辺りはまだ周りに集落もなにもない田舎道だ。この2日間は安全な旅になると思うが、仕事なので周囲の警戒は怠らない。盗賊以外にもウルフやウリブーなどのモンスターに道を阻まれる可能性もある。やるからには最後まで手を抜かない。それが次の仕事につながったりするのだ。


 アクタの心配は嬉しいことに杞憂に終わった。一団は順調にユンに近づいていた。道が進むにつれて心なしかアクタの目にはいつもは豪快で陽気な酪農家達の緊張が高まっていくように見えた。


 モンスターの襲撃もなく2日目の夜を迎えた。あの豪快酒豪マシンガントークのバルトさんでさえ今日は酒を一滴も飲まずにそうそうに眠りについた。表情と笑い声こそ明るいままだが、きっとみんなを気遣ってのことだろう。内心はバルトさんも盗賊を恐れているに違いなかった。


 見張り番の交代の時間だ。正直寝たりない。しかし、交代に行かねばならない。

 

 アクタは隣で寝ているバルトを起こさないように慎重に重たい体を起こし、テントから抜け出した。赤々と燃え上がる炎の前で見張りをしているだろうフリンのもとへ向かう。


「交代っスよ。」


 うとうとと船をこぐフリンさんに苦笑いをしながら声をかける。フリンはハっと飛び起きた。


 「あ、アクタ君! あ、あぁ交代だね! ありがとう。いやー危うく寝てしまうところだったよ。 その、このことはどうか……」


 「あぁ大丈夫っスよ。誰にも言いません。」


 アクタはいたずらっ子のようにニッと笑い人差し指を口元に持っていった。


 「あ、あぁありがとう。見張り番よろしく頼むよ。」


 片手をあげおやすみなさいと言葉を交わし炎の前に胡坐をかき座り込む。空を見上げると満点の星空が見える。綺麗だ。周囲を警戒しつつ虫達の鳴き声、空の宝石の輝きを堪能していると、突然声がかけられ静寂が破かれた。


 「アクタ」


 振り向くとそこにはヨカが立っていた。相変わらずフードをすっぽりとかぶっており表情は読めない。


 「どうした?眠れないのか?」


 ヨカは何も言わずにアクタの横に座った。何かあったのだろうか。しばらく静かに炎を見つめる。パチパチと種木がはじける音がやけに大きく聞こえる。アクタは自分の座っている横に積まれている細い木の枝を何本か取りたき火の中に投げ入れた。するとヨカが口をひらいた。


 「アクタは、何故、私助けたの?」


 突然の質問に呆気にとられてヨカをみるもやはり顔を見ることはできない。戸惑いつつもヨカが落ちて来た日のことを思い出しつつ答える。


 「なんでって……困ってるやつがいたら助けるのは当たり前だろう」

 「私人間と違う。急に現れた。驚いたと思う。助ける理由ない。」


 ヨカの声は少し震えているようだった。ヨカから視線外し炎を見つめる。ヨカは不安なのだろうか。いや、不安でないはずがないではないか。


 ヨカはおそらくこの世界の人ではないのだろう。それは頭の上のかわいらしい耳とおしりからはえている気まぐれに揺れる尻尾があるからとかを抜きにしても、ヨカから感じ取れる魔力とは違うこの世界にはない― 少なくとも自分の知るところでは― 何か強い力を感じ取っていたからだ。自分よりも年下の女の子がたった1人で違う世界にとばされてきたのだ。今までこの世界の人間や自分とも深く関わろうとしないのも、周りを常に警戒しているからだろう。何をどう伝えればヨカは安心するのだろうか。


 俺は、ヨカの見方であると伝えたい。


 アクタはぽつりぽつりとしゃべりだす。

 

 「俺、俺さ、一人ぼっちのつらさって言うか、寂しさはよく知ってんだ。小さいころ町のみんなが……両親が盗賊に殺されちまって。それまで結構大きな町にいて、のんびり暮らしてた生活が一変してさ。自分で働いて食っていかなきゃいけねぇってなってさ。そのとき助けてくれるような知り合いもいねぇし、必死に働いて飯食って寝て。なんで俺生きてるんだろうなんて思っちまったりしてさ。まっ! 両親のいない子供ってぇのは特別珍しいことではないんだけどなぁ。だからさ、ヨカを1人にしちゃだめだと思った。……したくなかった。たぶん、自分と重ねたんだろうなぁ」


 へへっと照れ隠しに笑い、頬をかく。自分の身の上話を誰かにしたのは何年ぶりだろうか。あの日のヨカは必死に自分を睨め付け、不安を耐えているように見えた。その睨め付ける鋭い目が、何かを耐えるように握りしめた手が、あの生きるだけで精いっぱいのころと重なって見えたのだ。


