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小薗京陽は青春を俯瞰したい(3)


 猫派と犬派がいるのだから、安易に相手を猫にたとえるのも問題だと思う。

 でもまあ、会話の広げ方としては悪くない。

 本命に対してはもうちょっと慎重に歩み寄ることをおすすめする。

 愛用品や見た目のイメージで決めつけられて、雑に褒められるとヘイトを集める。

 ここはアドバイスしてやるべきかと考えながら、俺は小薗に並ぶように歩いていく。


 この学校には屋根が設置されていない階段や通路がとにかく多い。

 四季を愛でるためとかなんとか言われているが、増築と改築を重ねた結果だろう。

 そこを通るのが近道とわかっていても雨天や強風だと尻込みしてしまう。

 奏美高等学校の名所となっている『彩のプロムナード』ほどではないが、常緑が美しい外回り通路を俺は気に入っている。

 階段に沿う形の花壇には様々な種類のアジサイが植えられている。次の季節には綺麗なグラデーションを楽しめるはずだ。

 

 道幅が狭いため、小薗とは前後になってしまうけれどよく通る声はちゃんと聞き取れた。

 カフェの看板アートが日替わりで植物を紹介するようになったのはコーヒー好きの教頭の発案だとか、音楽室に鳥が入り込んで授業がストップしたとか、俺の知らない情報を小薗が提供してくれる。


 いくつかの話題から、相手との共通項を見つけていき、反応が良かったものを拾い上げていく。

 好感度を上げるための基礎的なテクニックなのだろうが、小薗の雑談は独り言のようなもので俺の返答は求めていない風だった。

 一方的に喋ってはいても時々こちらを振り返ってくれるし、この学校に関することなら小ネタだって興味深い。

 食堂のあんかけパスタが熱々すぎて完食に時間がかかるという話に出てきたクラスメイトの麺に対する謎のこだわりには笑ってしまった。

 食べ物ネタはやっぱり鉄板で盛り上がる。

 取り繕えず変な顔になった俺を見て、小薗はなんだかうれしそうにしていた。


 誰かの心に飛び込みたいなら、勢いこそが要だ。

 AIに生成されたような言葉より、人の熱意やこだわりが相手との距離を詰める。

 当たって砕けろというやつだ。

 気持ちを探るようなスローペースじゃ、恋なんて始まらない。

 俺は警戒心の強い猫じゃないし、近づく者に吠えかかったりしない。

 本命でもない俺には、もっと気楽に接したらいいのに小薗からは緊張感みたいなものが抜けきれない。

 だったら、ゆるくて有益な会話のお手本を俺が実践した方が早い。


「ここのカフェのカツサンドってその場で揚げたて挟むから美味いって評判らしい。マキタのカツサンドほどボリュームはないけど、ソースとパンのベストバランスはアレより上だって、うちのクラスの上織がベタ褒めしてた」


 小薗の口は開いたまま、ギャグ漫画みたいなひし形でかたまる。好きな子の名前というのはこいつにとってそれほど気になるワードなのだろう。

 ストレートに球を放って、その後はスローカーブ。 変化をつけながら話題を膨らませるのは難しいことではない。

 

「カツサンドなら、去年の汐出神社の夏祭で買ったのが俺の中ではベストだな。上織にその話をしたら、今年は一緒に行ってみることになってさ。予定がなければ小薗ももどう……」


 上織と近づけるスピーディーな展開に感動したのか、小薗の瞳は潤んでいた。

 新入生の大半は、中学生の面影を残したままなのにこいつの容姿は完成形に近い。

 それなのに、コクコクと頷いて喜んでいる小薗が可愛いわんこにしか見えなくなる。


 上織が浴衣を着てくるかわからないが、俺ははぐれたふりをして夏祭りデートの場を用意してやるべきだろうか。

 こいつが相手の意志を無視して襲いかかる馬鹿犬なら好機なんて与えてはならない。

 夏休み前にはその判定も確実になるだろう。


 7月末に開催される汐出神社祭は近隣の人間だけが集まる小さなイベントだった。

 3年前、市立大の学生たちが立ち上げた『街の灯実行委員会』が関わるようになってからテレビやネットで取り上げられることが多くなった。

 参道一帯が開放されたことで、企業ブースや地域のグルメ出店が相次ぎ、集客力のある催しとなっていったのだ。

 アイデアを取り入れた結果、伝統からはそれた気もするが花火が盛大になったことで地元民も寛大に受け止めてくれている。


 風鈴の涼し気なトンネルや優美な提灯。

 皆が一斉にカメラを向ける花手水は、地元のフラワーショップによるプロデュース。

 受けそうなものを何でも採用する貪欲さは、夏という季節の情熱とは相性がいいようである。


 そういえば縁結びの風鈴とやらもあるらしい。

 二人が仲睦まじく風鈴を選ぶ場面を想像していると現実の小薗から声をかけられる。


「汐出神社で買ったカツサンドってキッチンカーの?」

「そう、エビカツサンドが売りみたいで店員さんがエビの帽子かぶってた。ん? もしかして小薗も祭に参加してたのか?」

「参加してたっていうか、姉ちゃんに頼まれて手伝ってた。そのキッチンカー」


 小薗の身内を褒めて好感度を上げる作戦ではなかったのに、どうやら俺はポイントを稼いでしまったらしい。

 家族の作ったものを評価されて、嫌な気持ちになるヤツはいないのである。


「オレと黄青埼って、なんか縁があるのかも」


 妙なフラグが立ちそうな気がして俺は表情を引きつらせる。早めに上織と両思いルートに進んでもらわないと小薗の中に俺という選択肢が発生してしまう。

 甘酸っぱい恋愛の渦中になんて、俺は飛び込みたくないし飛沫だってかかりたくない。

 


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