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黄青埼侑は平穏にくらしたい(1)

俺、黄青埼侑(きせざきゆう)にはちょっとした特技がある。

 他人に話したら、特殊能力の域だと言ってくれるかもしれないが、今のところ誰にも打ち明ける予定はないし、秘密を共有する人間を作れていない。

 

 幼稚園が一緒だった縁で小中学校でもなんとなくつながっていた幼馴染なら2人いるが、学校外でのからみがなさすぎて友人枠には入れられない。

 必要に応じて交流するのは平気だが、こいつを知りたい近づきたいという強い感情とは無縁なまま、十六歳になろうとしている。


 周りから浮かない程度のコミュ力はあるので、教師や家族から心配されることもないが、他人に対する期待が希薄なのはオレの欠点なのだろう。

 

 高校に入学してそろそろ1ヶ月半。

 全力でも片道40分以上かかる自転車通学で持久力は上がったかもしれない。

 駅から遠く、坂の上に立つ奏美高等学校は進学先の選択肢から外されやすかった。

 偏差値が毎年横並びのライバル校に人気が集中するのも仕方ない。

 校則がゆるく頭髪規定が理想的というのが、ここを受けた理由のひとつ。

 天候次第で好き勝手にはねまくる俺の癖毛には、ある程度の長さが必要になる。扱いやすい長さにしておいても目立たないのは、個性重視の奏美だからだ。


 俺と同じ中学出身の生徒は、うちのクラスにも隣のクラスにもいない。

 休み時間に群れていないと不安ということもないので、

俺の特技を打ち明ける友人枠は今のところ空欄である。


 制服の深いポケットから文庫本を取り出し、ページを開く。しおりは邪魔なので挟まない。きりのいい章まで読んでしまえば、どこまで読んだか忘れることもない。

 

 縦に並ぶ文字列に意識を集中させ、作品世界に一度入り込むと周囲の雑音は遠ざかり、自分の輪郭がゆっくりとぼやけていく。

 そうなってしまえば、俺の存在感は空気か壁みたいに希薄になる。

 忍者やスパイのように訓練をしなくても、お高い光学迷彩装置を手に入れなくてもいい。

 物音さえ立てなければ、俺は違法性のない記憶媒体になれるのだから。


「……ここに呼び出された理由、もうわかってるよね?」


 期待と緊張感が入り混じった女子生徒の声。

 奏美高等学校の全生徒数は約六百人。その半分以上が女子生徒。

 よく知った相手でなければ、瞬時に特定できるわけがなかった。

 図書館を通り過ぎた場所にある謎のオブジェは、卒業記念作品らしい。円柱と植物を組み合わせたような造形が地面に落とす影がハートに見えるとかで、告白スポットとしては定番となっている。

 俺がここにいたのは木陰に設置されたベンチのひとつを読書や昼寝によく利用しているからであり、居合わせたのは偶然だった。

 背の高い木々や薔薇のアーチはあちらからの目隠しになるだろう。

 音は立てず、植物の間から覗き見る。

 告白した側の女子は、最上級生だと示す緑のリボンを胸元に結んでいた。

 ゆるく巻いた髪を左側で結ぶ彼女の名前と交友関係を俺は把握していた。

 ミステリ好きなら頷くだろうが、人間観察というのは面白い。潜伏スキルで得た情報と組み合わせれば、教職員以上に生徒のことを理解できる。


 告白された側の男子は1年生。

 俺とはクラスは違うが、入学当初から目立ちまくっていた。

 小薗京陽(こぞのみやび)

 光源の具合で灰緑に見える瞳、色素の薄い髪と合わせてゲームかアニメのキャラクターみたいだというのが第一印象。

 大型の猟犬みたいな体格と顔立ち。

 たぶん、どんなトンチキな格好でもそれなりに着こなせそうなので、奏美のクソダサジャージでも似合うのか見てみたいとは一瞬思った。

 

 皆の興味が自分に向いても気にせず、知っている顔を見つけてはにぎやかに絡んでいく小薗は、目立たず平穏に暮らしたい俺とは正反対である。

 首席合格の美鷹(よしたか)とは幼馴染らしく、教室移動や休み時間には彼と一緒にいるのをよく見かける。

 クラスが違うため、会話が成立したことは一度もないが、美鷹と共に同好会を立ち上げるようで配っていた勧誘チラシを3回ほど押しつけられた。


 特徴がない同級生の俺をを向こうが覚えていないのは仕方ない。

 けれど、3回のうち2回は俺しかいない状況だったし、説明的な声かけはされた気がする。

 放課後の余力は登り坂ばかりの帰路に費やしたいので、部活なんて入るつもりはない。

 考えてみると期待を持たせる言葉を返したわけではないので、向こうの記憶に残ってないのは当然だが、入学式での動向を見ていると人の顔が覚えられないタイプではなさそうだった。

