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小薗京陽は青春を俯瞰したい(2)

 

 誰からも好かれる人間なんているはずない。

 好感度の高さなら、新入生の上位どころか学校全体のトップに立てそうな小薗にだってアンチはつく。

 自分に無いものに惹かれたり、妬んだり、人の心は複雑怪奇で読み難い。

 

 こちらからの好意や興味の矢印がなくても、小薗は果敢に近づいてきた。

 前向きなのも打たれ強いのも資質だと思っていたけれど、意外とこいつは多面的な性格をしている。

 誰にでも愛想はいいくせに、優しさの安売りはしない。   人懐っこさと相反する冷めた思考。

 興味の対象以外に脳のリソースをさかないタイプなのだろう。

 腹黒とまではいかないが、愛らしく尻尾をふる子犬モードは擬態のひとつだ。

 

 持ってきた鞄からファイルを取り出し、印刷された校内マップを広げた小薗が説明を始める。


「マーカーでチェックしたところが俺たちの活動拠点の候補3つ。今のまま少人数体制でいくなら、狭くても綺麗で使いやすそうなここが一番いいと思う。ただここはWi-Fi入ってないから、同好会用のパソコンが確保出来ないなら、個人タブレットが使えるこっちじゃないと不便だな」


 指先でトントンと離れた2点を示しながら小薗が語る。

 聞き取りやすい声と過不足ない説明。情報を伝えることは得意なのだろう。


「で、A棟4階の空き教室を朔也は最初に候補からはずしたんだが、オレとしてはここの広さと眺めを推したい。とりあえず全部、見て回らないか? 外回りで行けば自販機の近くも通るし、カフェも近い。ホットコーヒーの調達はその時でもOK?」


 口角をあげて笑う小薗からあざとさは感じられない。 

 疑り深く慎重な俺から、警戒心をはぎ取っていくのは突風ではなくやわらかな陽射しなのだ。

 

 小薗には幼馴染の美鷹というニコイチがいるし、桜にたとえる想い人もいる。

 彼の好意は広範囲に与えられるもので、特別なものじゃない。

 だったら、気兼ねなく受け取ってもいいはずだ。


「外に設置されたカップ自販機って衛生的にヤバいから飲みたくないって女子が話してた。機械の中に虫とか入ってくるんだってさ」

「あ、じゃあ缶のホットがあるとこかカフェに寄った方がいいよな」


 オープンスクールの時に誰もが迷うと言われる奏美高等学校の複雑な構造に俺たちはもう慣れた。

 小薗が指先で示した方角はほぼ正解で、やっぱりこいつは勘も良さそうだとあらためて評価する。


「いや、別に俺は気にしないし、ホットってことは煮沸消毒されたようなもんだから」

「ホットドリンクの温度設定ってぬるめだろ?」

「冷たいのよりは、火を通したようなものだから平気だ」


 なんてことないやりとりなのに、小薗の笑いのツボをかすめたのだろう。しっかりした両肩をふるわせて笑う様子はなんだか子どもっぽかった。


「黄青埼って、ぽわっしてるよな」


 上織のみに与えられる表現だと思っていたのに、小薗にとっては頻出ワードなのだろう。

 

「言われたことはないな」

「そりゃあ、クールでクレバーだって言われてるもんな。黄青埼って」

「初耳だ」

「まあ、本人を前には言わないだろ。きゃあきゃあさわがれるの嫌がりそうだし」


 うっすらと笑いながら、小薗が顔をこちらに向けた。

 色素の薄い瞳がゆらめくと魅入られて動けなくなる。


「黄青埼の目は、どうしてそんなにおおきいの?」


 童話の場面を再現したような質問に俺は即答する。


「お前の顔をよく見るため、だろ? 指摘されるほど目が大きくはないけどな」


 かまって!遊んで!と期待する子犬に応えたつもりだったのに、小薗は盛大に照れていた。

 何もかも見透かしたような表情より、こっちの方が本質なら犬属性は確定である。


「……っせざき、って……」


 綺麗な色を重ねてにじませ生まれる目の色。

 美化フィルターがなくても見惚れる容姿の人間は存在する。人生は不平等で幸運の偏りも多発する。けれど、人は恵まれた人に、整ったものに惹かれていく。

 心音が内側から響くこの感じも恋の予兆などではなく、美への賞賛だ。


 俺は手に入らないものにあこがれたり、焦がれたりしたくない。

 好きになるなら、向こうの初恋から最後まで確約してもらえないと嫌だ。たぶん、俺の恋愛観は重くてめんどくさい。

 自覚があるから、恋をするなら相手を厳選したい。

 トクンと安易に高鳴る心臓に俺はリセマラを命じる。


「……あのさ、朔也のこと、気に入ってたりする?」


 的はずれな質問は、同好会メンバー内での揉め事を回避したいからだろうか。

 教師と生徒の軽はずみな恋愛は許されないし、成人と未成年との関係は犯罪に密接している。だけど、卒業後の進展に関しては強く反対すべき理由もない。

 堰守先生が年長者として、期待を持たせることなく線引きしているのなら、美鷹からの矢印が多少大きくたって問題ない。

 

「今は応援してやれないけど、卒業後まで駆け抜ける覚悟があるなら俺は邪魔しない。俺が同好会に入る気になったのは、美鷹がいるからじゃなくて、お前が声をかけてきたからだよ」


 周りに聞かれたらマズイ話題なので、声量は抑えてある。 

囁きが届くように近づいたら、内緒話の距離が気まずいのか小薗の顔がほてっていく。

 俺としてはホットコーヒーの気分なのに、こいつにとっては夏日なのだろうか。

 そもそも体温が高そうだなと納得して、俺は話を切り替えた。


「さてと、そろそろ行こうぜ。カフェスペースがクローズしたら遠回りになる」


 腕時計から小薗の方へと視線を戻すと口元を押さえてうつむいている。

 たまに誤作動のような反応になるのは、まず馬を射よ作戦の決行中だからなのだろうか。

 今は進展してもらっては困る美鷹の恋より、小薗の片思いを見守ってやりたい気持ちが強い。


「その腕時計、黄青埼っぽくて……なんかいいな」


 俺と親しくなろうとする小薗の健気さは嫌いじゃない。


「シンプルで文字盤も見やすいけど、特に変わったところがないのは俺っぽいかも」

「そういう、意味じゃ……」

「ピアノシリーズっていうらしい。黒鍵と白鍵をイメージした質感が売りなんだと」

「……演奏者っぽいって思ったの、アタリだったのか」


 似合う、似合う! 手首に巻いた黒ベルトの絶妙な太さが最高!


 プレゼントをその場で着けてみせた時の叔母はものすごくはしゃいでいた。黒猫みたいでカワイイとか言ってた気もするが、俺には猫要素がないし可愛いはずがない。




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