回復
ウィルが目を覚ますと、視界に入ったのは小屋の見慣れた天井だった。
起き上がろうとわずかに力を込めた瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走る。激痛ではない。だが、深く、重い痛みが肺の底に溜まっている。
そして喉に何か詰まっているにも関わらず息が出来るという異様な感覚を覚えていた。
その上、昨日まで体の中に満ちていた何かが、根こそぎ奪い去られたような奇妙な感覚だった。
「ああ、おはよう。おめでとさん。君もこれで魔法使いだ」
傍らから、軽やかなレインの声が聞こえた。
「あ……つ……」
返事をしようとしたが、喉が熱を持ったように固まっていて、掠れた音しか出ない。
「無理に話さない方がいいよ。ミレイが応急処置をしたけど、他人が魔法で治すってのは結構泥臭いやりかたになるからね。機能維持のための最低限だ。……眠れないほどではないだろう?」
ウィルはこくりと頷いた。
意識がはっきりするにつれ、昨日の光景が鮮明に蘇る。あの巨大な火柱。あれは幻ではなかったのだ。
ウィルは傍らにあった紙に、ミミズが這ったような覚えたての字を必死に綴り、問いかけた。
――自分はどれほどの怪我だったのか。
控えていたミレイが、ウィルの喉に軽く触れて答える。
「処置がなければ死んでいました。気道――息をするための管が焼けて腫れ上りかけていたため、30分もすれば気管が塞がり呼吸もできなくなっていたはずです」
ウィルはひゅっと息を呑んだ。その振動がまた胸の傷に響く。
彼はもう一度、震える手で紙に書いた。
『ありがとう』
「当然のことをしたまでです。怪我をするのを防げなかった訳ですし」
ミレイは短く、事務的に頭を下げた。
ウィルとしては助けてもらったのは有難かったが、あの何かが無理やり喉の奥に押し込まれるような、異物感と圧迫感の正体を知りたかった。
『喉に何か詰まってる気がするのは治療のせい?』
「その通りです。気管が腫れて塞がる前に気管の内側に結界を張り空気の通り道を確保しました。
後は、原始魔法の素養が高いのでちゃんと治ると意識しておけば元通りになる筈です。」
『うん。ありがとう』
レインのいう、泥臭い方法はこのことだったのかと納得した。傷を巻き戻すように治すような都合の良いものでもないようだ。
しかし、自分自身の体ならある程度融通が利くのかもしれない。
ウィルは再び天井を見上げた。それでも、この体が元通りになるまで、大人しく指示に従おう。そう心に決めた。
***
数日後。ガチャリと小気味よい音を立ててドアが開き、レインが入ってきた。
「孤児院に行きたいかい? 少しは息抜きも必要だろうしね」
「……やめとく。まだ、不安だし」
喉の調子は回復しつつあったが、無理に声を出すとまだ痛みが走り、声もひどく掠れている。あの子たちに心配をかけたくはなかった。
「そ。じゃあ、少し変わったことをしようか」
「?」
「狩りだよ。魔物狩りだ」
***
ウィルは森の中を走っていた。
複雑に絡み合う太い木の根と、水分を含んで重く沈む腐葉土。そこを全速で駆け抜けるのは、スラムの道とは比較にならないほど体力を削った。冷えた空気が喉の粘膜をチリチリと焼く。
「い、だっ……!」
突き出した根に足先をとられ、派手に前へのめり込む。その瞬間、鼻腔を刺すような獣臭と、湿気を含んだ重苦しい熱気を感じた。
顔を上げると、一頭のウォーターウルフが立ち塞がっていた。
その毛並みは不自然に濡れそぼり、滴るはずの水滴が重力に逆らって一箇所に集まりはじめる。水は狼の体表から独立して渦を巻いた。そして一振りの鋭利な弾丸へと凝縮され、放たれた。
「っ……!」
衝撃を覚悟して目を瞑った刹那、外套を中心に力強く横へ引かれた。
水弾はウィルの耳元をかすめて背後の大樹に激突する。ドォン、と大槌で硬い木肌を叩きつけたような重い衝撃音が、静かな森に響き渡った。




