弟弟子
この投稿で、第一章終了となります。
一章までの設定資料を公開しますが、
本編次の投稿は7/1からになります。
結構先になってしまう上恐縮ですが、ブックマークしてもらったらまた会えると思います。m(__)m
「ウェルネスさんは、師匠の弟さんなの?」
「近いけど違うよ。魔法の弟弟子だね。一昔前までは、傲慢の魔女とかほざいてたけど、見習い時代は良かったんだ。『姉さん、姉さん』って後ろをついてきて可愛かったよ。今は全然可愛くないから喧嘩中なんだ」
「可愛いくないって喧嘩するのも、どうかと思うけど」
「一番の理由はそれじゃないよ。アイツはずっと、先生の遺言を律儀に守っているんだ。それが気に食わないんだよ」
「遺言?」
「そ。変なことを吹き込まれる前に、少し授業をしようか。私たちの、個人の歴史についてね」
レインは椅子の背もたれに深く腰掛けた。窓から差し込む月光が、彼女の銀髪をいっそう白く浮かび上がらせる。
「ウィル、原初の魔法使いを知っているかい?」
「まあ。教会の本で読んだよ。国ごと燃やし尽くした、大魔法使いだろ?」
「尾ひれが付いているけど、概ねその通り。燃やしたのは王都丸々だ。私だって、あれほどの大火はとても起こせないよ。目に焼き付いて離れない……当時は三十そこそこの若造だったのにね。どんな怪物だったのか、今更ながら気になるところだよ」
まるで、その光景をこの目で見てきたかのような口ぶりだった。
「で、その『原初』のただ一人の弟子が、私たちの先生だよ」
「……マジか」
「大マジ。先生はいつもこう言っていた。
『魔法とは万物を作り出し、方向性を与えることである。もし魔力を持ってして魔法以外の何かを望むならば、それは邪法である。不可能であり、試すこともままならない。これが魔法の原則である』……聞いたことがあるかい?」
「教本で、読んだことがある気がする。」
「よく覚えてたね。良い子だ。あの偏屈な先生が『不可能だ』なんて断言したのは、後にも先にもこれだけなんだよ。私が穴がないかコソコソ隠れて調べていたら、それはもう、烈火の如く怒られたね」
レインは髪をくるくると指で弄り、息を吐いた。
「まあ、先生が死んじゃってからは大人しくしてたんだよ。」
レインは意味もなく菓子をつまみただ眺めた。レインの先生がどんな人かは分からなかったが、彼女が慕っていたことだけは分かった。だからウィルには返す言葉を見つけられなかった。
「そっか……」
「でもねざっと五百年くらい前にいい加減もういいだろう。ってまた調べ直したんだ」
原初の魔法使いは千年前の人物なので、レインは五百年間調べるのを我慢して、そこからまた五百年間調べている事になる。何故原則の穴を探す事にそれほど執着するのか聞きたかった。しかし菓子を所在なさげに触る姿を見て、話題を戻すことにした。
「……結局、遺言ってなんなんだ?」
レインは立ち上がり、部屋を出ると同時に良い残すかのように答えた。
「『魔法の原則を決して破らせてはならない』それだけだよ」
***
その夜、ウィルはレインに言いつけられた二つの魔道具を回収するため、闇に紛れて外へ出た。
目指すは町の外壁だ。目印の場所を見つけ、職人が使う木製の足場を軽快に登っていく。
ウィルの体には、体を軽くする方陣が刻まれている。意識を回せば、驚くほど体が軽い。普段の五倍はあろうかという跳躍力で、ウィルは音もなく城壁の最上部へと飛び上がった。
周囲のレンガに混じって、レンガと寸分違わぬ姿をした魔道具が組み込むように隠されていた。
ウィルが表面を爪でカリカリと擦ると、表面の霧が晴れるように計器が現れた。
細い針が一本。それは磁石のように、正確にウィルの方を指し示している。
代わりのレンガと入れ替え、ウィルは壁を降りた。そのまま、町の反対側に設置されているもう一つの魔道具の回収へと向かう。
二つ目の計器も、やはり針はウィルの方を向いていた。
試しに計器の周りを左右に動いてみる。針は、生き物のように執拗にウィルを追い、その先端を向け続けてくる。
(……これは、俺を追跡するための道具だ)
直感した。だが、計器には目盛りも数字もない。分かるのは、対象がどちらの方向にいるかという一点のみだ。
「おい、そこで何をしている!」
不意に、下から憲兵の鋭い声が響いた。
思考に没頭するあまり、城壁の上という目立つ場所にいることを失念していた。
ウィルは即座に飛び降りようとして、ふと町全体を見渡した。その瞬間、頭の中に鮮明な図形が浮かび上がった。
二つの計器。そこから伸びる見えない二本の線。
その線が、自分という一点に向かって収束し、逃げ場を塞いでいる感覚。
二つあれば、十分なのか。
別の世界線・文明の人間が見れば三角測量とつぶやいたであろうそれだ。
町の中へ飛び降りて日常に戻るか、それとも外へ逃げ出し、この見えない鎖を引きちぎるか。
わずかな時間の中で、ウィルは迷った。
そして。
ウィルは、町の石畳の方へと身を躍らせた。
彼女との関係は、それほど悪くない。首輪を外す糸口が見えた。今はそれで良い。
着地の衝撃を膝で殺しながら、ウィルは自分にそう言い聞かせた。




