アイ・ソフィア〜哲学者を撃破してレベルアップ〜
バーチャル空間で哲学を体験し学べるというソフト、『アイ・ソフィア』。
それを使えば、古の賢人たちの思想を、圧倒的没入感で体感できるという。
私は早速ヘッドセットを装着し、ダイブした。
視界が白く弾ける。次の瞬間、風が頬を撫でた。空は澄み渡り、不自然なまでに青い。
私は一歩を踏み出す。
裸足になっていた。歩くたびに、足元の芝生がかすかに揺れ、草を踏んでいる感触まである。
前方に、一人の男が横たわっていた。
両手足をぴんと伸ばし、まるで雑草のように陽光を浴びている。
「私は葦です。とても弱い存在なのです。何卒、踏まないで頂きたい」
その男――パァ~スカル氏が、地面に寝転んだまま言った。
「葦、ですか。別名ヨシとも呼ばれる稲科の植物ですね? それであなたは、葦の髄から天井を覗いているのですか?」
私は冗談を交えて尋ねてみる。
「私は……いえ、人間は、ひとくきの葦にすぎません。だがそれは、考える葦なのです」
風が吹く。
私は自分の背骨がわずかに揺れるのを感じた。
「そうですか。それであなたは何を考えているのです?」
「相手を冷たく扱うことを『鼻であしらう』といいますよね。それより上は『葦であしらう』なのではないかということについて……」
「あしで……あしらう……」
私は思わずバランスを崩し、パァ~スカル氏を踏みつけてしまった。
「へぶん!」
見るとパァ〜スカル氏は力無く手足を地面に投げ出し、弱々しく痙攣していた。
――レベルアップ。レベルが二になったよ。
そこへ、ほふく前進で近づいてくる人物がいた。
「巨人を見つけんした、巨人を見つけんした! お用心なんし、お用心なんし!」
それは、合理主義者デカルチョ氏だった。
「あの、もし?」
「どうせわっちは、踏まれりゃ潰れる蟻ん子でありんす。甘い蜜にしか縋れぬ、あさましき身でござんす」
「何のつもりです?」
何やら訳の分からないことを口走っている彼に、私は穏やかに尋ねた。
「われ思う、ゆえに、われ蟻……」
もはや情状酌量の余地すらなかった。私はデカルチョ氏をも踏みつぶした。
「われ……ありんす……」
――レベルアップ。レベルが三になったよ。
やれやれ、このバーチャル空間にはこんな奴しかいないのだろうか。
そして、またもや前方から哲学者が現れる。しかも今度は集団だ。
「私は何を知っているの? 私は何を知っているの?」
髪を振り乱し、奇妙な自問自答を繰り返しているのは、モンテーニョ氏だ。
「たぶん、あなたは何も知らない!」
私はそう言い放ち、彼の脳天に大きなタライを降らせた。
――レベルアップ。
「ねえねえ、私は自分が何も知らないことは知っているんだよーん」
すると、待ってましたとばかりに、得意気なソックリテス氏が寄ってくる。
「それだけじゃ自慢にならんッ!」
叫びつつ、ソックリテス氏の顔面にパイをぶつけた。
――レベルアップ。
さらに私は、
「自然に帰れ! ア~アア~!」
「やかましぃっ!」
ターザンごっこをしているルッソー氏のロープを切断して落下させ……
――レベルアップ。
「神は死んだ」
「お前もな!」
ゴッドスレイヤーの格好をしているニーチェッチェ氏を巨大ハリセンで大地に沈めた。
――レベルアップ。
「違うだろ、お前ら。おそらく哲学はそういうのではない。偉人が言った言葉だけを丸暗記すればいいってもんじゃないんだ」
哲学者たちは皆、いつのまにか私の前に正座していた。
「それがどういうことなのか、しっかり考えることに意味がある。だからもう少し考えてくれ。意味もよく理解していないのに、知ったかぶりしたり、揚げ足をとったりするのはやめろ。この世界には怪しい話もたくさんある。誰かの受け売りではなく、自分でしっかり考えて理解して、それでも良いと思った選択をしろ! え、考えるのオレなんかには難しいとか言うなぁ!」
泣きたいような気分で私が説教していると、最初に撃破したパァ~スカル氏がもぞもぞと動き出した。
「そうだったのか……考えた今、理解できた。私は葦ではなく……足だったのだ」
「おお!」
パァ~スカル氏は今、自分の足でしっかりと立っていた。
「人間は、一本の足である。だがそれは、クサい足である」
「言い残すことはそれだけかぁッ!」
――レベルアップ。
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