表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

前世の婚約破棄は転生面接において不利でしかなかった

掲載日:2026/02/05

「では、コッケイナーさん。あなたの前世のご職業を」

「王太子です」


 荘厳な宮殿ではあるが、並んだ椅子は簡素な折り畳みだった。

 コッケイナーの前方には、黒縁の眼鏡をかけた面接官が三人座っている。


「はん……王太子、ねえ。王族の方、よくうちに来られるんですよ」

「貴世界は生産性の高さ、住民の幸福度の高さが群を抜いておられる。私のような、王族として整った環境で生きてきた者の志望が多いのは当然かと存じています」


 コッケイナーは練習した定型文にオリジナリティを交えて答えた。

 ここが、希望した転生先の異世界の、第五志望だとは黙っておく。


「うちの異世界も、優秀な人間はあふれておりまして……今回の募集は『豚』への転生だと、ご理解いただけておりますか?」

「……豚?」

「はい。求人票のここに、書いているのですが」


 ぺらっと面接官が見せた紙には、小さな文字でこうあった。

『募集種族:豚』


「元王族の方が豚になるの、大丈夫ですか?」


 コッケイナーは膝の上で拳を握りしめた。

 しかし、ここが希望する異世界転生の最後の砦なのだ。

 いつ破滅するかもわからない中小異世界に転生するのは嫌だった。

 聞いた話では、中小の異世界ではしょっちゅう魔王が発生し、命は無残に失われる。

 もっとひどいと、世界はセイキマツ真っ只中で、住人は「ヒャッハー!」をしており、最悪な生命体験しかできないと聞く。


 安穏とした生活が保障される、スローライフ物語な大きい異世界に転生したい。


(たとえ……豚でも。のんびりと生活ができるなら)


 腹に力をこめ、コッケイナーは民衆に布告するようにしっかり言葉を発した。


「はい、豚でも構いません」


 面接官は顔を見合わせてウンウン頷いている。

 コッケイナーはいい手応えを感じた。


「ではここで、閻魔庁資料の『前世履歴動画』をチェックさせていただきます」


(来たか……)


 奥歯を噛み締めた。これがくるといつも雲行きは最悪になる。

 しかし今回こそは、うまく進むかもしれない。

 コッケイナーは資料の開示に同意した。

 コッケイナーの前世が、横に待機していたスクリーンに映されていく。


「あ! 待ってください! 今のここって!?」


 面接官の疑問を受けて、前世動画がキュルキュルと前戻りした。



『エンザイテ、君との婚約は破棄にする!!』

『そんな……私はこれからどうすれば……!』

『知らんな、恥知らずな真似をして王家の名を汚した罰で処刑は免れないだろう』

『待って……お話を聞いてください、婚約者でしょう私たち』

『離せ! ええい! 離さんか! 衛兵』

『コッケイナーさま……!』


「こ、婚約破棄……! 主任! この人、婚約破棄やらかしてますよ!」

「なんてひどい……」

「人道に反しますよね」


 予想していた反応だった。

 しかし、今回は対策を練ってきた。コッケイナーは面接官たちに訴える。


「このとき、私も婚約破棄すべきだとそそのかされていまして……」


 するはずだった反論は遮られる。


「そそのかされたからって、アッサリしていいもんじゃないでしょう?」

「処刑って言ってますよね? 裁判もなく?」

「野蛮な世界ですね」


 コッケイナーは前のめりになって話に割って入る。


「いえ、それは彼女の受けた冤罪が大きく、国民感情がですね……」

「え!? いま冤罪って言いました?」

「はい」

「この……元婚約者さん、冤罪だったんですか?」

「あとから、発覚しました」

「あとからって……この、婚約者さんはどうされたんですか?」

「すでに処刑されてから発覚したのです」

「こ、この娘さん、殺されちゃったんですか!?」

「はあ、はい……」

「なんということでしょう!!!」


 面接官たちは一気にヒいた顔になった。

 ヒソヒソ三人で交わして、ウン、と頷きあう。


「すみませんが、あなたとうちの異世界では倫理観が激しく異なっているようです」

「他の異世界を探してください」

「良い転生をお祈りしております」



 ◇



(今回も転生ならず──か)


