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第2話 厭悪の2人

創作大賞2025用の投稿作品。

応募条件2万文字以上の執筆をするか否かは、漫画雑誌の不人気作品を打ち切るように、株で損切りするように、不評で儲けの少ない商品が店頭から姿を消すように、作品に対する評価と結果次第で判断します。

世界樹の根元から掘り出された空洞をさらに掘り進めていた調査隊の1人が、不意に声を上げた。

その叫びに引き寄せられるように仲間が向かうと、視線の先には、雄大な自然の中に不釣り合いな人工の痕跡―――蔦と根に覆われた木製の扉が設置されていたのだ。


「リーダー、リーダー! エリオット隊長!」


リーダーでは反応が鈍かったエリオットは、自分を呼ぶ言葉に神経を逆立てた。

案内された彼は驚きを隠せず


「……いったいこれは?」


と普段のどこか超然とした態度を崩し、普通の反応を見せる。

だがすぐに学者らしい冷静さを取り戻し、作業を一旦中止して仲間を1ヶ所に集めた。

そして扉の奥の未知の世界の探索に必要な人員を慎重に選び始める。


「今まで世界樹の科学的な説明を試みた学者……私を含めて、こんな経験は始めてです。なので適切な人物を選べるかは自信は持てませんが……」


エリオットはそう言いながらも、淀みなく頭に思い浮かべていたであろう数名を告げていく。

まず世界樹の意思を多少なりとも感じ取れるという、妖精レヴェラ。

彼女の助けがなければ、世界樹は人類と対話などしてくれないだろう。

次にレヴェラが好意を示した青年ゲオルグ。

特別な部分はない、ごく普通の好漢にみえるが、その地に足のついた感性は異常な環境で良い方に働くだろう。

そして世界樹と人類の交渉が決裂し、万が一怪物との戦闘が行われ、及び最終手段を想定して―――黒炎の騎士メイヤ。

犬猿の仲であるようだが責任感を持って、家名に恥じない活躍をしてくれるはずだ。

計2人と1柱に、サルワトルは人類の行く末を託すのだった。


「内部に何があるか定かでない以上、全隊員を連れていくわけにはいきません……生命の危険を感じたなら、迷わず引き返してください。危険な冒険になるでしょうが頼みます」


深々と頭を下げるエリオットに、場の空気が引き締まる。


「世界樹との和解、頑張ってくれよ」

「自然と生きる我々は、枯れた緑に棲む場所を奪われた……頼む。植物でも、昆虫でも、鳥でも、魚でも、何でも構わない。再び生命の残滓を取り戻してくれ」


人間とエルフが彼らを励ますと、他の仲間もつられ


「本当に重要な役目だぞ、気ィ抜くなよ!」

「おまえらに俺らの命運は握らせたからな!」


声援を一身に受けて、彼らは冒険の準備に取り掛かる。

ゲオルグとメイヤは互いに鋭い視線を交わした。

敵意を剥き出した貌でメイヤを凝視するゲオルグに、彼女も据わった双眸で睨み返す。

険悪な空気が漂う中、それでも命じられた任務には粛々と従った。

単なる私情で世界が失った多くから、目を背けるわけにはいかないのだ。

ゲオルグは革鎧を身に着けて、錆びついたピッチフォーク―――父の形見を肩に担ぐ。