 「(今もそうかわらねぇか。)」


 あの頃の自分よりは心に余裕を持てるようになったし、仕事も金もそれなりに貰らって生きている。だが、その日その日をしのぐ目標も夢もない今の生活は昔とそう変わらないように思う。


 「アクタ、つらい思いしたの、死のうとはおもわなかった?」


 ヨカが遠慮がちに聞いてきた。その言葉にきょとんとしてしまったが、すぐに遠い記憶を手繰る。


 「思ったさ。俺だけ生き残ったってしょうがねって。……一度飢えで死にかけたことがあってな。その時変なおっさんが助けてくれたんだ。“お前はもっと強くなれるから生きろ”ってよ。俺はもう疲れちまって死にたかったのに、勝手な話だろう」


 懐かしい人物を思い浮かべ少し笑みが浮かぶ。


 「でも俺は強くなんてなりたくねぇし皆のところへ行きたいって言ったら、大のいい年したおっさんが頭下げて謝ってきたんだ。“君の町の人々と両親を助けてあげられなくてすまない!” ってな」


 あの人の声と表情をまねていってみる。俺とは似ても似つかなかった。


 「10そこいらの子供に軍人が頭下げてくるもんだからびっくりしたもんだ。それからそのおっさんに、“今みんなに会いに行っても悲しまれるだけだ。それか自ら生きることをあきらめたお前を憎しむ者もいるだろう。お前の命はお前の両親が命をかけて守ったものだ。その命を自ら捨てるということは両親の命もお前の手で捨てることになる”って言われてなぁ。なるほどそうかもしれないって思っちまったから死ぬに死ねなくなっちまった」


 あの人との思い出が脳裏に浮かんでくる。大嫌いな軍人だったが俺に生きる意味と新聞の配達員という定職を与えてくれた。- 17歳のときにやめてしまったが― 共に過ごした時間はとても短かったがあの人は俺にとって第2の父親のような存在だったのかもしれない。今どこで何をしているのだろう。


 「変なこと、聞いた、ごめん。」


 それまで黙って聞いていたヨカが言った。声の震えは止まっていた。


 「ヨカ、今度は俺のほうから質問してもいいか」


 ヨカとはもう大分意思疎通ができるようになった。ヨカが一体どこから来た何者なのか答えることができるだろう。もう少しはやく聞くべきだったのかもしれないが、今まで仕事の疲れを言い訳に先延ばしにしてきた。ヨカが俺に踏み込んできた。これはいい機会だ。


 「うん。なるべく、答える」


 一度軽く深呼吸してからきいた。


 「ヨカはどこから来たんだ?」

「私、こことは違う場所、きた。全く違う。ここに私の住んでたところない」

やはりヨカはこの世界の人間ではないようだ。

「世界が違うってことだな。」

確認するようにつぶやく。すると聞きなれない言葉にヨカが反応した。

「世界?」

「おぅ! 世界! えーっとなんて説明したもんか……。」


 片眉をつりあげ後頭部をポリポリと掻きながら考えあぐねぐ。うぅん。


 「あー、例えばこの空とか大地、木に森に、人間、ここにある全てのもののことをひっくるめて……ぜーんぶのことをまるごと世界という! 難しいな」


 両手で大きく円を描くように動かしながら説明してみたが、ちゃんと伝わっただろうか。一抹の不安を抱えヨカを見やる。


 「まるごと、全部、世界」


 ヨカはアクタの言った言葉理解するために自分の中で整理するようにつぶやいた。


 「そう! ぜーんぶ!」

 「わかった!」 


 ヨカは大きくうなずきはっきりと答えた。


 「私別の世界からきた!」


 どうやらきちんと意味を伝えられたようだ。ホッと息をはきだしてから顔を引き締めた。


 「ヨカは俺になんで助けたって聞いてきたが、ヨカはなんで俺についてきてくれたんだ?」


 ヨカの方こそ、起きたら見知らぬ部屋にいて目の前に見知らぬ男が寝ていたのだ。怖くはなかったのだろうか。


 「私最初アクタ殺そうと思った」

 「え゛ぇっ」


 ヨカの予期せぬ衝撃的な告白に驚く。頭を鈍器で殴られたかのようだ。


 「思った、首に爪当てた、殺気あてた。でも起きなかった。アクタぐっすり寝てたね」


 クスクスと笑うヨカに今度は別の意味で驚く。俺の前でヨカが笑ったことはこれが初めてのことだ。フードで顔が見えないことがもどかしい。その笑顔を一目見たかった!