 数多の世界の死亡者がやってくるここは……天国。ただし、永遠の安寧を与えてくれるところではない。

 ここにいる限り、食べ物も酒も楽しめない。冷感も熱感もない。生きているという実感がない。

 誰もが新たな世界への転生を希望しているが、昨今は異世界がレッドオーシャン。

 しかも過酷な世界が多く、大量の死亡者──志望者があふれかえり、安穏とした転生先は競争だった。


 コッケイナーは公園のベンチで転生情報誌を丸めて握った。


 眠る必要がないから家もない、くつろぐことはできず、その必要もない。

 ただ毎日、前世の自分に足を引っ張られながら別の自分への転生を努力する。

 そう──コッケイナーはもうコッケイナーであることをやめてしまいたかった。


 前世の罪が心に重いのである。


(はやく、俺じゃない俺になりたい。……もういっそ言葉が喋れれば入れる異世界で妥協するか?)


 たとえすぐに死んで、またこの天国に戻ってくることになっても──

 それは、もうコッケイナーではない『誰か』なのだ。


「もし、そこの青年」


 頭を抱えていたコッケイナーは、それが自分への呼びかけと思わなかった。


「もし、あなたですよ」


 トントン、と肩を叩かれて顔を上げる。


「ヒッ」


 そこには真っ黒な円盤に、孔雀のような極彩色で模様が描かれた仮面があった。

 正確には、仮面をつけた人物が。

 男か女かもわからない。

 呼びかけは女性の声であったが……。


「コッケイナーさん、でお間違いないですね? あなたに紹介したい転生面接があります」

「……は? 私の志望はスローライフ系の大異世界ですが。それに……その規模の異世界は私の経歴を嫌がるのですが」

「だいじょうぶ。これはいわゆる閉じた転生応募でして。公募ではないんです」


 コッケイナーは眉間に皺を寄せた。

 怪しい。


(こいつは、よくない転生ブローカーではないだろうか?)


 転生に困った魂を、杜撰な異世界に人材として斡旋するという。

 うっかり転生させられたら、記憶がなくなるのだから泣き寝入りになる。


「これほどのチャンスは、またとないですよ? あなたのような婚約破棄持ちが、大異世界に転生できる……なんて」

「胡散臭すぎるぞ」

「ではこれをご覧ください」


 しゃらり、と仮面が取り出したのは神から許可をもらった者のみが持てるメダリオンだった。

 いわば天国での絶対の保証書。


「そんなものを持っている人間がなぜ……」

「こちらの詮索はやめてください。このお話、受けますか? それだけを教えてください」


 神の保証を見せられても、怪しいものは怪しい。

 しかし……荒んだ中小世界行きも覚悟していたくらいだ。

 豚になることすら受け入れられた。

 これ以上、なんの怖いことがあるだろう。


「受けましょう、その面接に連れて行ってください」


 気のせいか、仮面の模様がグネグネと、笑んで見えた。



 ◇



 案内された場所はとてつもなく大きな聖堂だった。

 こんな大きな面接会場を用意できるだけでも、これから面接を受ける異世界への期待が膨らむ。


「さあ、こちらの椅子にかけて、呼ばれたらそこの部屋に入ってくださいね」


 その椅子の豪華さに異様だという思いが増幅した。

 やはりここへ来た判断は間違っていたのではないか?

