第十一話 触れる
それからの日々、護衛という名目のもと、ドレスの仕立てや式の打ち合わせなど、王城へ呼ばれる機会には、必ず第二王子殿下の姿があった。
何かと気にかけてくださることはありがたかったが、殿下が侯爵家に頻繁に足を運ぶことが知られれば、継母や義妹たちがよからぬことを企むに違いない。
そのことを正直に伝えると、殿下は静かにうなずき、私のために馬車だけを手配してくださるようになった。
王太子殿下が打ち合わせに姿を見せることは一度もなかった。
その代わりに、侍女頭や文官たちが淡々と指示を出し、ときには第二王子殿下自らが采配を振るうこともある。
その誠実な姿に胸が熱くなるたび、私は自分の中に芽生えた淡い思いが、どれほど愚かで叶わぬものかを思い知らされた。
なるべく距離を置こうと努めていたが、心は思うように言うことをきかない。
そして、その日も――。
「疲れているのか?」
当日の警備体制について説明を受けていたとき、ふいに投げかけられた殿下の声に、私は小さく顔を上げた。
「え……?」
気づけば、視線がまっすぐに交わる。
「いえ、大丈夫です」
慌てて首を横に振ると、殿下はそっと侍女に何かを指示し、すぐにこちらへと向き直った。
「俺の体力で考えてしまっていたな。申し訳ない。少し休憩にしよう」
「いえ、そんな……」
第二王子殿下はただ、王太子殿下の命に従っているだけだというのに、私のことまで気遣わせてしまっている。
申し訳なくてせめて笑顔だけでもと、無理に口元をほころばせた。
けれど、殿下は淡々とした声で口を開く。
「その笑みをしているときは、無理をしている時だともう知っている」
言葉の意味を理解するより早く、殿下はソファにかけていた私へ手を伸ばした。
驚きで身を固くする私の手を、彼はためらうことなく取ると、少し強引に立ち上がらせ、バルコニーへと向かう。
「すまない、許可もなく触れてしまったが……外の方が、少しは気分もいいだろう。今日はとてもいい天気だ」
殿下の低く穏やかな声に促され、私はそっと空を見上げた。
澄み渡るような青空に、白い雲が漂っている。あまりの美しさに、一瞬、息を呑んだ。
思えば、こうして空を見上げたのはいつ以来だろう。
虐げられてきた日々の中で、心を休める時間などほとんどなかった。
深く息を吐き出すと、胸の奥の張りつめたものが少しだけほどけていくのがわかった。
自分でも気づかないうちに、神経を使っていたのだろう。それすら気づいていなかったのか……。
テラスの手すりに指をかけ、王宮の庭を見下ろす。
色とりどりの花々が咲き乱れ、風に揺れながら陽の光を受けてきらめいている。
「きれいですね。確かに少し疲れていたかもしれません。ありがとうございます」
お礼を伝えると、殿下は「そうか」とだけを答えた。
私たちの関係はこれから義理の兄と妹という関係になる。『親族になるのだから』そう言われた。そう家族になるのだ。
これは家族に対する優しさであり、気遣いーー。そう自分に言い聞かす。
いくら、穏やかで初めて感じる甘やかな時間だとしても、それは私が勝手に幻想を抱いているだけ。
でも、家族として、妹として接するなら一緒にいても許される?
そんなことを思ってしまった時、侍女がお茶を入れて持ってくれた。
何も言えないまま、私たちは景色を見ながらティーカップに手を伸ばした。




