第六話 相棒
「ミナミ、もしかしてさ、彼氏くん……、捕まったん?」
トウコがそう思うのは無理もない。友人が目の色を変えて駆けつけた場所が、「ケーサツ」だったのだから。
「実はね……」
ミナミは、彼女の真の目的である「誰かの死に寄り添い続けることで、両親の『最語』を推測すること」という部分にだけ、小綺麗な蓋をしつつ、トウコにいきさつを説明した。
「私が警察の方々の力になれるならって思ったの。」
トウコは少し、考え込んだような顔をした。そして、笑顔でミナミに言った。
「あんたやっぱり、優しいんだね。」
トウコの反応に、ミナミは安堵した。
そして、言った。
「だからさ、ここからは私だけで行ってくるから。待ってて。」
トウコはそれを、聞き入れなかった。
(行っちゃう。どこか、遠くに。もう会えないところに。)
トウコには、なぜかそんな気が興っていた。そもそも、こうしてミナミについてきたのも、その気持ちがあったからだった。
どうしてかはわからない。でも、このままではミナミまで、ユミのようにいなくなってしまうのではないかと、そう思えてならなかった。
(なんで、こんな気持ちになるんだろう。)
トウコは、ミナミの目を見つめた。彼女の目には、何かに向けられた、強い想いのようなものが宿っている。
(きっと、探してるんだ。何かを。)
それが、何なのかはわからない。でも、そのせいで、ミナミが何かとてつもなく大きな闇に飲まれてしまうのではないか。このままひとりで行かせたら、だめなんじゃないかと思った。
(あたしの勘、わりと当たっちゃうからなぁ。)
「ミナミごめん、あたしも一緒に行っていい?」
「えっ……。多分、無理だと思う。刑事さんたち結構厳しいから、だからさ……。」
(大人の「厳しさ」なんかに屈するような子じゃないんだよな、ミナミって。)
今はまだ、小さな違和感だ。それでも、放っておけなかった。もう二度と、親友を失いたくないから。
「そこをなんとかさ、ね?なんか、あるじゃんか。それこそさ、推理系っていうの?ああいうの、だいたい2人じゃん?相棒っていうか、そんな感じ。あたしのことそうやって紹介してよ。邪魔は絶対しないからさ。ね、一生のお願い!」
ミナミは思った。
(たぶん、なにかに気づいてるんだろうな。)
別に隠すほどのことでもない。いつか、トウコにはちゃんと話してもいいことなのかもしれない。それでも、後ろめたいような気持ちがあるうちは、きっと話さない方が良いのだと思う。
「わかったよ。」
ミナミがそう答えたのとほぼ同時くらいに、彼女らがいたロビーに、ひとりの刑事がゆっくりと歩いてきた。
「警視庁捜査一課、桃山ダイだ。南ミナミを迎えにきた。」
「ちぃーっす。ミナミはこっち。あたしは東野トウコ。」
桃山刑事は困惑していた。そして、軽い憤りも覚えた。同期の千里が、彼女がいればきっと真実に近づくなどとぬかしていたのが、こんな小娘だなんて。しかも、金髪ギャルの友人まで連れてきて。
桃山は、常日頃から思っている。人間なんて、形式なんだと。捜査には必要ないんだと。
これまでの人間による推理には、明らかな限界があった。刑事だろうが、探偵だろうが、所詮は感情の生き物でしかない。ゆえに、誤る。間違える。結論を捻じ曲げてまで、何かを押し通す。
ましてや、いま、眼前にいるのはガキである。こんなやつらなんかを操作に入れても、聖なる「ラストワード」のノイズになるだけだ。本当に、あのジジイが何を考えているのか、全く分からない。
しかし、任務は任務。今は、耐え忍ぶしかない。いつの日か、この警察組織の長となり、自身以外の全てのムダ、すなわち「人間」のクビを切り果たすまで。
「南さん、こちらへ。それと、金髪の君、ここは遊び場じゃないんだ。それに、学校はどうした。」
「それならミナミも学校でしょ。ひとりだけ特別扱いとか、そういうことするんだ、ケイサツって。」
「失敬だな。部外者はお呼びでない。それまでのことだが?」
トウコはスマホを取り出す。どうやら、録画がオンになっているようだ。
「いいのかなぁ、あたしこれ、載せちゃおっかなぁ。あたし、ミナミの『相棒』だからきたのになぁ。」
こんなことで、キャリアに傷はつけられない。桃山は撮影をやめること、および撮影データを消去すること、また、ここで知り得た情報を外部に吐露した場合、刑事罰が下ることを理解することを条件に、トウコの入構を渋々認めることにしたのだった――。
彼女らが案内されたのは、前回と同じ会議室だ。数人の刑事たちと、千里刑事、そして萱野警部が、モニターに映し出された「最語」を見ながら、頭を悩ませている様子である。
「ありがとう桃山。南さんを連れてきてくれて。」
「ああ。それと、捜査のために必要な人員を追加したいとの申し出がそちらの2人からあり、増員を認めている。」
「了解したよ。南さんのお友達?よろしくね。」
「相棒でーす!」
(まったく、これだから人間は気持ち悪い。千里も、変わってしまったな。いつかのし上がって、クビを切ってやる。)
憤る桃山は、モニターの資料をひとりで眺める。
今回の被害者の「最語」は、確かに奇妙ではあった。それでも、ラストワードが、「元恋人による殺人」と結論づけているし、その人物も突き止めている。さっさと捕まえれば良いだけの話だし、これまでもそうしてきた。それなのに。
(何が「人間の可能性を信じてみたくなった。昔のようにね」だ。さっさとお前はハンコだけ押しゃいいんだよ、時代遅れのジジイが。)
憤りが止まらない桃山刑事が、最も腹を立てているジジイ。それは、ラストワードによる捜査方針の「決裁者」、つまり、船場警視正のことであった。
警視正は、前回の坂江ユミの一件があってから、「捜査資料は人間が理解できる論理で正しく整理されていない場合、たとえラストワードの出した結論の確度が高くとも、決裁はしない」という方針を打ち出したのだった。桃山にとっては、こんな方針は論外だった。また、この国は時代に置いていかれるのだなと思って、呆れた。
(あーあ。老害人間なんて、みんな消えちまえばいいのにな……、いや、俺が消すんだ。絶対に。)