黄青埼侑は平穏にくらしたい(4)
恋愛はあらゆる創作物の構成に組み込まれがちである。
どうして人は恋に落ちるのか。
それは昔から変わらない普遍的なテーマであり、身近なドラマとして受け入れやすい。
感情の揺らぎがもたらす変化や関係性の交錯は、ミステリーのよう。手を変え品を変え物語は生みだされる。
恋が主軸の作品を手に取ることは少ないけれど、恋愛要素を避けていたら作品を楽しめなくなる。
実体験はなくても、読んだ本から抽出した知識はそれなりに蓄積されていく。
様々なパターンを知っているのと知らないのでは今後の対応にも差は出るはずだ。
端から見ればお似合いの幼馴染二人。
紆余曲折を経て結ばれる流れが王道だが、小薗は美鷹ではなく【桜の君】に魅了された。
才色兼備の擬人化みたいな友人ではなく、その相手を小薗が選んだのなら、きらめく何かを見つけたのだろう。
恋のきっかけなんて人それぞれで一貫性なんてない。惹かれた理由を並べていってもバラバラで法則性は特にないのだから。
綿毛のようにふわっとやわらかい印象。
桜に例えたくなるほど優美な容姿。
その条件に合致する新入生はいるだろうか。
男女どちらにも限定せず、脳内で情報を照合した俺は正解にたどり着く。
俺のクラスメイトで、出席番号はひとつ前。
席替えはまだなので、席順も当然前後で並んでいる。
友人のいない者同士、会話をしたり、誰かと組む状況では互いを頼る関係になった上織一琉なら、条件とかなり一致する。
ケーキなら抹茶風味、ドーナツならあんこかきなこを渡したくなる和の雰囲気。
上織の第一印象は『剣道やってそう』だった。
重めの前髪と輪郭を隠すヘアスタイル、憂いを帯びた眼差し。
低い声と愛想のなさが災いして、近寄りがたさがあるものの、容姿の良さはクラス一同が認めている。
俺と目線は変わらないから小動物的な可愛さはないけれど、舞い散る桜を背景にカメラを睨む上織は映画のポスターのようだろう。
クラスメイトに歌仙がいたら、思わず一句詠んでいたはずだ。
武道をやってそうなのに、上織の趣味はサイクリングでいずれはバイクの免許も取るそうだ。
自転車通学をまったく苦にすることがない体力は日々のトレーニングで培ったものらしい。
友達と呼ぶには互いのことを知らなすぎるし、共通点も特になかった。それでも他の誰かといるよりは楽な付き合い。
人はそれを運命と言うのかもしれない。
小薗が俺に何度も声をかけてきた謎が解けた。
数撃ちゃ当たる精神で、片っ端から声をかけてるのかと思っていたが、戦略の立て方としては悪くない。
上織と親しげにしているように見えたのなら、俺に加入してもらうのが近道だったのだろう。
他者にそっけなく、一方的に近づいてくる輩に威嚇するような視線を向ける上織の好感度をアップするのは難しい。
たまたま席が近かったという接点がなければ、俺もおそらくクラスメイトの1人で終わっていた。
休み時間は机に伏せて寝ていることが多く、昼食はいつもおにぎりかパン二つ。
交流や行事を積極的に楽しむ気がなく、ぼうっとしてやり過ごしている上織は、部活動紹介も興味なさそうに見ていた。
策もなく勧誘して好感度を下げるより、俺を先に取り込み回り道からハピエンルートを切り開くのが小薗の作戦なのだろう。
利用されていると気付いても苛立ちは生まれず、しつこい勧誘の謎が解けてスッキリした気持ちだった。
「美鷹さん、チラシにもうちょっと情報入れて俺にもらえませんか? うちのクラスで声かけてみます」
狙い通りの展開にしてやったのに、小薗は首をブンブンと左右に振り、美鷹に助けを求める顔をした。
「……ッふ、いや、気持ちはありがたいが最初は少人数でスタートした方が意見がまとまりやすいだろう。小薗や俺と接点を持ちたいだけの参加者が増えても面倒だからな」
自分も好意を寄せられる対象なのだと明言してしまえるところがこの人らしい。
上織ウォッチングを日課にしている奴らもいるくらいだから、この人に集まる視線はうるさいほどだろう。
上織と一緒にいるだけで、俺にもまとわりつく視線が不快だなんて、自意識過剰にもほどがある。
小薗や美鷹のようにいつかは慣れていくのだろうか。
「……でも、今のところ俺を入れても3人なんですよね?」
「同好会に人数の規定はないそうだ。正式な部活並みに人数が増えるなら顧問は降りると堰守先生に言われているのもあって、今は積極的に人を集めるつもりはない」
3年2組副担任、堰守冬馬は生徒からのビジュ人気が高い教師である。
オールバックにした長い髪を無造作にまとめ、色の入った眼鏡をかけたチャラい姿は一見教師とは思えない。
副業として配信もやっているため、他の教師と違って若者文化に理解があり、喋りが異常に上手いらしい。
チャラい不審者というのが、俺の第一印象だったのだが声も顔もいいので生徒からはとにかく支持されている。
新設の同好会の活動内容には興味がなくても、彼に近づきたい生徒が殺到しそうだ。
「堰守先生が顧問ってだけで、人が寄ってきそうですよね」
「名を貸すだけだと本人は言っている。周りにもそう伝えとけと指示もされた」
普通なら付き合いの浅い新入生からの頼みを多忙な教師が受け入れるわけがない。
物事にはルールやからくりというものが秘められている。
「美鷹さんと堰守先生って、前からの知り合いですよね。入学説明会の時、二人で親しげに話してるのを見かけました」
「君は見た目通り、油断ならない相手のようだな」
「俺はお二人みたいに注目されてない普通の生徒ですよ」
値踏みするような視線には動じず、穏やかに微笑む。
副業は認められているけれど、学校側に理解と協力体制がなければ難しい。
堰守先生の知名度や宣伝効果を期待して、何かと便宜を図るくらいはしているはずだ。
広報枠だと自覚している教師が、生徒の一人を特別に扱うとは考えにくい。ならば、二人の関係は公にしても構わない類のものであると推測できる。
「親戚みたいな関係だよ。あの人とは」
みたい、ということは血縁関係はないのだろう。個人の事情に踏み込めるほど俺はこの人からの信頼を得ていない。
「……黄青埼が言いふらさないと信じて打ち明けるけど、俺の初恋の人なんだ。これまでに何回も振られてるけど」
「え!」
驚いてかたまってしまった俺に、美鷹は片目をつぶってみせる。
「なぁんてね。若く見えても冬馬さんは俺より十二歳離れてるし、教師と生徒なんて成立したら1番まずいだろう」
揶揄われたのかと思ったけれど、年齢差や立場のことを持ち出してくるあたり、まるっきり嘘でもなさそうだった。
美鷹は俺を好奇心旺盛で、他人の恋愛が気になるタイプだと見誤ったのだろう。
情報を小出しに提供し、深くまでは探らせない。
人のことは言えないが、油断ならない相手である。
綺麗なだけでなく棘もあるこの人は、ふわっと舞い散る桜なんかじゃない。
うっかり首席にならないように得点を加減した俺の小細工は無用なものだった。
この人は自分の力を抑えないし、御しやすい同級生ではいてくれない。
手懐けるのが容易そうな小薗とは対照的だ。
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