メイヤは紅の刀身に漆黒の炎が揺らめく剣と、太陽を思わせる朱の円盾を装備して無言で歩み出した。

梯子を降りて目的の扉の前に立つ2人が力を込めて押しても引いても、扉はビクともしなかった。

しかしレヴェラがそっと手をかざすと木の根と蔦が枯れていく。


「やっぱり世界樹の子だからかな? わたし、みんなの役に立てた?」

「うん、助かったよ。レヴェラ」


ゲオルグが感謝を述べる間、メイヤが扉を開ける。

すると中には蔦に覆われた、石造りの迷宮がどこまでも広がっているではないか。

これも世界樹の生み出したものだというのか。

常識外れの異様な光景に誰もが言葉を失い、我が目を疑った。

けれどレヴェラが冒険に同伴すること自体、理外の出来事だ。

胸に秘めた大義を指針に、彼らは歩んでいくのだった。

湿った空気を肌で感じつつ、ゲオルグはまず植物を調べ始めた。

生物の痕跡すらない静謐なダンジョンに足を踏み入れると、薄暗く無音が支配する地で思考を巡らせる。

古くから〝婚礼の蔦〟と称されて親しまれてきたそれの葉や茎は、昆虫や菌由来の病を発症し、小さな命の餌になった。

まだ柔らかな新芽や若葉にアブラムシが密集していれば、それを喰らうテントウムシが現れる。

さらにテントウムシに寄生するハエやハチの種が存在して……

指よりも小さな生命でさえ抗えぬ循環の中で生き、そしていずれ死に逝く定めだ。

しかしながら星型の葉をいくら調べつくしても、生物は影も形もなかったのだ。

横にいたレヴェラがゲオルグの真似をしていたが、特に成果はなかった。


(……ここにいても仕方ない、進むしかないか)


青年が決心して


「この迷宮には怪物がいるかもしれない。僕が先導するから、君たちは後方を警戒してくれ」


提案をしたものの、メイヤはそれを鼻で笑ってみせた。


「身分の低い農奴風情が、高貴な血を引く者に指図するとは……身の程をわきまえろ。黙って私に従え」


そのままゲオルグを無視し、メイヤは先頭を歩き出す。


「世界が崩壊して、人類が滅びの危機に瀕してるってのに未だに貴族気取りか。ほんとに呆れるね……その目下の人間に威張り散らす傲慢さも、父親譲りらしいね」

「なんだと……」


ゲオルグが彼女の背中に向かって言葉の棘を突き刺すや否や、ピッチフォークを手にして距離を詰めていく。


「ところで背中を僕に預けて平気なのかい? ……隙だらけだけど」


しかし少女の頃から鍛錬に励んだ彼女と、必要に駆られて冒険者となった彼では、経験の差が段違いだ。

メイヤは挑発的な台詞に瞬時に反応し、黒炎の剣を首筋に突きつけて


「黙れと言ったはずだが。次に口を開けば、2度と声が出せなくしてやる」


殺意に満ちた瞳で、ゲオルグに死を宣告した。

一触即発の雰囲気にレヴェラも見ていられず


「やめてよ、2人とも!  探索ならわたしが案内してあげるからっ!」


レヴェラが間に入るが、憤慨した彼の歯止めはきかず


「そうやって僕も殺すつもりか? 君の父親が僕の父さんを死に追いやったように……! 死ぬのなんか怖くもないさ。実の父親の虚ろな眼を見た瞬間、僕の人生は半分終わったようなもんだ! やれるもんならやってみろよ、殺人鬼の娘!」

