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黄青埼侑は平穏にくらしたい(2)


 諜報活動の一環で、制服や髪に葉っぱやホコリがつくことは珍しくない。

 擬態のためにやってるわけではなく、フワフワやクルクルで表現できない俺の癖毛には、余計なものが入り込みやすいからだ。


 ブレザーは一度脱いで背中側も確認するようにしているが、植物が髪に絡まっていることは気づきにくい。

 髪に花々を編み込んだキャラのように芸術的にはならないが、俺の暗めの髪色と花の相性はそこそこ良いと思う。

 小薗が惹かれた相手を綿毛や桜にたとえたのは、風に運ばれてきた花をその人がくっつけていたからかもしれない


 入学事前説明会はまだ桜の時期でなかった。 

 綿毛や桜が小薗の恋愛フィルターだというなら、ロマンチックな感性の持ち主ということだ。

 

 伸びていたコデマリの枝は道の端を歩いていた俺の髪に絡みついた。

 枝ごと折らず、ゆっくりからまりをはずした俺の髪には白い花がいくつも散らばった。

 説明会に同行してくれた叔母が気づき撮影会が始まるまで、自分がそんな状態だったとは知らなかった。


 カワイイことになってるじゃない!と写真を撮りまくった叔母は、家族のグループにたくさんの画像をシェアしてきた。一度だけ薄目で確認したけれど、鈍臭い自分の姿がいたたまれず保存などしていない。


『侑ちゃんの可憐さにみんなが気づいちゃったわね』


 エヘ☆と明るく笑う彼女が保護者として俺を受け入れてくれなかったら、母と引っ越すことなっていた。

 残りたいという強い執着となる友人はいないし、どこへ行ってもその場に合わせるくらいはやれる。

 けれど、転校を拒んだのは奏美高校にちょっとした思い入れができていたから。


 

 髪や制服が乱れた理由を詮索されたことはないし、気軽に質問をしてくるコミュ力強者とは初めから距離を取っている。

 他人の目を過剰に気にする必要もないのだが、トイレの鏡で自分をチェックするのは習慣となった。

 我ながら慎重すぎるなと息を吐くと小薗の幼馴染が左隣に並び、手を洗い始める。


 横から見ても前から見ても美鷹朔也の容姿には欠点がない。スッキリとして品の良い容姿は、他者から高評価を得られるだろう。

 校内トレカゲームがあったなら、間違いなく大当たりの1枚。攻撃値も体力も高そうで、はずれカードのモブでしかない俺の横だと輝きが増す。

 控えめ地味顔にも利点がないわけではない。他者からの関心や妬みが集約しないのは気楽でいいし、成長や環境での変化を恐れずにすむ。

 ドラマチックな出会いを求めてない俺には似合いの容姿だと自分でも思う。


 鏡でなく隣に並ぶ俺に視線ちらりと向けてきた美鷹は、同級生とは思えないほど大人びている。

 こんな綺麗で上品でもトイレは利用するのだから、人類はある意味平等だ。

 ペーパータオルで手を拭き、廊下へ戻ろうとした俺は急ぎ足でやってきた誰かと勢いよくぶつかった。


「すみ、……じゃない、ごめん」


 ここのトイレは使うのは1年生だけと決められいる。

 相手側の前方不注意が原因なのだから、無意味に低姿勢になる必要はない。

 体幹がしっかりしているのか向こうはよろめきもしなかった。

 何のラグだよ、と悪態をつきたくなるほど間を開けて謝罪を口にした相手は小薗だった。


「……いや、今のはこっちが全面的に悪かった」


 非を素直に認めた小薗は、俺の前を塞ぐように立ち止まり、あーとかうーとか発生準備をした後に話しかけてくる。

 

