あるアパート③
調査に向かった薫と華の二人が戻ったのは、昼過ぎの事だった。
調査報告を聞くために鼎を始めとし皆が応接室に集まる。お茶とお茶受けを出した早織もちゃっかり混ざってみる。
「調査は割とシンプルでした」
そう切り出したのは華だった。
陰陽庵から車で約一時間の場所にあるアパートで、5階建て全25部屋からなるそれなりの規模の建物であった。
見るからにヤバそうな雰囲気を放っているわけではないが、何となく嫌な空気は感じるのだという。
「依頼主である田中さんの部屋は4階の405号室。これは管理人に聞きスペアキーを借りました」
結論から言えば、件の405号室の鍵は開いていた。中は住んでいた時のままで乱雑な具合から、余程取り乱して逃げた様子が伺えた。
2DKの部屋は寝室と居間といった風に分けられていたが、寝室は綺麗なままだった事からどうやらこちらに何か居たのではないかと思われた。
「寝室にはベッドがありましたが綺麗に整えられたままで、居間の様子とは全く異なりますのでこちらではないかと。ただ、その不在のようでした」
そう華は締めくくった。
「不在?」
意味を取り兼ねて早織が声をあげる。
「そうです。肝心の何がしかの方が居ませんでした」
華は残念そうに眉を下げた。
ただ気配はあったのだという。おそらく今朝までは居た形跡があったと華は言った。
気配は玄関へと向かっていた。
「外出してらしたのだと思います」
うっかり華の言葉に納得仕掛けて早織はいやいやと頭をふる。
「いやいや華さん、外出って?え?幽霊って外出するんですか?!」
「え?あ、はい。される方も居ますね。しない方もいますけど」
言われて早織はぽかんとする。
幽霊が外出するなんて聞いたことがない。意味が分からないといった早織を見て、葵はくすくす笑う。
「早織ちゃんはここに来てまだ2カ月くらいだっけ?知らないのも無理はないけどね。幽霊にも色んなタイプがいてね、出かけるような子は大方が生前と同じ様に生活を送るタイプ。恨んじゃってる様なのは所謂地縛霊だとか悪さをするタイプとかでその場に居着いてその場で驚かすとかイタズラをするのもいるね。あとは近くにいるのを引き込んだり、取り憑いちゃつたりとタチの悪いのまでいる」
まあ様々なんだよね、と親しいものを語るように葵は言う。
「今回の子は生きてる時と同じ様に生活してるんだろうね。本人には悪気は無いんだろうけど」
ねぇと鼎を見る。
「だろうな。だから引き受けた。払う必要が無いからな」
鼎はきっぱりと言い切る。
「へ?え?いや、だってお祓いとかしないんですか?だってまた同じ様に困る人が出るじゃないですか?」
余計、早織は混乱する。
「だからそうならないようにするために事前調査が必要なんだ」
言ってる意味がとことん分からない。
幽霊が出た。何かの怪異があってそこから逃げた人間がいる。それをどうにかして欲しいと依頼があったのに。祓わないとは何事か。
「早織ちゃんはさ、住んでるとこを急に追い出されたらどう思う?」
「え?そりゃあ怒りますよ!酷いって」
眉を寄せて葵を見上げる。
「そう。普通に感情がある人はそうやって憤るよね。それはね、幽霊も同じなんだよ」
言われて早織は目を丸くする。
「言ったでしょ、華ちゃんがさ普通に生活してるみたいだって。お出かけもすればシャワーも浴びる。寝る時間になれば寝る。そう、俺たちと何にも変わらないよね?そういう子がいるんだよ。今回の子はどうもそれに該当する。それは悪い事をしているのかな?」
葵の言葉を噛みしめる。
普通に、本当に普通に生活しているのと同じだ。
それは悪くはない。
むしろ、何もしていないのと一緒だ。
ただ、幽霊というだけの。
早織の沈黙が答えだった。
「だから祓わない。理解できたか?」
鼎の言葉に早織は頷く。これはそうだ。祓う必要性がない。
「だが、人が生活するには不安が残る。当人と話し合う必要がある。華、夕方には戻りそうな気配はあったか?」
「おそらく」
「夕方にもう一度先方へ出向いてくれ。居れば連絡しろ」
「了解しました」