第二話 ごめんね ①
思い起こす、今朝の言葉。
「この土曜日にさ、ちょっと相談乗って欲しいことあるから、付き合ってくれない?ミナミ、たしか部活休みって言ってたよね?」
(ユミは部活のはずじゃ……。もしかして、きっと、何か重たい話だな。)
ミナミはそう思って、深く詮索せずに答えた。
「うん、いいよ!」
「ありがと!じゃあ、いつものカフェで集合ね!」
「わかった!」
これが最後の会話になるなんて。
目の前に映し出された、「最語」。
「ごめんね。」
これが最期の言葉だなんて。
親友ユミの「最語」から読み取れるもの。そこから見える背景、空間。それを広げて、視界、におい、音。
ミナミの脳裏には、ユミの最期の世界が再構築されていく。ユミの言葉を補完するもの、それは、紛れもなく彼女たちが共に過ごした「時間」だった。
「何事かね。」
事情聴取に時間がかかりすぎていることを気にかけたのか、新米刑事やミナミの声に驚いたのか、明らかに地位の高そうなスーツ姿の男性が、部屋に入ってきた。
「せ、船場警視正!」
新米刑事が姿勢を正す。
「随分と時間がかかってるようだね、萱野警部。」
「すみません。」
強面刑事が謝罪をする。
「まあ、事情は何となく拝察するよ。せっかくだ、気の済むまで話させてやるといい。」
そう言って、船場警視正は、萱野警部に耳打ちをする。
「警察は話も聞かないなんて言われたら困るだろう。聞くだけ聞いて、帰してやったらよい。」
「分かりました。」
「では、聞かせてもらおうか。可能性とやらを。」
萱野警部に言われて、ミナミは大きく息を吸って、吐いた。
そして、少し上ずった声で、語り始めた。
「亡くなったユミの、今朝からの行動を振り返ります。ユミは朝、いつも通りの時間に登校してきて、私のクラスにやってきました。2年生からクラスが分かれてしまった私たちですが、このように毎朝話すのが、日課みたいなものになっていました。」
船場警視正、萱野警部、新米刑事を始めとした数人の刑事たちは、黙ってミナミの語りに耳を傾けている。
「週末の約束をしたのはこのタイミングです。それ以降は会話をしていません。ただ、この日のユミは不可解な行動をしていました。いつもは、私と一緒に下校をするために、放課後に連絡をしてくるはずなのですが、この日は連絡がなかったのです。不思議に思った私は、放課後に、ユミの所属するテニス部に行ってみました。そしたら、ユミは今日休みだと聞かされました。」
新米刑事が口を挟む。
「ユミさん……坂江さんは、『1ヶ月後の全国大会には出ないことにする』と言って、練習を休んだ。そう、同じテニス部の子が教えてくれた。これはAI推理の中でも『死後の予定の取り止め、身辺整理』の根拠になっている。そうだよね?」
「その通りです。ただ、おかしいと思いませんか?部活の予定はキャンセルするのに、私とは新しい予定の約束をした。」
新米刑事がまた口を挟む。
「それは、『親密な者への配慮』として、出力されているじゃないか。坂江ユミさんは、君を悲しませないために、何でもない日常を演じてくれた。そういうことに違いない。」
「本当に、そうなのでしょうか。私にはユミが『部活に出られなくなった理由について、私に相談するために予定を作った』ようにしか思えないんです。ユミは部活にとても熱心でしたから、余程のことがあったに違いありません。そうすると、少なくとも、3日後の土曜日までは、ユミが死のうとなんてするはずがないんです。」
今度は、萱野警部が質問する。
「君には、その『理由』がわかるというのか?」
「その理由を確かめるべく、スマホのデータを復元して欲しいとお願いしているんです。なので、今は証拠のない推理にしかなりませんが、聞いてください。ユミには、半年前から付き合い始めた彼氏がいます。」
「澁谷ショウさんだよね。君たちと同じ学校の、ひとつ上の学年の生徒。そして、坂江さんとおなじ、テニス部の元副キャプテン。君の前に事情聴取したよ。ひどく落ち込んでた。」
「ええ、そうです。ユミは彼の話をするとき、いつも決まって隣町のカフェに私を連れ出すんです。」
「どうして?」
「同じ市内だと、誰か知り合いが聞いてるかもしれないじゃないですか。変な噂が流れたら、一瞬で学校中から嫌な目で見られる。それが怖いからと、ユミは言っていました。なので今回も、その彼氏の話をしたいのだと思っていました。さらに、今回は、何かすごく重たい話をされるような気がしたんです。」
「重たい話……?」
ミナミは、辺りを見回した。もしかしたら、この話をすることを、ユミは望んでいないかもしれない。けれど、真実を解き明かすには、間違いなく必要な話だとわかっていた。
「その、重たい話とは?なにか見当がつくの?」
新米刑事が急かす。
「6月から……。今月までの3ヶ月間、ユミは月のものが来ていませんでした。」
「ああ。検死の結果、それもわかっているよ。妊娠3ヶ月。自殺の原因はそれだと、AIも断定している。本人のプライバシー保護のために、ご両親以外には開示していなかったがね。もっとも、お母さんは勘づいておられたようで、自分から話を聞きに行ってあげればよかったと、後悔されていたよ。まさか、それが原因で自殺するなんて、思っていなかっただろうからね。」
萱野警部の答えに、ミナミは驚いた。
「どうしたね。これの、どこが殺人なんだ。」
ミナミは青ざめた顔で、続けた。
「それが、それがわかっていて……。それがわかっていて、本当に『自らの意志で自殺した』と決めつけようと思っていたんですか?」
「そうか、もしかして……!」
ここまで、黙って聞いていた船場警視正が、椅子から立ち上がって言った。
「いま、同じことを考えていらっしゃると思います。警視正。」
険しい顔の警視正から目を離し、他の刑事たちに向かってミナミは言った。
「ユミは、母になりたかった。その可能性を、考えましたか?」