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アイ・ソフィア〜哲学者を撃破してレベルアップ〜

掲載日:2026/02/15

 バーチャル空間で哲学を体験し学べるというソフト、『アイ・ソフィア』。

 それを使えば、古の賢人たちの思想を、圧倒的没入感で体感できるという。

 私は早速ヘッドセットを装着し、ダイブした。


 視界が白く弾ける。次の瞬間、風が頬を撫でた。空は澄み渡り、不自然なまでに青い。


 私は一歩を踏み出す。


 裸足になっていた。歩くたびに、足元の芝生がかすかに揺れ、草を踏んでいる感触まである。


 前方に、一人の男が横たわっていた。

 両手足をぴんと伸ばし、まるで雑草のように陽光を浴びている。


「私は(あし)です。とても弱い存在なのです。何卒、踏まないで頂きたい」


 その男――パァ~スカル氏が、地面に寝転んだまま言った。


「葦、ですか。別名ヨシとも呼ばれる稲科の植物ですね? それであなたは、葦の髄から天井を覗いているのですか?」


 私は冗談を交えて尋ねてみる。


「私は……いえ、人間は、ひとくきの葦にすぎません。だがそれは、考える葦なのです」


 風が吹く。

 私は自分の背骨がわずかに揺れるのを感じた。


「そうですか。それであなたは何を考えているのです?」


「相手を冷たく扱うことを『鼻であしらう』といいますよね。それより上は『葦であしらう』なのではないかということについて……」


「あしで……あしらう……」


 私は思わずバランスを崩し、パァ~スカル氏を踏みつけてしまった。


「へぶん!」


 見るとパァ〜スカル氏は力無く手足を地面に投げ出し、弱々しく痙攣していた。


 ――レベルアップ。レベルが二になったよ。


 そこへ、ほふく前進で近づいてくる人物がいた。


「巨人を見つけんした、巨人を見つけんした! お用心なんし、お用心なんし!」


 それは、合理主義者デカルチョ氏だった。


「あの、もし?」


「どうせわっちは、踏まれりゃ潰れる蟻ん子でありんす。甘い蜜にしか縋れぬ、あさましき身でござんす」


「何のつもりです?」


 何やら訳の分からないことを口走っている彼に、私は穏やかに尋ねた。


「われ思う、ゆえに、われ蟻……」


 もはや情状酌量の余地すらなかった。私はデカルチョ氏をも踏みつぶした。


「われ……ありんす……」


 ――レベルアップ。レベルが三になったよ。


 やれやれ、このバーチャル空間にはこんな奴しかいないのだろうか。

 そして、またもや前方から哲学者が現れる。しかも今度は集団だ。


「私は何を知っているの? 私は何を知っているの?」


 髪を振り乱し、奇妙な自問自答を繰り返しているのは、モンテーニョ氏だ。


「たぶん、あなたは何も知らない!」


 私はそう言い放ち、彼の脳天に大きなタライを降らせた。


 ――レベルアップ。


「ねえねえ、私は自分が何も知らないことは知っているんだよーん」


 すると、待ってましたとばかりに、得意気なソックリテス氏が寄ってくる。


「それだけじゃ自慢にならんッ!」


 叫びつつ、ソックリテス氏の顔面にパイをぶつけた。


 ――レベルアップ。


 さらに私は、


「自然に帰れ! ア~アア~!」


「やかましぃっ!」


 ターザンごっこをしているルッソー氏のロープを切断して落下させ……


 ――レベルアップ。


「神は死んだ」


「お前もな!」


 ゴッドスレイヤーの格好をしているニーチェッチェ氏を巨大ハリセンで大地に沈めた。


 ――レベルアップ。


「違うだろ、お前ら。おそらく哲学はそういうのではない。偉人が言った言葉だけを丸暗記すればいいってもんじゃないんだ」


 哲学者たちは皆、いつのまにか私の前に正座していた。


「それがどういうことなのか、しっかり考えることに意味がある。だからもう少し考えてくれ。意味もよく理解していないのに、知ったかぶりしたり、揚げ足をとったりするのはやめろ。この世界には怪しい話もたくさんある。誰かの受け売りではなく、自分でしっかり考えて理解して、それでも良いと思った選択をしろ! え、考えるのオレなんかには難しいとか言うなぁ!」


 泣きたいような気分で私が説教していると、最初に撃破したパァ~スカル氏がもぞもぞと動き出した。


「そうだったのか……考えた今、理解できた。私は葦ではなく……足だったのだ」


「おお!」


 パァ~スカル氏は今、自分の足でしっかりと立っていた。


「人間は、一本の足である。だがそれは、クサい足である」


「言い残すことはそれだけかぁッ!」


 ――レベルアップ。

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