 美鷹ほどではなくても成績上位者の一人なら、通り過ぎるたび何度も声をかけてくるショッピングモールの迷惑営業みたいなことはやめてほしい。

 

 華やかさに欠けるモブの一人であることを嘆くつもりはない。

 空気となり、壁となり、その場に同化することによるメリットは大きかった。学園生活を円滑に送るための情報はいくらあっても無駄じゃない。

 交友関係、恋愛事情、それぞれの秘密。

 生徒の安全のために設置された映像のみの監視カメラより、ずっと価値ある情報が集まってくる。


「告白に即答するって聞いてるよ。期待しない方がいいって友達にも言われたなぁ。でも、やっばり伝えたかったんだ」


 パタパタと手のひらで自分をあおぎながら、雪王華音(ゆきおうかのん)は真っ直ぐに気持ちを告げる。


「君のこと、いいなって思ってる。私と付き合ったら楽しいよ?」


 自信がないとできない告白は清々しい。

 陽キャ代表同士のような2人の相性はいいのではないだろうか。手持ちの情報を展開し、脳内マッチングを始めた俺の耳に迷いのない答えが響く。


「スミマセン。オレ、入学事前説明の時から気になってるヒトがいるんで」


 具体的な断り文句に、ふられた側が苦笑する。


「付き合ってないなら、私のことキープしときなよ」

「こっちが本気でないなら、勿体ないですよ。雪王先輩は」


 プライドを傷つけない返答にうなりそうになる。人生2度目のヤツにしか言えないセリフだ。


「そのヒトのどこが気に入ってんの?」

「ぽやぽやしてて、カワイイ」

「意外だなぁ。キミの好みがマリモっぽい感じなんて」


 ぽやぽやとカワイイから導き出されるイメージがマリモというのは一般的ではないと思う。

 

「マリモじゃなくて、綿毛とか桜の花びらみたいな感じですね」

「よくわかんないけど、ちっちゃくてカワイイってことなら、私もまあまあイケてない?」


 気まずい場面のはずなのに、連想ゲームから会話はふくらんでいく。 

 

「オレ、昔から誰に対しても遠慮せず話せるタイプだったんで、そのヒトともうまくやれると信じてました。でも、全然ダメですね。取っかかりも作らせてくれない」

「振った相手に恋愛相談しちゃうくらい図々しいキミが、奥手になるなんてよっぽどだね」

「告った相手に図々しいとか言えるの、先輩くらいですよ。嫌いじゃないですけど」

「私は好きだよ。キミのこと」


 コミュ力が半端ない2人からまた身を隠して、俺はページをめくる。

 読書ログアプリで高評価だった学園ミステリーは思ったより恋愛要素が強火だった。

 人の思いは無数にあって、複雑に影響しあっている。うまくやれば、周りの雰囲気を良くしたり、感情を動かすことだって可能である。

 カフェやショップで流れる音楽が人の気持ちを少なからず左右するのと同じだ。


 この二人が今後もめることはないだろう。ならば、俺がこっそり画策する必要はない。

 在籍する3年間、この学校で大きなトラブルが起きないように情報を集約し、正しくそれを利用する。

 何もかもを制御することは難しいけれど、生徒の立場でしか動かせない盤面もあったりする。


「ねぇ、好きな人って誰?」


 直球の質問に、小薗は視線を地面に落とした。


「ご想像におまかせします」

「他言しないわよ。教えてもらわないとあきらめてあげない!」

「好きにしてもらっていいですよ。オレ、不安要素はできるだけ排除したいんで、言いたくありません」

「だったら私、キミたちが会員募集してた難読地名同好会に入る! そしたら、キミが気になっている子もわかりそうだし」


 一方的な宣言に小薗がどんな顔をしていたか、俺からは見えなかった。


「歓迎しますよ。先輩がいてくれた方がオレの勝率上がると思うんで」

「そのヒト、同好会に入ってくれたの?」

「いえ、まだ。でもオレと美鷹の2人だけだどアウェイ感しかなさそうだし」

「キミ、ホントにいい性格してるよね。本気で邪魔しちゃおうかなぁ」


 裏表など無さそうな陽キャにも秘密はある。【桜の君】が誰なのか知っておいた方が今後使えるかもしれない。


「アシストの間違いでしょ。ありがとうございます」


 意味深なことを告げて、小薗はその場を後にする。先輩もいなくなってから、俺は読みかけの文庫本をポケットに戻した。

 


 

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