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陰陽庵日記   作者: mint
第1章 陰陽庵
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あるアパート②

初夏を迎えた庭というのも実に趣き深い、とばかりに紫藤鼎は庭を眺めていた。

「ーーで。さっきの、ええっと田中さんでしたっけ。どうするつもりです?」

先程、男こと田中に茶を運んで来た女ー早織が鼎の向かいに座って彼を睨んでいた。

結局、話をしただけで田中には御守りを渡し帰ってもらったのだ。

「依頼書の通りだ。」

鼎は素っ気なく応じる。

にべもない答えに早織は呆れ顔だ。

どうしてこの男はこうなのか。客人の前ではとても温和で温厚で善良で誠実そうな顔をする癖に、客人が帰った途端、豹変する。

家人にはそんなもので、大体いつも素っ気ない。そして無愛想だ。

「いや、内容じゃなくて!まぁでも。居るって解って住んだんですから、仕方ないですよね。こうなっても」

自業自得とばかりに早織は田中の書いた依頼書を見てスンと鼻を鳴らした。

怖いもの見たさも、実際のところあったのだろうと推測される。田中はいかにもヤンチャそうな雰囲気を醸し出していたからだ。

いずれにしろ鼎はこの仕事を引き受ける事にした。さほど大変では無いと思ったらしい。


ここの所鼎は仕事を選ぶ様になっていた。やりたくない仕事は引き受けない。それがどんなに恩義のある人からの依頼であっても。

その基準は面倒そうでない事。

と、早織は判断していいる。

実際、面倒そうだから嫌だとさる政治に関わる人物からの依頼を蹴ったばかりである。せっかくの高収入だったのに、と早織はぶちぶち言ったものだ。

この陰陽庵で働いている人は結構多く、お給料はその年齢のごく一般的なサラリーマンやOLと比べてもかなり多いとおもわれる。

ちなみに早織はアルバイト扱いだが、就職活動中にみた新人求人広告に記載してある正規雇用の給料とほぼ同じ額を頂けちゃっている。まあ、保険やらなんやらは自分で加入してと言われていたり、残業代はない事を差し引いても、アルバイトとは思えない給料を貰っていることに変わりはない。他の人の給料額を聞いたわけではないけれど、早織でこれなのだからちゃんと正規雇用の人は高給なんだと判断している。


しかしだ。鼎が受ける仕事といえば最近は本当に安価な案件、それも割と簡単なものだけであるので、皆若干の不安にかられている。今回の案件だってそうだ。相手は大学生だから、その依頼料はかなり安い。

同じ様な業種の中でもこの陰陽庵の価格設定は相当安いのだ。

にも関わらず、高い賃金を支払える謎。そして高収入を断る謎。納得出来ないものがある。

「おい、今何か失礼な事を考えたろう?」

言われて早織はギクリとした。

「どうせ、また安い仕事ばかり選んでこの給料。さては何か言えない事を裏でやってるに違いないとかなんとか考えてたんじゃないのか?」

「?!」

じろりと睨まれ、さらに頭の中を読まれ早織はたじろいでしまう。

「そんなに睨まない。そう思われても仕方ないでしょ?」

奥からそう声をかけてくれたのは、およそ依頼内容の基本調査を担当する葵総太であった。くすくすと笑っている。

すらりとした肢体を滑らせるように葵も愛用のパソコン片手にソファーへと腰掛ける。

「早織ちゃん、俺にもお茶と羊羹くれる?」

「あ、はい!今持ってきます!」

走って奥へ向かうと、背中の方から急がなくていいからねーと葵の声が追いかけてきた。


葵総太はこの陰陽庵において重要な人物の一人であり、店主・鼎の次に発言権が大きい。

葵は主に鼎の受けた以来の基本調査を担当し、その基本調査を元に調査隊を動かす権限を持っている。

そんな葵は名前で呼ばれる事を嫌うので皆苗字で呼ぶ。理由は容姿に合わないからだとか。

長身をスーツで包む葵は、ちょっとしたイケメンだ。それも鼎のように冷たい感じではなく親しみやすさを持ち、朗らかで明るい。気遣いも出来るタイプなのでさぞモテるだろう。

「田中さんだっけ、依頼主。J大学の二年生だね。去年ギリギリのところで留年せずに済んだようだけど。元いたアパートを賃金の滞納で追い出されているね。今回のアパートに住まざるを得なかったってのは、それが理由かな」

田中が帰っておよそ30分。

その間に調べたらしい。

「滞納の理由のほとんどはギャンブル。毎日の日課みたいにパチンコ、麻雀。たまに競馬と競艇か。やってる事だけ見たらクズだよな〜」

こんな事まで調査できるとは恐ろしい情報網だ。

鼎は黙って葵の報告を聞いている。

「このアパートなら有名だね。別名お化け荘。昔からナニかいるって地元の人は近寄らない場所だったようだから見つけるのは簡単だったね。今、薫ちゃんと華ちゃんに行ってもらってる」

早織から出してもらった来客用の羊羹を頬張る。葵は大の甘党だ。

「いつも思うんですけど、葵さんって仕事早いですよね〜。どうやってるんですか?」

早織の言葉に葵は唇に指を当て、企業秘密だと笑って答えた。

「薫と華ならすぐ戻るな。その間に支度しておくから二人が戻ったら呼んでくれ」

そう告げて、鼎は陰陽庵の奥座敷に消えていった。

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