 質のいい革の座面から尻を浮かせかけた時、「コッケイナーさん」と部屋の中から呼び声がした。

 散々叩きこんだマニュアルにそって、中に入ったら最初に一礼した。

 かけてくださいと言われてから簡素な椅子に座って、まっすぐ前を見る。


 仮面だ。


 先ほどコッケイナーを誘った人物とまったく同じ、渦巻きが常に極彩色に動く面が、横並びに三つ。

 仮面から続く黒い布に覆われてあとの容貌はわからない面接官たち……の、はずが真ん中の一人だけは体格が隆々としすぎて目立つとか、左は小柄とかで一応の区別がつく。


「特別枠転生の面接へ……」


「ようこそ!」と後半だけ三人の面接官全員で掛け声のように復唱した。


 ビビり散らしたコッケイナーの前で、隆々とした体格の仮面が「これを見よ!」と言わんばかりに神のメダリオンを出した。

 間違うはずがない、この世界の空にいつもある七色の魔法陣と同じものがそこから浮かんでいる。


「募集要項を確認されていないと思うので、まずは紙面をお渡しして説明させていただきます」


 仮面のうち、小柄な一人がぴら、っとコッケイナーに書類を渡した。


「この面接は天界判定一級のスローライフ世界、『牧歌物語』の住民としての転生のためのものになります」


 コッケイナーは紙面を見てゴクリと唾を飲んだ。

 まず確認した転生先の種族は『人間』。世界規模も希望していた以上の大異世界。正直……喉から手が出そうなほど合格したい。


「この世界を志望されますか?」

「はい、是非とも!」


 面接官たちはヒソヒソと囁き合う。なんとなくイヤな既視感があった。


「では、閻魔庁資料の『前世履歴動画』を拝見させていただきましょう」


(出た!)


 コッケイナーの関門である。

 キュルキュルと手頃な部分を探して動画をいじる面接官の手が止まる。


「ちょっとそこで止めてください」


(ああ、また婚約破棄か?)


 画面にやった目に映ったのは彼の婚約者だったエンザイテとの一幕だった。



『今日は牧場に連れてきていただきありがとうございます』

『こんなのが面白いのか?』

『私たちの食べ物を作ってくれているのですよ、面白いですよ』

『まあ、豚の親子とニワトリの親子を見られたのは楽しかった』

『でしょう』

『だがあれは、やがて食べられてしまうのだろう?』

『そうですね……でも、だからこそ知っていてほしかったのです』

『悪くなかった……いずれ、後継ぎが生まれたら、連れてきたいな』

『……! こ、コッケイナー様、あの……』

『君も一緒に来るんだぞ、その子の母親なんだから』

『……お約束、ですね』



「微笑ましい将来の約束ですね。彼女と婚約したのは政略で?」

「……はい、婚約だけは幼い頃から。それは……実際結婚話を進めようと会うようになってから半年ほどの出来事です」

「いい関係だったようじゃないですか。愛情はあったんですか?」


 コッケイナーは唇を噛む。久方ぶりに見たエンザイテの花ほころぶような赤面した笑顔が、コッケイナーが深くにしまった心をかき乱して浮かせる。


「……愛していましたよ」


 三人の面接官のうち誰かから、息を呑むような音が聞こえた。


「政略で結びつけられた仲だったのに?」

「エンザイテは控えめで貞淑な、気立ての良い娘だったのです。彼女とお茶の時間をとって話す時、いつも楽しかった……妻になると決まっていたのもあって、当初は愛情を持とうと自分に仕向けましたが、すぐ必要無くなった」


 コッケイナーは手を震わせていた。目が霞む。いや、目にゆらゆらと膜ができていた。


「なぜ、今でも泣くくらい愛していたその人を、信じてあげなかったのですか?」


 長くため息を吐いて、コッケイナーは答える。己の大失点を──。


「エンザイテが罪を犯していると密告してきたのは、聖王の……宗教上の最高責任者の娘だったのです。神子である女性が嘘をつくとは、当時、敬虔な信者であった私には考えつかないことでした。そして──その話が本当であるなら、信じていたエンザイテが私を裏切っていたのだと……近かった分、いっそう憎らしくなった」

「信仰が、あなたの判断を曇らせた、と。その聖王の娘さん? いったいなんでエンザイテさんに無実の罪を?」

「彼女は……王太子妃の立場に目が眩んだことからそういう行動に出たのです。私に懸想していたことも、引き金だったようですが」

「誰も疑わなかったんですか?」

「エンザイテの家族以外は。あとはみな、私と同じでした。聖王の娘の証言ならば、と」

「とんでもないじゃないですか!」

「前世界での枠組みでしたから……」

「その信仰、今でも固いんですか?」

「いいえ。ここに来て『神』という存在がいかに教義と異なっていたか、よくわかりました」


 コッケイナーが前世で行った婚約破棄は許されなかった。両親や信仰が許しても、冤罪で娘を処刑されたエンザイテの身内が許さなかったのだ。

 死んでこの世界でコッケイナーが手にした『死亡事由書』にはこう記されていた。『怨恨による毒殺』。


(それほどに、私を恨んだのだな……それも当然だ)