「黄青埼って、めずらしい名前だよな。バトル漫画とかに出てきそうじゃん?」


 難読地名研究会。

 雪王先輩はそう言っていたが、押しつけられたチラシに明記された正式名称は人名地名研究同好会だった。

 すでに活動している文化部と活動内容はかぶらないが、テーマが限定的で魅力に乏しい。

 小薗と美鷹が観賞出来ること以外にアピールポイントもなさそうなのに、それを有効利用してる風でもなかった。


 マイナーな同好会のメンバー探しはよほど難航しているのだろう。勧誘はこれで4回目となるが、俺の気持ちはミリも動いていない。

 上級生の告白をあしらった小薗とは別人のように、勧誘への誘導が雑で笑ってしまいそうになる。


 よくある名字ではないが、読めないほど特殊な漢字でもない。

 自分の苗字のルーツが知りたいなんて、純粋な興味は持っていないし、本は好きでも文芸部や読書部に魅力を感じなかった。

 同好会に迎えたいなら、もう少しマシな誘い方をしてくれと思ったけれど、小薗や美鷹に関わることに利点はある。


 カフェでも備品のように存在感を消し文庫本を読んでいた俺は、この二人が奏美の生徒に注目されていることを知っている。

 興味、嫉妬、恋情。

 彼らには強い感情のベクトルが集約していくだろう。ならば、観測しやすい定点を確保するのも悪くなかった。


 人に好かれる無邪気さなんて持ち合わせていない。

 175センチの新入生は小柄じゃないし、ハーフアップにした肩までの髪があっても俺の印象はやわらかくない。

 それでも、背の高い小薗から見れば自信なさげでおとなしい同級生に見えるはずだ。


「そんなこと言われたの、初めてだ……」


 演技ではなく、なんだか面白くなってきて口元がゆるむ。

 良い返事がもらえてなかった小薗にこの反応は正解だったらしい。告白された時より、喜色に満ちた声が俺を引き止めようとする。

 

「あの、部活とかまだ決めてないなら、ウチの同好会とかどう?」


 全然スマートじゃない勧誘に心が動くほど、純粋には出来ていない。これほど単純なら、扱いやすいなと算段しながら考えるふりをする。

 俺の目的はこれからの3年の平和を盤石にしていくこと。そのためにパワーバランスの微調整は鍵となる。

 退屈で構わない。生徒のメンタルに不調をもたらすトラブルなんて芽のうちに摘んでしまえばいい。


「活動内容は?」

「学外での研究調査と文化祭での発表」

「休みの日が潰れるってことか」

「いや、月1…長期休みに数回とかの予定だから」


 本命である【桜の君】に声をかける前に、安全そうな1年生をゲットしておこうという作戦は美鷹の入れ知恵だろうか。

 ちょっとした予行練習のつもりかもしれない。


「いいよ。入っても。新規の同好会の方が融通利きそうだし。校外活動は現地集合だと、めちゃくちゃ助かる」


 目的を悟られないように早口でそう言うと小薗はなぜか目を潤ませていた。身長差のせいで、下から覗き込むことしか出来ないから、過剰な反応は何らかのアレルギーだろうと結論づける。

 

「人の進路をふさぐな。退け」


 雑に友人を廊下の端に押しやった美鷹は、大げさにため息をつく。


「お前が阿呆なのは知っていたが、ここまでとはな。ダダ漏れすぎて、胸やけがする」


 ちらりと向けられた視線は冷ややかで、こちらは一筋縄ではいかないようだった。

 まあ、それならそれでやりようはある。


「あの……美鷹さん、幼稚園の交流けん玉大会の決勝で俺と対戦したの覚えてます?」


 同い年ならタメ口で良さそうなのだが、いきなり馴れ馴れしく接するのは俺の流儀に反する。

 

「忘れるわけがないだろう? お互いノーミスで時間切れだったからな」

「この学校で会えるなんて運命を感じますね!」


 心にもないことをペラペラと告げる俺の視界を小薗が独占してくる。


「あんまり覚えてないけど、オレもこいつと幼稚園一緒だったから、黄青埼と会ってたのかも!」


 その場にいた人間をカウントしていいなら、運命の糸がいくつあっても足りはしない。

 優秀な幼馴染との絆を大切にしていればいいのに、新たな友だちを作りたがる小薗みたいな人間が俺は苦手だ。けれど、感情を抑制することなんて容易い。


「小薗の子どもの頃って、ハスキーの子犬みたいな感じだろ? そんなヤツいたら、俺は忘れない」


 ハスキーより獰猛な猟犬のイメージだなんて、伝えなければわからない。

 無害そうな自分を演じて俺は微笑む。

 特別視されることなんて多いだろうに、小薗はわかりやすく照れていた。火照った頬を冷ますように、美鷹は彼の額を指でパシンと弾く。


「気持ちの悪い顔をするな」

「ひっでぇ!」 



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