第九話 奪う
殿下の姿が遠ざかると同時に、屋敷の中に重い沈黙が落ちた。
誰もが息を潜めるような静寂――その中で、最初に口を開いたのはマリーネだった。
「……お姉さまったら、まるで王族の方に取り入るような真似をして」
その声音には、あからさまな敵意と嫉妬が滲んでいた。
「ねえ、どうして第二王子殿下がお見えになったの? 王太子殿下に呼ばれたのでしょう?」
レオノーラ様も同じように気に入らないようで、氷のような視線を私に向ける。
「それは……」
何と答えればいいのか、分からなかった。
王太子殿下は最低の人間で、魔力が暴走し、それを第二王子殿下が止めてくださった――。
だから、詫びのつもりでここまで送ってくださったのだ。
それが真実だったが、口にしたところで信じてもらえるはずもない。
それに、マリーネが第二王子殿下に向けていたあの視線を思い出す。
――あれは、明らかに“興味”だった。
「ねえ、お父さま。私、あの方がいいわ」
マリーネが楽しげに言い出した。
「王太子殿下にはよくない噂も多いでしょう? その点、アラン様は騎士団長で、強くて、誠実そうだもの」
やっぱりーー。
そこまで思って、自分でもおかしくなってしまいそうになる。
王太子殿下のときには、あの義妹と比べられることがただ悔しくて、「変わりたい」と思っただけだったのに、第二王子殿下のときは――どうしてだろう、胸が痛む。
少し優しくされただけで、こんなにも心が乱れるなんて。
自分でも笑ってしまいそうだが、これ以上こんな言い争いをしても仕方がない。
「部屋に戻ります」
そう言って頭を下げると、誰も私を引き止めようとはしなかった。
ただ、背中に感じる冷たい視線だけが、長く尾を引いた。
北棟へ向かう廊下は、日が落ちてすでに薄暗い。
けれどその静けさが、今の私には唯一の救いだった。
◇◇◇
それから一週間後、王城からの命で私は再び登城することになった。
今回もまた、品のないドレスを渡されるのだろうと覚悟していたため、この一週間、こっそりと母が残したドレスを縫い直し、何とか見られる形に仕立てた。
あの悪趣味な布地よりは、まだましだと思えたからだ。
もっとも、また無理やり着せ替えられるかもしれない――そう覚悟していたが、意外にも継母たちは第二王子殿下に夢中のようで、何も言われずに済んだことにほっと胸を撫で下ろした。
もちろん、見送りなどあるはずもない。
私はひとり、王家の使いの馬車に乗り込んだ。
この間の非礼を咎められるのだろうか――。
王太子殿下にあのような口をきいたのは確かに間違いだったが、あの時は、どうしても抑えきれなかった。
小さく息を吐くと、馬車は王城の門をくぐる。
けれど、進む道が先日とは違うことに気づく。
しばらく走ったのち、豪奢というよりも落ち着いた佇まいの、もうひとつの城の前で馬車は止まった。
「どうぞ」
促されて外に出ると、執事らしき人物と侍女たちが恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりました」
前回とはまるで違う、穏やかで温かな空気に包まれ、私は戸惑いながらも案内に従った。
廊下には明るい日差しが差し込み、壁際には花と緑が飾られている。
まるで、先日の王城とは別世界のようだった。
やがて、大扉の前で足が止まる。
侍女が「お着きになりました」と声をかけると、すぐに返ってきたのは、あの静かで低い声。
「入れ」
その瞬間、思わず肩が跳ねた。
――第二王子殿下?
なぜ……? 私は、応対に来る王太子殿下に呼ばれたはずでは――。