「それで、もうエンザイテさんのことは忘れたんですか?」

「いいえ」

「おや? あなたの死亡原因でもあるのに?」

「彼女のことを片時も忘れたことはありません。私は……愛する女性を死なせてしまった」

「悔いておられる?」

「もちろん」

「もしかして、今もエンザイテさんに会いたいと思われます?」


 ほろり、と顎から涙が粒になって落ちた。


「会いたいですよ……! 会えるものなら」


 正面で顎に手を当てた面接官が言った。


「図々しくないですかねえ」

「ええ、図々しいですね。でも、……俺はっ、会えるものなら彼女に会って、詫びて……もう一度だけでいいから、彼女を抱きしめたかった。……エンザイテを、愛しているから。今も」


 コッケイナーは拳を握り、立ち上がって力説していた。


(しまった、面接というのを忘れて感情的になってしまった。……これで、この面接も終わりだ)


 歯を食いしばって、まずは着席しようとしたところで──


「その言葉が、聞きたかったのです」


 降るように、女性の声がした。一番小柄な面接官がすくっと立ち上がる。

 おもむろに、取り外した仮面、その下の顔は。


「え……エンザイテ!?」


 コッケイナーの驚愕の声に、エンザイテは儚く微笑む。


「お別れになった時は……ただただ「どうして」と悲しく、虚しかったものですが……あなたも苦労されたのね」

「……あ、う」

「どうしたの? もう一度抱きしめてくれるのではなかったのですか?」

「エンザイテっ!」


 数歩の距離を一気に詰め、コッケイナーはエンザイテをかき抱いた。

 エンザイテは一瞬手を震わせて、コッケイナーの背へと伸ばす。


「……すまない。本当にすまなかった。俺が……信じるべきは君だったのに」


 かすかに首を振り、エンザイテはコッケイナーの背を撫でる。


「……もう死後ですから。不思議ですね。こんな世界があろうとは、前世では思いもしなかった」

「そうだな……」

「ここにきた時に、神さまが私の運命はあんまりだったって……温情をくれたんです。次の転生で、同じ世界を生きたい人を連れてきていいって。この面接を開く資格をくれました」

「それ、俺でいいのか」

「はい。……ただ、次の世界で会えるかまでは保証されていないのですが……どうしましょう。それでも私と来てくださいますか?」

「……行けるのなら行く。君を、次の世界で見つけ出すから」

「あらあら。記憶も無くなるのに、大きなことを言いましたね」

「次こそ、君と添い遂げたいんだ」


 エンザイテはコッケイナーと手を繋ぎ、残りの面接官に告げる。


「では、先は決まりました。私はこの方と次の世界に参ります」


 部屋の奥の扉が開いて、白い光が差した。その先は眩しくて見通せない。


「前世の婚約破棄のせいで、面接が不利になったことを恨みもしたが……これでよかった。また君と同じ世界で生きられるのだから」

「今度会えたら、また農園に遊びにいきましょう」

「……ああ!」


 コッケイナーとエンザイテは仲睦まじく手を取り合ったまま、先への扉に入っていった。



 ◇



「あーあ、エンザイテちゃん働き者でいい子だったのにね。行っちゃった」

「ずっと気にかけていた人と行けたんだから、よかったではないか」


 残った面接官が部屋を片付けながら同僚を想っていれば、呼び出し音が鳴り響く。


「あ、通知だ。へえ〜、エンザイテちゃんの転生、追加指示きた」

「なになに?」

「あの転生事案にタグつけとけって」


 指示にあったタグの内容は──『運命の恋人につき、必然の出会い』


 Happy End




面接が最後まで進んでからエンザイテが正体を明かして

コッケイナーを面接で切るような……ホラーテイストのエンドにもできて

エンドの候補としてよぎったのですが、結局キャラクターがかわいくなってしまいました。

彼らに素敵な未来を約束したくなり、ハッピーエンドとなりました。

あまあまな作者です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