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ライブ中の事故

 地底深く。明ける事の無い夜に抱かれた都市、シェオル。現在ここではそれなりに高位な魔族達が娯楽を楽しみつつ、光の者達との抗争のない貴重な日常を過ごしていた。ある者は優雅に、ある者は豪勢に。

 そんな都市の上空を闇に紛れて飛んで行く蝙蝠の一団がいた。

「ああ~もう遅れちゃうよ! 用意してくれた衣装のサイズ合わない事多すぎ!」

 先頭の蝙蝠は泣き言を言いつつ、街で一際明るい光を放っているイベント会場へと飛んでいく。席いっぱいに詰め込まれた観客達は主賓の登場を今か今かと待っていた。


「おお~い! 遅れてすみませ~ん!」

 ざわめく観客をなだめながらステージ上で腕時計を確認していた司会の男と目が合う。

「お集まりの皆様、大変長らくお待たせ致しました! あなたの物足りない夜をきらびやかに飾る、魔の天使がすぐそこにまでやってきています! 喚び出しましょう、その名も……!」

 まばゆく照らし出されたステージに、彼の合図で激しい黒煙が舞い上がり舞台背景にはネオンで大量の魔方陣が浮かべられる。召喚の儀式をモチーフにした演出だ。蝙蝠の群れはそっとその煙に紛れ、司会に平謝りする。

「開演時間ギリギリだぞ、心配したよ」

「ご、ごめんなさい」

「急いで配置に……魔界に咲き誇る白き花! 身を焼かぬ太陽! 超新星の如く現れた癒しのディーヴァ、ルミィ~~ッ!!」

 バシュウゥッ。

 曲が流れるのと同時に黒煙が一気に吹き飛ばされ、主役がその姿を現すと会場は割れんばかりの歓声に包まれる。

「「ルミィ様~~!!」」

「「ルミィちゃ~ん!」」

 ルミィが目を開ければ、観客達の視線は全て自分に集められている。黄色い声をあげて立ち上がる娘達、歌の邪魔をすまいと静観する者、応援のプラカードを掲げる者達、周囲の迷惑も厭わず踊り出す男達……会場にいる全ての魔族が、無数の蝙蝠に分裂して飛んで来たシェオルの新人アイドル、ルミィの味方であった。

「みんな、来てくれてありがとうございます! ボク今日は声が出なくなるまで歌うからね!」

 --応じるわ 何度でも 私の首に かかる鎖は

   あなたの理想に 全て 賭けた血の契約

   後悔はしない 喚び出して

   例え私一人になっても あなたの隣に

   お前が必要なんだと ただ一度言ってくれたから……

 ルミィが歌い始めると、会場は瞬時に最高潮の盛り上がりを見せる。自分が売れる事よりも、こうやって多くの人が楽しんでくれるのがルミィは嬉しかった。

 彼女はいわゆるサキュバスであったが、拾われたみなし子で人間の襲い方など知らず、ずっと夢であったアイドルになるために努力してきた。わざわざ自分で採りに行かずとも、シェオルの街で量販店をはしごすれば大抵の魔族の食物は買えるので人を襲った事が無いのは別段珍しい話でもなかった。特にサキュバスの狩りは趣味も兼ねている場合が多いので安価なのだ。

「六十曲目! いっくよ~!」

 実績も無く魔族としても未熟なルミィは何度も事務所のオーディションに落ちた。だが諦めずに幾度と無く通った結果、その熱意を買ってくれる審査員が現れたのだ。デビューの日、ルミィは緊張しながらも何十年もの練習を積んだ歌を観衆にぶつけた。すると何とこれが爆発的な反響を呼び、それ以来夢魔であるのに寝る暇もない程詰め込まれたスケジュールで歌を披露し続けている。

「は~、は~……みんなも一緒に歌おう~ッ!」

 --……絞めるの裂くのかっさばくの お望みはどれかしら

   逃げられないわ その首 差し出せ

   鮮血の DEAD END 来世までさようなら

 ファンはみな膨大な曲数のルミィの歌を覚え切っているのか、彼女の誘いに応え空で合唱し彼女を喜ばせる。ただ十数時間もぶっ通しで歌い続けて、さしものルミィも息が上がってきていた。そろそろライブも終了かと思われたその時--。

 --ブツッ、ガシャアァァン。

「あっ、危ないルミィ!」

 司会の魔族が叫ぶのが聞こえてくる。

 ルミィには、何が起きたのかよく分からなかった。興奮して頭が朦朧としていたのもあるが、本当に一瞬の事だったのだ。覚えているのは何かの不備でステージを照らしていた大きな照明が一つ落下して、切れて支えを失った電気コードが空中で羽ばたきながら歌っていた自分のもとへ……。

「きゃぁぁぁぁぁ!?」

「「ルミィ!!」」

 高圧電流を浴び、煙を上げながら観客席に落下するルミィ。その瞬間初めてすぐ近くで見たような気がした。落ちる自分を慌てながら見るファン達の瞳に映る、それぞれ似ても似つかぬ多種多様な自分の姿を……。

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