普通のアイドル
シェオルの街では、ここの所奇妙な要求をするアイドルのポスターが貼られている。彼女は以前は史上最も勢いのある新人として持て囃されていたが、ある日を境に急激に人気が減少、それまでの一割前後の規模の活動をするに留まるようになった。彼女は魔族でありながら、ライブを訪れる観客に神の力の込められたアンクを持参するように求めたのである。
あれから何度目かの公演、ルミィはすっかり小さくなった観客席のそこかしこから向けられる浄化の光にその身を晒す。信仰の無い魔族達によるものでもそれだけの数、ルミィのような低級悪魔の力を削ぎ落とすのには強すぎる程であった。
「ひゃっ、あうぅぅ……何度やってもこれは慣れないなぁ」
「しかしルミィも思いきった事するもんだ、サキュバスだった事を公に明かして、あげく誘惑の魔力なしで舞台に立ちたいなんて言い出すんだから」
ルミィに肩を貸して立たせた司会が客の前で背中を叩いてくる。公演が小規模になったせいか、前よりも軽口が出るようになりルミィもやりやすかった。
「はは、ボクの事みんなにちゃんと知ってもらいたかったんだもん」
「そうかそうか、じゃあこの場で本当のスリーサイズでも……いたた、皆様ゴミを投げないで!」
「でもね、今回の事で一番損したのは伯爵様……ボク追い出されても文句言えなかったもの。出世払いの約束なんか取り付けられちゃったし、これから頑張っていかないと」
「さあさ、皆様お待たせしました、魔界に咲き誇る白き花--もとい赤い花! 身を焼かぬ太陽、されど自分の身は焼いて歌う、ルミィの再スタートをご照覧下さい!」
会場は以前までには及ばないまでも心のこもった歓声に包まれる。数こそたった一割であったが自分のファン達の中でも非常にコアな面々が残ってくれたので、ルミィには心強い味方であった。
「いい舞台だったよ、ルミィ」
「ミレアさん!」
ライブ終了の後、舞台裏にミレアが訪ねて来てくれた。
「なんだ充分可愛らしいではないか、姿については杞憂だったという訳か」
ルミィの本当の姿は、ルミィ自身がそれまで鏡で見ていたものとさして変わらなかった。赤のロングヘアーをしたスレンダーな少女で、活発な印象を持たせる愛嬌のある顔立ち。強いて言えば自分もあの司会も雪のような白だと思っていた肌がオレンジがかった黄色をしていた事くらいだろうか。
「血色がよくて実に美味そうだよ」
「も~……! ボク、本当の自分を見て貰いたいって思うと同時に自分が楽しませてあげられる人達が減る事、気にしてたんです。人気者でいたかったんだと思われるかも知れないけど……」
「それで? どう納得していきなり決着をつけられたんだ?」
「本物のボクがこれからまた増やせばいいんです。何百年でも頑張って歌って……少しずつボクの影響力が増していけば元通りです」
ルミィは真剣に考えた通りを言ったつもりだが、それを聞いたミレアは勢いよく噴き出した。憧れの歌手がそんな風に笑う事もあるのかと、ルミィも周りにいた舞台スタッフも呆気にとられていた。
「えっボク、何かおかしな事言いました!?」
「ハハハハ、いやちょっと懐かしくなってしまってな。それはつまり、まるっきり普通のアイドルがやっている事じゃないか」
「あ……そうでしたね、ボクそんな当たり前の事考える段階も飛ばしちゃってたんだなぁ」
自分の人気は稼いだ物ではなく得た物だった。あの頃がおかしかったのだと、目を閉じれば色鮮やかに思い出せる記憶はうたかたの夢だった事にして胸にしまっておく事にした。
「ミレアさん言ったじゃないですか、太陽が沈めば月が昇るって。きっと逆もあると思うんです。いつになるかは分からないけれど、また強い光を持った太陽が月を押し退けて昇る日も来ると思います」
「ほう? それは私に対するライバル宣言と受け取ってもいいのかな? 今度の道のりは遠いぞ」
今は一駆け出しアイドルに過ぎない自分がシェオルのトップスターにこんな事を言うなど、おこがましいかも知れない。それでも観客の事を第一に考えるという点で通じあった二人、自分の熱意は伝えたかった。
「今度こそ……何のハンデもなく追い付いてみせますから!」
数百年後、シェオルの街はより一層の繁栄を見せており、多くの魔族の憧れの都市であり続けていた。決して陽の光の差し込む事の無い魔界の奥深くにあるこの街では、太陽の照らす昼と月の微笑む夜が目まぐるしく入れ替わっていた--。




