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第1話 世界樹の妖精レヴェラと人間との不和

創作大賞2025用の投稿作品。

応募条件2万文字以上の執筆をするか否かは、漫画雑誌の不人気作品を打ち切るように、株で損切りするように、不評で儲けの少ない商品が店頭から姿を消すように、作品に対する評価と結果次第で判断します。

複雑に絡まる大地に張り巡らされた網の中から、初潮を迎える前のような小柄な少女が掘り出され、サルワトルの冒険者はどよめいた。

光が降り注ぎ、輝きを増すように照らされる妖精の白肌。

泥にまみれて、なお清廉さを失わない小麦色の髪。

それだけならば人が埋められていた、で片づくかもしれない。

だがトネリコの葉を何枚も重ねた衣に花弁を模した襟元。

今にも空を縦横無尽に飛べそうな蝶の翅が、妖精と自然を連想させ、冒険者の浅はかな考えを粉微塵に否定した。

木の根や蔓に、まるで繭のように守られる少女に


「……本当に生きてるのか?」


調査隊の小人のような低身長の冒険者は、恐る恐る声を漏らす。

集まった面々がその姿を取り囲んでいると、神学者兼学者にして調査隊を率いる紫の短髪をなびかせた中年男性、エリオットは深く息を呑む。

白のローブに黒の外套という格式ばった装いの彼は、学識を文献だけに任せていたわけではなく、フィールドワークにも熱心に取り組んだ。

しかし学問に長年人生を賭した彼でさえ、この常識を越える発見には呆気に取られ、言葉を失っていた。


「……〝世界樹とは森羅万象の生死を内包する、1つの生物なり〟。彼女は伝承に描かれた文言から生まれた、でもいうのでしょうか?」


エリオットは蝶の翅脈を彷彿させる持ち手が特徴的な杖を握り、しきりに地面を突いた。

ゲオルグは木の根と蔦が絡みつく妖精の姿にふと思いつき、革製の水筒を取り出す。


(……これは貴重だ、濾過だって手間暇がかかる。けど……)


一瞬躊躇うもゲオルグは、清水を妖精の木の根や蔦に覆われた部分にかけてやる。

かつて畑の土いじりをしていたのを脳裏に思い描きながら、頬の汚れを払うと―――閉じられたままの瞼が微かに震え、睫毛がピクリと動いた。


やがてゆっくり瞳が開かれた。

眠りから目覚めた妖精は、ぱちぱちとまぶたをしばたかせ、くるりと宙に浮き上がると


「……わぁ! すご〜い! 昆虫がいないだけで、こんなに世界が荒れちゃうなんて!」


場にいる者たちの心と乖離する、その明るい声が、荒涼とした風景に不釣り合いに響いた。

だが妖精の場を弁えない陽気さに、周囲の空気は一気に冷え込む。

戦乱と崩壊の爪痕が色濃く残る世界で、子供でさえ笑うのは年に数回だ。

相次ぐ闘争での愛する者との死別、別離、略奪、凌辱……

多かれ少なかれ、誰もが1度は経験している。

にもかかわらず妖精はまるで眼前の荒野や、人の闇など目に映していないように、瞳を輝かせる。


「……何がすごいんだよ。これは俺たちの住む世界が……故郷が……全て焼け野原になった姿なんだぞ!?」

「人間も、昆虫も、動物も……植物さえなくなって、何が楽しいんだよ。本当におかしいぞ、おまえ」


鋭く放たれた言葉に、妖精の身体が縮こまる。


「……ごめんなさい。わたしの言動って、世界樹の意思にちょっとだけ左右されちゃうみたいなの。だから今のはわたしの気持ちっていうより……その……なんて弁明すればいいのかなぁ……」


怒気を孕んだ視線が妖精に向けられ、エリオットは事態を重く見てそっと手を上げる。


「皆さん、落ち着きましょう。彼女は世界樹からの啓示。世界樹の真意を知れるのは、世界再生の手段を探す我々にとって、これ以上ない僥倖ではないですか?」

 

彼が諭し、冒険者の一団は押し黙る。


「もし名がないなら啓示の意味を持つ、我々人類の古い言葉のレヴェラティオ――略してレヴェラ、と呼ぶのはいかがでしょう?」

「レヴェラ……! うん、いい響きだね! ありがとう、人間さん!」


妖精レヴェラはくるくると舞いながら、嬉しそうにエリオットに授けられた名を受け入れた。

ゲオルグは天真爛漫な姿に故郷の妹を思い出し、ふっと口元を緩める。

するとその瞬間、空中のレヴェラと目が合った。


「……あなたは“わたしたち”に歩み寄ってくれそうね」


ふわりとゲオルグの前に降り立ったレヴェラが、まっすぐに告げた。

彼女の発言に当惑したゲオルグは目を瞬かせ、次の言葉が喉でつかえた。

レヴェラは何故そんなことを自分に……?

博識な彼ならば……答えを求め、ゲオルグはエリオットに問う。


「……どうしてこの娘は僕に?」


首を傾げた彼に


「精霊には人間には、計れない霊性を有すると言われます。ゲオルグくんは農民の出とのこと。レヴェラさんには自然と共に生きる者が放つ、何かを敏感に感じ取ったのかと存じますが」


エリオットはこれはあくまで可能性……と前置きし、微笑しながら続ける。


「もしかしたらレヴェラさんには、君が眠り姫を目覚めさせた王子様のように見えたのかもしれません。ハッハッハ……」

「……は、はぁ」


照れ臭くなり、頭をかいて苦笑いを浮かべるゲオルグ。

だが周囲の冒険者は、それを見て面白がるように


「王子さまとお姫様の仲は、どうにも引き裂けそうにねぇな。お似合いじゃないか。ゲオルグ、その妖精の面倒は任せたぜ」


まるで厄介ごとを押しつけるように、ゲオルグとレヴェラの同行が決まるのだった。

その気の抜けるやりとりを、少し離れた位置から黙って眺める影があった。

黒髪に赤のメッシュを入れた、銀の甲冑を纏う眼光鋭い女騎士。

双眸の間に皺を寄せ、真一文字に閉じた口許は、わざわざ口にせずとも腹の底に、並々ならぬ怒りを溜めているのが見て取れた。


「……気をつけておけ、妖精。自然を尊ぶことはできても人命を軽視するのが、そいつら農奴の本性だ。気に入らない真似をすれば羽根をむしられ、殺されるかもしれんぞ」


吐き捨てるように言い残すと、彼女は踵を返してその場を去っていく。

レヴェラは女の背中を眺めると、眉を八の字にして、募らせた苛立ちがわかりやすく顔に出る。


「……なに、あの人? なんか怖い人だね。ゲオルグ、あの人と何かあったの?」


素朴な問いに、ゲオルグは目を伏せて


「……殺人鬼の娘だよ、あの人はね」


ぽつりと意味深長な言葉を落とした。

ゲオルグはそれ以上、自らの内心を語る気はなさそうだった。

だがしかし彼女は、執拗に言葉の意味を尋ねてくる。

けれどレヴェラは人の心の襞に無知であり、なおも問いを重ねた。

彼の傷に無邪気な指先が触れるも、青年は軽く流して、作業に戻るのだった。

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