 「これだけしても起きないから、私より弱いと判断した」

 「え゛ぇっ」


 またしても予想だにしていなかった言葉にアクタは動揺を隠せない。

まさか、犬のランク付けがもうその時点で終わっていようとは。ということは、俺はヨカに下に見られているのか……複雑な気分だ。


 アクタはぐっと眉をひそめた。ヨカは笑うのをやめ真面目な声で続ける。


 「私すぐわかった。ここ違う世界。私半分獣、勘鋭い。におい違う。雰囲気違う。それにアクタの中から知らない力感じた。だからすぐわかった。ここは私知らない、どこか違う場所だって。」


 アクタがヨカの中のエネルギーを感じ取ったように、ヨカの方も俺の中の魔力を感じ取っていたのか。


 「どうしようか考えてた。アクタ殺すか、逃げるか、何したらいいか。そしたらアクタ、私に名前教えてくれた。私の名前も聞いてきた。悪い人見えない。だから様子を見ようと思った。私どうすればいいかわからなかった。様子、見ようと思った」


 アクタはヨカから飛び出してくる物騒な言葉に背筋を凍らせる。


 俺は一歩間違えれば殺されていたのか。駐屯兵に受け渡したり一般人に預けたりしなくてよかった。あの時の自分の判断に心の中でそっと感謝する。


 「えと、今は感謝してる。たくさん! ありがとう! 私アクタしかいない!」

 「ごホぉっ」


 感謝の言葉をもらいほっこりしたのも束の間だった。わかっている。そういう意味ではないと。ヨカからしたらこの世界で頼れる人物は自分だけなのだ。ただそれだけだ。しかしヨカが覚えたての言語で一所懸命伝えてくるものだから心にこみあがるものがあった。


 「お、おぅ。俺がしたいことをしただけだ。気にすんな」


 なんとか平常心を保ち笑顔を作る。表情は見えないが、ヨカも微笑んでいるように思えた。二人でたき火を眺める。最初のような変な緊張感はもうなかった。


 しばらくしてからアクタはヨカに前前から疑問に思って聞きたくてしょうがなかったことを思い出した。この機会にその疑問を思い切ってヨカにぶつけてみよう。


 「ヨカの世界の人たちは皆その耳と尻尾が生えてるのか?」


 アクタはゴクリと生唾を飲み込む。頬からたらりと汗が流れ落ちる。


 「違う。人間と、えっと、獣人がいる。」


 言語が違うのでなんて表現しようか迷ったのだろう。少し考えてからヨカの言った、獣人という存在にアクタは心が躍る。少し肩の力を抜きさらに踏み込んで質問してみる。


 「獣人っていうと、その、猫耳とかウサギ耳とかの女の子がいるのか!?」


 アクタは前のめりになって聞く。その真剣な声色と表情にヨカは戸惑った。


 「お、女の子? えと、女も男もいる。全部は知らないけど、種類いる」

 「そうか、猫耳もウサ耳も……」


 アクタの頭の中でピンク色の妄想が繰り広げられる。

 猫耳、ウサ耳少女……。


「ア、アクタ、鼻! 鼻!」


 ヨカの焦った声で現実に引き戻された。鼻がどうしたというのだろうかと手を持っていくとぬめっとした感触にふれた。


 「うぇえっ!? ヨカ、ティッシュ!! とってきてくれ!」


 ヨカは急いで自分が使っている簡易テントのほうへ走って行った。その背中を目で追いながら鼻をおさえる。鼻血が出ていた。またやってしまった。自分が情けなくなり小さくため息をつく。ヨカがティッシュをとりに行っている間に精神を落ち着かせよう。


 「アクタ! 持ってきた! 大丈夫?? 鼻悪い?」


 心配してくれているヨカに罪悪感が沸き上がる。


 「ウっ、大丈夫だ! たき火の熱でのぼせたかな。ハハハハ……ハァ……」


 苦し紛れの言い訳とカラ笑いをする。ヨカは不思議そうに首をかしげてアクタの隣に座り直す。そんなヨカの様子を横眼で眺める。そして夜空に視線を移す。もう1つ大事なことをヨカに聞かなければならない。アクタは星を眺めたまま問うた。


 「ヨカはこれからどうしたい?」

 「? どうしたいって?」


 ヨカに向かって1つずつ指を上げ選択肢を上げる。 


 「このまま俺とずっと旅するのか? 俺と離れてこの世界で自分の力で生きていくのか?それとも元の場所に帰りたいのか? 選択肢はこんなもんか」


 沈黙が訪れた。ヨカは答えを出しかねているようだ。正直、面を食らった。ヨカが帰ることを真っ先に選択すると思っていたのだ。何か帰りたくない理由でもあるのだろうか。たき火の方を向きうつむいている彼女のことを見ながら思った。


 今日は少しヨカのことを知れた。しかしまだまだ知らないことのほうが多い。もっと知りたいと思う。ヨカが何を感じ、何を考えているのか。


 結局その夜、ヨカが答えを出すことはなかった。次の見張り番の人と交代し、それぞれの簡易テントに戻る。後2時間くらいなら眠れることだろう。



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