「……貴様ァ、私のみならず父様をも穢すか!」


時は遡ること約13年ほど前。

代々農民のボンデ家は貴族エーレンスヴァルド家の領地で畑を耕し、生計を立てていた。

日々の生活は裕福とはいえず、両親は朝から晩まで肥沃な畑を耕した。

種を植えただけでは、命が育まれはしない。

腰に負担の生じる中腰の体勢で雑草をむしり、都度水をかけてやり、葉を食害する昆虫は捕まえて家畜の飼料にして……

ボンデ家の土地が済めば、次はエーレンスヴァルド家の農地だ。

忙しなく働くと、すぐに季節は過ぎた。


「大地の恵みを頂くのは、人を育むのと同じだ」


ゲオルグの父が常々彼に伝えた言葉だった。

その一言には人の生命の根源をなす野菜を提供する、農民としての誇りを感じた。

自分たちで育てた作物も満足に食べられず、一家が質素な食事を済ませると、泥のようにベッドで眠りにつく。

ゲオルグは2人マッサージをする時間が大好きだった。

幼く手のかかる妹に関心がいく両親も、その時ばかりは彼だけを見てくれた。

ランタンの灯火に安心感を覚え、今日は何があったかを話し、優しく頭を撫でられて就寝する日々。

農民の暮らしも苦難に満ちた世界には変わりなかった。

だが両親と過ごした幼少期、ささやかな幸福を確かに感じていた。


しかし、そんな日々は長く続かなかった。

領主の家にのみ存在する粉ひき場、パン窯、ブドウ絞り……それらの使用料は石臼で穀物を挽くように、農民の肉体と精神を蝕む。

決定的な破滅を迎えたのは、作物の凶作が続いた年。

ゲオルグの両親のみならず多くの農民が税を納められず、食うに困っていた。

苦境を乗り越えるため、多くの民が当主に金を借りた。

しかし天候が落ち着くまで、返すあてもない。

援助の名を借りた債務が膨らんでいき、ついにはメイヤの父は順々に見せしめに、ゲオルグの父を村人の面前で晒し台にかけられた。

積まれた2つの木材には3カ所の穴が形作られており、中央の大きな穴に顔を突っ込み、両隣の穴は手を差し込む部分だ。

木材は蝶番と鍵で固定され、逃げ場などない。


「ボンデの家系は凶作に甘え、もっとも税を納めなかった。よって家長のこの男には罰を受けてもらう」


執行官の淡々とした言葉が終わると、村人は日頃の憂さ晴らしとばかりに罵声を投げかけた。

それを眺めるメイヤの父は、晒し台の父を嘲っている。

こんな光景を妹に見せてはならないと、母はすぐ抱きかかえた。


「……どうして……どうしてこんな真似ができるんだ……!」


ゲオルグは啖呵を切り、執行官に向かっていく。

幼い抵抗を振り払うこともなく、執行官はただ職務につきまとう罪を受け入れた。

父は彼を案じて近づくなと制するも、瞳には安堵と恐怖が頬を濡らす。

それを見たゲオルグは狂乱にも似た台詞を、次々とまくしたてた。


「……みんな苦しんでるじゃないか! なのに、なんで僕の父さんを寄ってたかって……覚えておけよ! この領主に慈悲なんかないさ! 次はおまえらが嘲笑われる番だび!」

「領主さまになんて口を……!」

「何が領主さまだ、ふざけるなぁ!!! 尊敬にも値しねぇんだよ、そんなヤツ! ……許さない……許さない……父さんを虐げたヤツらも! 見て見ぬ振りで無視した連中も! おまえら全員、呪われてしまえ!」


ゲオルグが腹の底の憎悪をぶちまけ、領主に突進していくも、子供の力ではどうすることもできず。

頭を押さえられ、腕を掴まれて身動ぎ1つできぬ状況でも


「……今に見てろ。エーレンスヴァルドの血筋を……末代まで滅ぼしてやるッ……」


ゲオルグの父が解放されてから数日。

努めて明るく振る舞った父親は屈辱の末、命を絶った。

無実の父が絶望の中で亡くなった光景は、今もゲオルグの脳裏に焼き付いて離れない。


「貴様の父親が絶命したのは、徴納から逃れようとした自業自得だ! 農奴ごときが、私の父様を侮辱するな! 貴様らが尊き者に逆らうなど許されざる罪だ!」

「君の父親が命を奪われたのは、当然の報いだよ。苦しみに耳を貸さずに僕らを罰した罪のね!」


激しい怒号が飛び交う中、突如としてレヴェラが叫んで


「喧嘩してる場合じゃないってば! 前を見て、くるよ!」


ダンジョンの暗がりから現れたのは、緑の体躯に毒々しい模様を浮かべた巨大な芋虫。

ヴェールを纏う踊り子のように全身に木の根と蔦を纏うそれは、2人の怒声を掻き消すほどの凶暴な咆哮を、周囲に響き渡らせた。

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