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衝撃の常識

 数日後、事務所の計らいでルミィの握手会が開かれた。ライブ中断のお詫びと、ルミィが元気な事を心配するファンに見せておいた方がよいとの事だった。

「いつもありがとう、これからもよろしくね」

「ああ感激だ、ルミィ様にこんな間近で。どこまでもついていきますぞ」

(……あの人、目線がちょっと上の方だった。少しだけ胸にも見とれてたし……きっとものすごい大人の女性に見えてたんだろうな)

 チケットは瞬く間に完売し、会場には長蛇の列が出来ていた。一瞬触れるだけなのに来たいと思ってくれるファンがそれだけいる事にルミィは胸が熱くなる思いだった。しかし、今日この時に限っては並ぶファンが多ければ多いほど悩む事になる。


「ミレアさん、もう一回教えてもらえますか……」

 先日ミレアより伝えられた事実はルミィにとってこの上なく虚しい気分にさせられるものだった。

「お前は--サキュバスは、見る者にとって理想的な女性の姿をとる。そういう体質の方が幾多の男を惑わしやすいからな。例えば今私の目にはお前は触れれば折れそうな程華奢な……思わず優しくしてやりたくなる女の子に見えている」

 ルミィは全身の血の気がさっと引いていく感覚を覚えた。それがミレアにこっそり血を抜き取られていたからだったらどんなによかっただろう。

「そんな……ボク、だから人気者だったの……? その術みたいなの、なんとか解けないんですか!」

「無意識にやっている事だから、難しいだろう。意識を失った時のように魔力を巧く操れない状態であれば話は別だが……ずっと寝たきりではライブどころではないな」

 恐ろしかった。これまで数多の観客の前で歌ってきた自分が、観客からは全く異なる姿に見えていたと言うのだ。自分というものが否定されていく怖さと共に、そんな有利なハンデを貰ってデビューしたのだという情けなさがルミィを支配する。

「少しでも淫魔の事を知っている者にとっては当たり前の事なのだ、まさか誰も本人が知らなかったなどと思っていまい」

「そういう人達からは、すごく汚い手段で成り上がってると思われてるんだろうなぁ……ボク、このままアイドル続けていいのかな……」

「落ち着け。少なくとも歌は本物なんだ、見た目と細かい口調などは人それぞれかも知れないが、受け入れてやっていく事はできる」

 アイドルをやめるか。はたまた事情を知った上で自分を押し殺し歌い続けるか。ルミィは重い選択を迫られていた。

「ボクは……続けたいです。でもその歌だって、聞く人の一番都合のいい声にすり替えられて聞かれるんでしょ……」

 ルミィの魔力は、CDに録音された歌声とそのジャケット写真にまで影響していると思われる。そうでなければ今まですぐにボロが出ていたからだ。

「すぐに決める事はない……よく考えて後悔しない方を選ぶのだ」


 握手会が終わった後、ルミィは会場のトイレで吐いた。直に顔を突き合わせて接する相手の目線が自分の両目にぴったり合わない事、自分の小さな手を力強く包む両手との間にかすかな隙間がある事、紳士的に振る舞いつつも偽物の美しさに卑しげな笑みを隠しきれない者がいる事。その気味の悪さたるや全身が何度も総毛立つ思いだった。

 ふと、鏡が目に入る。ルミィはこれまで自分の見た目に満足していた。美しい訳ではなく、可憐すぎる訳でもないが、活発な印象を持たせる愛嬌のある顔立ち。言ってみれば新人アイドルとしてデビューするにちょうどいいビジュアルであった。

「この……ッ!」

 ルミィは洗面台に水を溜め、その中に頭を突っ込む。勿論、顔を洗った所で何が変わる訳でもなかった。

 自分の魔力は、自分自身にも発揮されているのではないか。なぜサキュバスなどに生まれてしまったのだろうと身震いし、息が詰まる程強く自分を抱き締めた。

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