第三話 ごめんね②
「堕ろせよ。」
「え?」
「ユミさ、普通に考えてくれよ。高校生で親とかありえねぇだろ?俺、推薦で進学先も決まってるんだぜ。」
「でも、そんなこと、できないよ。お金だってないし、それに、可哀想だよ。」
「は?何なのお前。ちょっと俺が遊んでやったからっていい気になって。お前なんて所詮は、大学までのつなぎでしかねぇんだよ。」
「ねえ、なんでそんな酷いこと言うの?ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん!妊娠したから、私を捨てるの?そんなの、そんなの酷いよ。そんなの……。」
「はぁ、ガキ堕ろすなら続けてやってもいいと思ったけど、もういいや、死ねよお前。」
「え……?」
「お前みたいなブスから産まれる子なんて、一生苦しんで死ぬんだよ。堕ろすか死ぬか、どっちか選べよ。」
「ねえ、ショウくん、嘘だよね……?そんな、そんな酷いこと、ショウくんは言わないよね?だって、だって……。」
「死ねよ、お前なんて要らねえ。ガキも要らねえ。」
「ショウくん!ねえ!待ってよ!ねぇ……」
確かに、AIの判断は、正しかったのかもしれない。ユミは「自殺」した。至った結論には相違がなく、ただ厳然たる事実を粛々と提示している。でも、その背後にある過程や、経緯を、本当に正しく捉えてられているのだろうか。
ミナミの推理は、その場にいた刑事たちに、新たな可能性の一端を示したに過ぎなかった。しかしながら、その可能性が示されすらしなかった場合、事実は灰とともに消え去っていたことを一同が知るのは、スマホのデータ解析が完了した後のことだった。
スマホデータの解析結果が出て一週間、つまり、事件から二週間後。ミナミは、学校経由で萱野警部に呼ばれ、また警視庁の会議室に来ていた。
「AIの出力結果に間違いは無かった。君の言った『殺人』があったとは我々は『決裁』していない。まずはこれを強調しておく。だが、君には感謝している。あの日君がいなかったら、真実には辿り着けていなかった可能性が高い。我々の落ち度だと、反省している。」
開口一番、萱野警部はミナミに頭を下げた。その姿が余程珍しかったのか、新米刑事は驚いて、しばらく固まっていた後、思い出したかのように頭を下げた。
ミナミは怒りとも、呆れとも言えないような感情で、淡々と話した。
「『事実だけを話してください。あなたの想像は要りません。推理は我々の仕事だ。スマホは解析しない。スマホを破壊したのは、死後に妊娠の事実が親に露呈するのを防ぐためで間違いない。自殺で決裁は確定。我々はその理由を調査している。』これは全て、あなた方が言った言葉ですよ。これが、真実を追求する姿勢とは、とても思えませんでしたね。」
萱野警部は、頭を下げたまま聞いていた。
「頭を下げるなら、私じゃなくて、ユミに下げてください。」
データ解析の結果、ミナミの推理は完全に的を射ていた事がわかった。
事件前日に検査薬を使って妊娠の事実を知ったユミは、迷いはあったものの、部活を辞めることを決めた。そして事件当日となった翌朝、親友のミナミに相談すべく予定を立てた。
そして、部活を休んで早めに家に帰り、澁谷ショウと電話をした。
「好きだよ。」
「ありがと、大好き。」
そして、ショウの愛を確信したユミは、二人の子を産みたいと思っていると告げてしまった。
ユミは、想像すらしていなかったショウの言葉に傷つき、涙した。
「私なんかのところに産まれてきても、幸せになれないよね。」
今度、ショウが遊びに来ると言うので、必死に片付けた部屋。勉強机に置いておいたカッターを手にしたユミは、リストカットを試みる。
脳裏に反復する、愛する人からの「死ね」の言葉。気づけば深く刺さった刃。飛び散る鮮血。
ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。
「産んであげられなくて、『ごめんね』――。」
「帰りが遅い」ユミを心配した両親が、その惨状を目撃するのは、3時間も後の話。ユミは出血多量で、息絶えていた――。
ユミのことを思い出すと、まだ涙が出る。涙でぼやける視界の中、ミナミは頭を下げる2人の人間を、心の底から軽蔑したいと思った。
「今日、君に来てもらったのには、ふたつの理由がある。まず、君に感謝を伝えたいという方々のご要望があったからだ。」
新米刑事がドアを開けると、そこには夫婦らしき40代後半くらいの男女がいた。ミナミには、そのふたりがユミの両親であると、すぐにわかった。会ったことはなかったが、本当にユミによく似ていたからである。
「あなたが、ミナミちゃんね。ありがとう。ユミに、ずっと寄り添い続てくれて。」
ユミの母親が言うと、父親も深く頭を下げてから、言った。
「今のこの国では、この事件は『殺人』には問えないらしいんだ。でも、僕たちは、何としても、もうユミのように殺される子を出したくない。そう決意してね。犯人に自殺教唆の罪を認めてもらうだけでなく、広く世の中に、この『自殺』を『殺人』と認めてもらえるように、訴えかけていくつもりだよ。」
ミナミはしばらく夫婦と話していた。刑事ふたりはそれを無言で眺めていた。
「では、私たちはこれで。」
そう言って、夫婦とミナミが帰ろうとしたとき、新米刑事が言った。
「すみません。ミナミさんだけは、残ってくれませんか。」
「何ですか。感謝状なら要りませんよ。」
萱野警部が答える。
「わかった、感謝状は取り止めにする。ただ、それとは別件だ。君に来てもらった、もうひとつの理由を、伝えたい。こちらへ。」
ミナミはもう帰りたいと思ってはいたものの、あまりに刑事ふたりが頭を下げてお願いしてくるので、仕方なくついて行くことにした。
「じゃあ、ミナミちゃん。今度うちに遊びに来てちょうだいね。きっと、ユミも喜ぶから、ね。」
夫婦と別れ、ミナミは刑事ふたりとともにエレベーターに乗り込んだ。
ミナミが案内された場所、それは、船場警視正の執務室だった。
「南ミナミさん。ここで働いてくれませんか。」
開口一番、警視正は17歳の女子高校生に宛てた言葉とは思えないことを言い出した。




